第1話「パラレルワールド!?」52

 顔が近付くという事は、体が密着してしまうという事でもある。目は固く閉じられているのでもう昴にはどうなっているのか分からないだろう。しかしそれでも感じるものがあるのだ。

自身の胸に押し付けられる柔らかい感触。理性を保て、と必死に訴えかける。もういっそ全身にあの鋭く焼けるような痛みが襲ってきてしまえば良いとまでも思ってしまう。鈍い痛みはあるが、それ以上でも以下でもない。静かな部屋に自分の心臓の鼓動だけが響いているようだ。

そして訪れた衝突の刻。額に当たる冷たさ。


(ん、デコ……?)


 ここで少し冷静さを取り戻したらしい昴。取り戻してしまうと体への感触が全て押し寄せてきそうではあったが、それでも薄目を開けて確認してみる。ぼやけた視界いっぱいに映っているのは勿論彼女の顔だ。鼻の頭が擦れ合いそうな超が付く程の至近距離。だが、今何かに触れているような感触は額――他の部分はあくまでも気にしない体である――のみ。彼女は昴に馬乗りになった上で、まるで熱を測るかのように額を当てているのだ。目を閉じ、やはり何かを呟くように。


「あ、あれ……体が……」


 次第にではあるが、体の中に渦巻いていた熱さが無くなっていくのを感じる。消える、無くなるという表現よりかは吸い取られていくようだというのがしっくり来るのではないだろうか。かと言って気持ち悪さや倦怠感を感じる訳でもない。


「はいっ終わり!」


 触れていた額が離れたが、その代わりなのか軽く叩かれてしまった。だが痛みは感じない。今感じているのは額に残るほんの僅かな人の温もりと腹部に乗られているという感覚――重み、とまでは言えない――。


「あの今のは――」


 昴が自分の身に起きた事、その他諸々を聞き出そうとしていた時だった。部屋の外からだろう。走る足音が耳に飛び込んでくる。そしてその足音は近くで止まり、すぐに別の音へと変化。どうやらこの部屋は押し扉らしい。ここからでは見えないが、勢い良く叩くような音が聞こえたのだ。そして再びの足音。


(あれー? この状況かなりダメなやつじゃねえの?)


 昴の懸念は見事に的中する事となる。たとえ知らない人物だったとしても女性に馬乗りにされているという状況は見られて良い物でもないし、これからの生活に新たな噂を生むのではないかと――


「スバル! 大丈夫、です……か……」


 ――そうか。知っている人間の方が駄目だったのか、と心の中で呟く。しかも清純そうな相手。この国のお姫様、レイセスだ。心配してきてこのような様を見られてしまえば、失望してしまうか。


「……そもそも俺は悪くないような気がするけどな……?」


「あ、アンリ先生! 何をしてらっしゃるんですか!」


 顔を真っ赤にしてそう声を上げるレイセス。この女性はアンリという名前なのかと昴は初めて知る。

 呼ばれたアンリも少しばかり恥ずかしそうにベッドから降り、レイセスに向かう。


「治療に決まってます!」


「あんなにくっつくのはどうかと……!」


「仕方ないでしょう? 私の魔法はこうしないと発揮出来ないのに……」


「そ、そうですけど……でも! どうして乗っかる必要があったのでしょうか! 他にも方法があったはずです!」


 昴をそっちのけに良く分からない問答が始まったようだ。ここはどう割って入るべきなのかと思案するが、良い案が見当たらない。体を起こし――


「あ、動ける」


 二人の言い争いのようなものに割り込む事よりも、自身の体の痛みが無くなってしまった事を実感。先程は腹筋に力を込めただけで激痛が走ったのに対し、今はどこを動かそうと痛くない。


「これはまさか、あれか……!」


 昴には思い当たる節がある。それはまさに自分の居た世界では創作物の中でしか存在しなかった、あったらとても便利そうなもの。


「回復魔法……!」


 傷を癒し、“HP”やらを回復するアレである。まさか実在していたとは。

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