第2話

第2話「異世界での生活」01

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 春の風が頬を撫でる。暖かくもありながら冷たさがまだ残るその風に乗って小さな桜色の花弁が宙を舞う。

至って順調に、何事もなく学年も上がり、クラスも変わった。知っている人間は少ないが、すぐに打ち解けられるはずだ。そうだ、今日からまた新たな生活が始まる。不安よりも希望が大きい。

 歩き慣れた通学路。桜並木が自分たちを歓迎しているかのように揺れている。

ふと、視線を感じた。振り向くとそこには見知った友人たちの顔。繋がりのある人物ばかりだ。

しかし、どうしてだろう。皆自分から離れていってしまうではないか。その中には両親や親戚の顔まであった。追い駆けようと足を動かす。

――だが。目の前のアスファルトが崩れ落ちていく。底の見えない漆黒の闇。助走を付ければ飛び越えられない距離でもないはずだが、そう出来なかった。その崩れ落ちる速度が次第に速まりついに自分の足元までやって来た。離れていく背中。


「――!」


 今度は声が聞こえた。微かではあるが、とても強い声だ。そしてその声の持ち主も何となく分かる。崩壊は止まらない。だが、振り返れば反対側にはまだ道が続いている。ならばそちらに進むしかないだろう。一歩ずつ、足を――



*****



「……! スバルさん、スバルさんっ!」


 体が揺れている。しかも結構な揺れだ。地震だろうか。しかしどうして自分の名前が呼ばれているのだ。いや、違う。これには何か理由があるはずだ。などと未だ眠りの中に居る昴を必死に起こそうとしているのは眼鏡と気弱そうな瞳が特徴のカルムである。彼は制服をしっかりと着込みすぐにでも寮を出発し授業に出られる体勢だ。


「ど、どうしよう……これだと授業が始まっちゃう……」


 開始三十分前を知らせる鐘が鳴り響いている。ここから教室までは歩いて二十分程度は掛かってしまう。残り十分以内に昴を起こさなければカルムは遅刻として扱われてしまうのだ。

しかし相部屋となってしまった以上、起こさないと後味が悪い。だから必死に揺すっているのだが、昴の眠りは予想以上に深く、現実に帰って来る気配を感じない。焦りながら叫んでいると、部屋にノックが響く。揺する事を諦め扉の前へ。


「は、はい。どちら様――」


「やっぱり寝てやがったか……」


 ズカズカと入ってきた大男。この寮の警備員であるケンディッツだ。普段であれば寝坊している生徒がいても決して起こそうとしない彼が、今日に限ってここに現れた。その理由は分からない。ただ、カルムはその背中を呆けたように見詰めるだけ。


「……あー……ゲワーヴ。お前は先に行ってるんだ。この寝坊男はこっちで何とかしておくから」


「え、でも……」


「良いから。任せておけ」


「あの、すみません……では……」


「おう学業に精進するんだぞ」


 革で出来た茶色い鞄を肩に掛け、部屋を出る。今からだったら少し走れば間に合うだろう。小走りで廊下を、階段を降り、ほとんど歩いている生徒の居ない玄関を出る。体力には自信がないので確実に大丈夫そうな距離まで走るつもりだ。眩しい朝日に目を瞑りつつも、それなりの速度で駆ける。


「ん、今のは……」


 誰かとすれ違った気がしたが今は自分の身の方が大事だ。

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