第2話「異世界での生活」15

 場所が分からなければ行き様がない。考えてみればその通りなのだが、何故今頃になって気が付いたのか。考えられる要因は、行きたくないという気持ちが先行し、思考を働かせる事を自然に拒否していたからだろう。

教室内には既に片手で数えられる程度にまで減っている。纏っている雰囲気から見るにこれまた話しかけ辛そうな生徒たちだ。彼らもいずれ去ってしまうだろう。だがいきなり話し掛けると驚いてしまったり困ってしまう可能性だってある。現に誰もが一人で居るのだから。


(下手に聞くと面倒な事になるかもしれないし……とりあえず俺も離れて寮でケンさんにでも聞いてみようかな)


 本来であれば仲良くなるために――今後の生活を豊かにしていくためでもあるのだが――、これは良いきっかけとなっただろう。しかし時と場合、相手の都合も考慮して行動する事が重要だ。そう思いながら昴は鞄を引っ掴んで教室を後にする。

 総合学の教室があるのは建物の三階。外に出る為には勿論一階まで降りなくてはならない。しかも廊下は長く、階段は段数が多い。無駄に長く感じてしまう仕様となっている。

 朝はまともに見ている余裕が無かった昴は、歩きながら道順や他に最適なルートが無いかを確認しながら歩いていく。どうやら急いで行くつもりはないようだ。

 まるで都会に始めて来た田舎出身者のように上を向いて歩く昴。教室名を覚えようという魂胆があるのだ。さすがに勉強熱心と言うべきか。それとも対応するために急いでいるのか。満足したのかようやく玄関に向けて足を向けたようだ。

木製の階段は幅が広く、丁寧に磨かれているのが分かる。そのお陰もあってか空間を広く見せているのだろう。生徒たちが談笑しながら歩いていく。この放課後の光景は自分の居た世界と何ら変わらない、昴はそう思った。解放感に溢れたこの空気を良く知っている。少しだけ、懐かしい、と。


「いやいや……まだ俺も学生だろ……ん? あれは……」


 玄関に向かう開けた廊下で独りごちる昴。その目線の先に何かを見付けたようだった。何か、と言うよりかは誰か、かもしれないが。その人物は歩くだけで周りが避けていくようで、自然と道が開けていく。本人にそのつもりはないのだろうが、周囲の生徒たちが恐れているのだ。だからか、少しばかり目付きも鋭くなってしまう。

 しかし、昴にはむしろこういうタイプの人間の方が好ましい。だから小走りにその背中を追い駆ける。長い漆黒の髪を持つ女子生徒を。


「おーい、ア――」


 追いつく事は容易く、すぐに手の届く距離。だから手を伸ばしたのだが。気付けば昴の視界は反転。知らない内に天井を見ていたようだ。理解するよりも先に背中に痛みがやって来る。


「いってぇ……!」


「あぁ、スバルか……」


「あぁって……何でこんな事をしたんですかね……?アイリスさん……」


 昴が声を掛けたのはアイリスだ。容姿端麗でありながら少々男勝りで、所謂不良生徒。しかし話すと意外と女の子らしい一面もある。“炎の魔女”だなんて呼ばれてはいるらしいが昴はその由縁を知らない。嫌がっているようなので聞かないようにしているだけだが。そして、そのアイリスに投げ飛ばされてしまったのだ。そうして今は床に寝転がされ、手を差し伸べられている――昴の察知能力は高く、この位置ではスカートの中まで見えてしまうと判断し気付いて即座に上体を起こす律儀な男である――。


「襲われると思ったんだ。ごめん」


「どういう世界だよ……いや良いけどさ。んー? 良くは無いよな?」


 立ち上がって埃を払う昴。周囲からはまたもやひそひそという話し声。これではまた噂になってしまうではないか。只でさえ新たな呼び名が付いてしまいそうなのに。


「悪いアイリス。ちょっと付き合ってくれ」


「わ、わっ……!?」


 意外にも可愛らしい声を上げるのでこちらが驚いたが、気にせず手首を掴んで走る。逃げるためだ。昨日とは逆だが、アイリスなら昴のペースでも付いて来れるだろう。

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