第1話「パラレルワールド!?」56

 中に入ると、そこには予想していた以上の空間が広がっていた。金色の糸で刺繍された真っ赤な絨毯が一面に広げられ、石製と思しき壁面には――昴には良く分からないが――豪華な絵画が飾られ、天井にはこれまた豪華な照明器具。さすがにあの城と比べるのもおかしな話ではあるのだが、それでもかなり豪華絢爛、贅を尽くしたものだと感じられる。それを一介の学生の寮として提供しているのだ。


「……家賃とかどうしてるんだよこれ……」


 思い返せば現時点では完全に無一文の昴。煌びやかな室内に頭痛がしてきたようだ。気のせいか寒気まで感じる。きっと学費などもレイセスの陣営が工面してくれているのだろう。何から何まで頼ってばかりだ。どうにか自分でも動ける手段を作らなくては。


「君かー? 今日からここに住むって言うのは?」


 入り口付近。所謂窓口の奥から声が掛かる。野太い男の声だ。しかもどこかやる気の無さそうな。


「あ、はい。諸星昴です」


「はいよー。俺はケンディッツ。ケンで良いぞ。ここの警備やってるおっさんだ。よろしく」


「警備……?」


 どうやらそこは受付係の仕事場らしく、他にも数人の職員らしき人間が書類に向かっているのが見て取れた。自分の世界ならここはモニターに向かっているのだろうと思いながら、その男の方へと歩み寄る昴。


「何だその顔は……まあ良い。とりあえず君の部屋は三階の一番奥。で、これが鍵だ」


 ボサボサの髪に、蓄えた無精髭。この空間に似合わない適当さではあるのだが、昴から見ると逆に親しみやすさを覚えるらしい。カウンターに出された一本の金色の鍵。これはこれで高そうである。


「ありがとうございます」


「それと、これが規則集の本なんだが……」


 更に取り出されたのは厚さにして二センチ程度の冊子だ。受け取った昴はそれをペラペラ捲るが、当然の如く読む事が出来ない。


「簡単に説明すると……門限は守れ。酒は飲んでも良いが見付かるな。魔法、魔導の使用は禁止。喧嘩なら殴り合い限定で外でやれ。じゃなきゃ介入しなきゃならんからな」


「ケンさん、それは適当過ぎやしませんかね……?」


「良いんだよ。どうせ全部まともに守ってるのは貴族の坊ちゃんの一握りだけだからな」


「聞かれたら面倒ですよ」


「大丈夫だ。規則に従って鉄拳制裁する」


 仕事中だった後ろの男性がケンディッツの、半ばふざけたような言葉に呆れた様子で声を投げたのだが、訂正するのを諦めたらしい。溜め息と共に自身の仕事へ戻っていく。


「ま、そういう事だ」


「了解っす。他には? 消灯時間とか」


「あー……それは特にないから周りに迷惑にならない程度にな」


「はーい」

 飲み込みが早い昴。その割には砕けた態度であるので、何故だか不思議と話し易く感じているケンディッツは更に続けてこう付け加えた。


「あともう一つある」


「何でしょう?」


「女は連れ込むな。見付けたら容赦はしないぞ」


 その切れ長の目に殺意のようなものまで垣間見えている。どうやらこればかりは本気でやるなとの事。だがしかし昴はと言うと。


「もしや……独身っすか?」


 からかいの意味も含めた笑みで返す。勿論喧嘩を売っているつもりはない。ただ親睦を深めようという思惑だ。


「ぶん殴ろうか? ……おい、誰だ今笑ったのは。給料減らすぞ」


 くすくすと漏れていた笑いもその一言で打たれたように静かになる。やはりどこでも給料と言う単語は絶大な効力を持っているらしい。そのついでに昴はケンディッツの腕を見る。長めの黒い毛に覆われてはいるが、それでも太さが良く分かる。しかもこれは贅肉ではなく、筋肉だ。これで殴られれば一溜まりもないだろう。


「冗談です。それじゃあ……三階の一番奥でしたよね?」


「……ああ。これからよろしくなモロボシ」


「こちらこそ。ケンさん」


 差し出された大きく分厚い手を握る。この感触は胼胝だろうか。やはり敵に回すと恐ろしい人間になってしまうのだな、と直感する。ただ味方なら心強い。手を離し、昴はケンディッツたちに背を向け歩き出す。目指すはこれから生活の拠点であり寝床となる自室だ。

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