第1話「パラレルワールド!?」51

*****



 夕焼け。やはりこの世界にも時間という概念、そして天体が存在しているのだと改めて実感する。自分がどういう状況に置かれているのか把握するのに視覚を利用するのは正しい判断だろう。

まず、どこに居るのか。夕焼けのオレンジに染められた白い布。それが自分の居る場所の周りに立ててある。更には自分の体にも掛けられているようだ。これだけで分かったのは自分が寝かせられているという事。

次に働いたのは嗅覚。薬のような鼻を突く臭いが充満しているこの部屋。そして朧気に思い出す、こうなる前の事。意識が朦朧とし、眠気に襲われ、倒れた。つまり……。


(保健室的な場所だなきっと……)


 倒れて運び込まれると言うとそれしか考えられないだろう。しかし、思い出されるのはあの時の高揚感。自分がまさかあそこまで浮かれてしまう事になろうとは思いもしなかった。一体どういう事なのだろう。いい加減体を起こそうと腹筋に力を込める。


「ふっ、ぉ……っ!?」


 口から漏れる吐息と妙な声。体を起こそうとしただけなのに、持ち上がらないどころか突き刺すような痛みが全身に広がったのだ。何が起きているのか自分でも理解出来ない。先程はあれだけ身軽に動けていたというのに――


「あ、起きたみたいですね」


 仕切りの向こうに見える人影。優しそうな声だった。きっと女性なのだろう、とそこまで予想出来る。耳はまだぼんやりと気持ちの良くない感覚だが、先程よりは聞こえていた。そして昴の予想は見事に的中。白い布を取り払って現れたのは白衣の女性。栗色の長い髪を肩から胸に掛けて垂らしており、そのせいもあってか胸の大きさも強調されているような気がする。“優しそうな保健室の先生像”というものに綺麗に当て嵌まるだろう。ただ、昴には一つ気になるものが。


(もう驚かないつもりだったけど……ダメだ。これは驚くだろ……! あれだエルフ耳ってやつだ!)


 胸中穏やかではない昴。その視線の先にあったのは彼女の女性らしいスタイルなどではなく、その柔らかい顔立ちの中にある耳。尖ったとは言っても鋭利とまではいかない耳である。昴の世界ではそれをエルフ、つまりは妖精というような種族で表現されているモノだ。まさかこのような場所で出くわす事となろうとは。


「何でもアリかよここは……!」


「どうかしました?」


「い、いえ別に……」


 聞き出したい気分に負かされてしまいそうになったが、それよりもここは大人しくしていた方が身のためだろう。当然痛みから身を守るためにも。


「調子はどうですか、モロボシ君」


「全身がめちゃくちゃ痛いんですが。正直声出すのも……」


「ふふっ……聞いてた通りですね」


「何が、ですか?」


 本来であれば上体を起こしておくべきだと思ったが、あの痛みを抑えてまで振舞うのは難しいと判断したのだ。それにそのような状態にある事は彼女が一番知っているはず。


「面白い子が編入したって。もう学院中の噂ですよ?」


「あんまり嬉しくないなぁ……ひっそりしたい――けど無理だよなぁ」


 不良生徒や生徒会長に喧嘩を売る、学院でも最高クラスの生徒と張り合おうとするなど思い当たる節があった。しかし噂は噂。いつか忘れてくれるはずだと割り切っておこう。そして、忘れられる頃には元の居場所に帰っていられれば、とも。


「それで、この痛みは消えるんですかね……結構辛いんですが?」


「もちろんだよ。出来れば恥ずかしいから寝ている内に終わらせたかったんだけど……」


 寝ているベッドに手が置かれ、軋むのが伝わってくる。それだけでどういう事になっているのか分かる。彼女が乗ってこようとしているのだ、と。一般的な男子である昴もこれには赤面だ。逃げようにも体は言う事を聞かない。頭に血が上ってくるのが恥ずかしながらも分かってしまった。女性が、馬乗りで自分に。それだけで爆発してしまいそうなくらい顔が熱い。だが乗られたことで痛みもある。お陰でどうにか変な動きをしなくて済んだ。


「う、わ……」


 我ながら情けない。綺麗な女性に手を取られた。ただの高校生には刺激が強い。先程まで全身が悲鳴を上げていたというのにその感覚は見事に麻痺し、悲鳴を上げたいのは昴の心だった。


「我慢、してね……」


 その端整な顔が近付いて来る。昴は同様を隠せず兎に角状況から目を逸らすように瞼をぎゅっと強く、これでもかと強く閉じた。

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