第1話「パラレルワールド!?」57

 階段を昇る。やはりこの寮は四階以上あるらしい。今は自室へ向かうのが最優先のため確かめようとはせずに廊下を歩く昴。煌びやかな装飾。まるで高級なホテルを思わせるかのようだ。残念ながら泊まった事はないが。


「なるほど、これがこの世界での『三』なんだな……って事は……」


 しかしそのような高級感溢れる内装や、窓から見える小さな庭にはもう目も暮れず、部屋の扉上部に掲げられた異世界の言葉をしっかり学ぶ。部屋ごとに同じ記号――昴には数字には見えない――が並んでいる事を確認出来る。つまりそれがこの世界で言うところの『三』なのだ。その後に続くものもきっと部屋番号の意味を持っているのだろうが、そこまではまだ難しい。少ない情報でも生かしておかなければこの先大変だろう。


「……メモがしたいなこれ」


 せめて筆記用具があれば気になった点を書き留める事も出来たのだが、仕方がない。今は我慢しよう。そして歩く事数十秒。突き当たりである。


「奥ってここなのか? ……物は試し」


 手元にある鍵。それを扉の鍵穴に差し込む。合っていれば回ってくれるはずだ。合っていなかったら、その時はその時である。手首を捻ると、軽い感触ではあるが、鍵が動いたのを感じる事が出来たようだ。ほぼ音が無かったので自信を失くしてしまいそうだが、きっと大丈夫なはずだと取っ手に手を置く。


「……?」


 ドアノブは、動く。しかし開かない。勿論引き戸なのかと思って引いたりもしているが、一向に開く気配が無いのだ。何故だろうと首を傾げていると、後ろから声が掛かる。


「あのー、ここに何か用ですか?」


「ん?」


「あ、あなたは……!」


 昴が振り返ると、そこに立っていたのは知っている顔だ。気の弱そうな瞳に大きな眼鏡。そう、食堂でセルディたちに絡まれていた生徒だ。


「よっ眼鏡君。また会ったな」


「あの、僕はカルム・ゲワーヴっていう名前が……」


「おおそうか。何て呼べば良い?」


 ここで聞くのはこの世界での名前と苗字の分け方への確認のためだ。英語と同じように名前が前なのかどうなのかと言う話である。


「んとカルムで良いです。他の人もそう呼んでますから」


「よろしくなカルム。俺は諸星昴……呼び方は二種類。どっちでも、呼びやすい方で良いぜ」


 ここに来て何人かは諸星で呼んでみたり、昴で呼んでみたりとバラバラだった。きっと個人的な呼びやすさの問題なのだろうと判断しての一言。


「あ、はい……それで、そのスバルさんはどうしてここに?」


「実は今日からここに住む事になったんだけど……三階の一番奥ってここだよな?」


突き当たりにあるのはこの部屋のみ。所謂角部屋というやつだ。他の所とは違い窓があったり、少し広かったりするが、家賃が少々高い部屋。昴の頭の中ではそういう設定がされている。


「と言うか、ここカルムの部屋か?」


「そうですけど……何も聞いてないなぁ……ちょっとやってみても良いですか?」


「まさかカルムが追い出されるとか無いよな?」


「な、無いとは言い切れないです……」


 カルムは似たような鍵を制服から取り出すと、同じように鍵穴へ。今度は重厚な音で鍵の駆動音が。やはり鍵は壊れていないらしい。


「あ、これ……」


「どうしたんだ?」


「いえ……さっき鍵回したんですよね?」


「うん。回したけど開かなかった」


 カルムがドアノブに手を掛け、捻ると扉は何事も無かったかのようにすんなりと開く。昴が眉を寄せているとカルムが答えを教えてくれる。


「多分もう開いてたんだと思います。じゃないとこんな事は……でも閉め忘れたはずもないし……」


「まあたまにはそういう事もあるさ。とりあえず入っても良い?」


「あ、はい。どうぞ――うわっ!」


 扉を引き、中へ入ろうとしたカルムの姿が視界から消える。遅れて鈍い音が下方から。どうやら躓いて転んだようだ。


「お、おい大丈夫か……?」


 あまりにも派手な転び様だったので心配して駆け寄る昴。するとそこには何やら大きな袋が大量に並べられているではないか。確かにこれではいつものように部屋に入れば転んでしまうだろう。


「いったた……な、なに、これ……?」


 どうやらカルムも知らないようだ。という事は、可能性として考えられるものが一つ。


「あ、もしかして俺の……?」


 とてもありがたいのだが、しかしこの量はどうなのだろうか。場合によってはカルムのスペースも――


「あれ? もしかして相部屋ってやつなのか?」


 まずは何をするよりも、この荷物の片付けからだ。

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