第2話「異世界での生活」16

 人の噂というものはどこでどのように変化するかは分からない。だが今は注目の視線から逃れる為に走った。それに加えてあのひそひそとした話し声は聞いていて愉快な気分にはならないからだ。校舎から遠ざかり、人も疎らになった場所でようやく昴は立ち止まる。


「ここまで来れば良いかな?」


「……寮あっちなんだけど」


「え、マジで? それは申し訳ない……」


 アイリスが指差したのは昴が行こうとしていた方向とは正反対だ。あくまでも知っている方向に走ったのでそのような考慮は一切していなかった。


「いや……まあ別に良いよ。今日は早く戻ってもやる事なんてないから。それで、何でアタシに話し掛けたんだ?」


 そうは言いつつも少しだけ不満があるのか頬を軽く膨らませながら自身の寮がある方向へと足を向けるアイリス。帰りたいという意思が見え見えである。勿論それは昴も分かっているようで、隣へ並ぶ。しかし並ぶとさほど身長に差があると思えなくなってしまうのでほんの少しだけ前を歩く。女々しいかもしれないが、どうやら昴は身長で負けたくはないらしい。


「んー特に理由は無いんだけどなぁ……強いて言うならあれだな」


 人差し指を立て、一つあるという事を示す。そろそろ目的を果たそうと思っていたところだったのだ。


「なあモルフォの部屋ってどこにあんの?」


「お、何だ呼び出しでも喰らったか?」


 ニヤニヤと口元を歪めながら言うアイリスに対して昴は眉間に皺を寄せながら言う。


「楽しそうに……その通りですよ……多分」


 話がしたい、とは言っていたがそれが呼び出しであるのかと言われれば微妙なところ。端から見ればそうなのかもしれないが。生徒会に呼び出されるとなると何故だかあまり良い気分ではない。昴の学校ではそこまで権力を握っていたような感じは受けなかったが。


「昨日の件もあるんだろうし。呼び出されても仕方ないな」


「じゃあ何でアイリスも一緒じゃないんだよー」


「アタシ? アタシは、呼び出されても行かないだけだよ」


「それは一番ダメだろ……俺だって行きたくないのに。何も言われないのか?」


 渋い顔をする昴に笑い掛けるアイリスは無言で頷く。どこからこの自信がやってくるのか甚だ疑問である。


「言われる訳ないだろ? 真正面からやり合ったらアタシがそこら辺の奴らに負けるはずないもの」


「あ、そういうね……武力行使ですか……」


 やはりこの世界の住人は血の気が多い。あくまでも昴の周りだけなのかもしれないが。しかし、どうしてもこの少女が強いとは思えない――確かに先程いきなり投げ飛ばされたが――昴。確かめる方法は無いかと考えてしまう。打ち負かされるのは目に見えているのでやろうとは思わないが。


「だからスバルだってこのまま帰っても良いんだぞ?」


「そう思うじゃん? だけど俺ここに来てまだ二日だし最初のうちは顔出しておこうと思ってな」


「真面目だなぁ」


「こんなんで真面目って言うか?」


 彼女はいつ頃から不良生徒として名を馳せているのだろうか。それもとても気になるところではあるのだが、また別の話である。


「そうだ。それであの生徒会長の部屋知ってるんだっけ?」


「ああ。言ってなかったね。それなら……」


 一度周囲を見渡したのは位置の確認だろう。それからゆっくりと腕を挙げ、目的地を指す。この道の先だ。


「……アレ?」


「そうだよ。あれが生徒会長の住んでる場所さ」


 適当に吐き捨てられたのは嫌な場所だからだろう。


「何て大きさだ……」


 遠くでも分かる大きさの建物。それがモルフォの待つであろう場所だった。

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