第1話「パラレルワールド!?」37
――視界が晴れ、気付くとそこは、まったく見に覚えの無い場所だった。
周りにあったはずの書籍の山は消え去り、ただ在るのは無機質な建造物の群。
太陽は高く、屋外だという事は判断出来た。
そして高速で移動する金属製と思しき物体や見た事の無い衣服を身に纏った人々。更に飛び込んでくるのは知らない文字や画。夢でも見ているかのような気分だった。
流れる人波の中、レイセスは一人ぽつんと立ち尽くしている。
しかしそれでも歩く人々は少し視線を投げるだけで、気にも留めていない。
あくまでもそういう社会性なのか、金髪の外国人が旅行にでも来ているのだろうとか、軽い出来事としか思っていなかったからだ。だが取り残されている本人からしてみれば大事だ。
ここがどこなのかも分からなければ、話し掛けてみるも言葉が通じる気配が無い。そもそもどうやってここへ来たのかも。時間が経つに連れて不安な気持ちが込み上げて来る。
頭の中が掻き混ぜられているようで、一刻も早くここから逃げ出したかった。
(ともかく、動かないと……)
一歩踏み出す。人の波に流されながらも。普段歩いているような感覚とはまた違った硬い道を当てもなく行く決心をした。たった一人。
そこが異世界であると気付くのはそれからまた時間が経過してからだ。把握しておかなければいけない事を人波を避けながら考えてみる。冷静に、冷静に――。
まず、どうやって城へ帰るのか、ここがどんな場所なのか、どうしてここへやって来たのか。か弱そうに見えて意外としっかりしているのがレイセスだ。さすがは一国の姫君である。
「ノンドライコンタクトでーす。よろしくお願いしやーす」
「この時間帯からはセールですよ! セール、一部の商品が割引中です!」
「それでさ、あの時――」
耳に入ってくるのは理解できない言葉。 恐怖に苛まれながらも歩みは止めない。どこに向かっているのかは自分にも分からないが、なんとなく、高速移動する金属体には近付きたくなかった。故に必然的に人気の無さそうな裏道へと迷い込んでしまったのだ。
「ここは建物の隙間、ですよね……少しだけ、休みましょう」
そこには近寄りがたい空気が流れているだけではなく、良くない人間が集まる場所であるからだ。しかも日は傾きつつある。そういう類の人間には恰好の時間帯なのだ。しかし、レイセスがそんな事を知る由もなく、至って普通にビルに背中を預け、小休止していた頃。何やら道の奥の方から騒がしい声が聞こえてくるではないか。その声は複数。しかもこちらへ近付いてくるではないか。
「でよぉ、オレが言ってやったんだよ!」
「さっすがカッコイイっすね!」
「だろー? ……ん?」
考えている間に声の主達はやって来た。黒服に身を包んだ、明らかに悪そうな外見をした男の集団だ。すぐにレイセスとは目が合う距離。
「外人さんか? おいおいこんなとこに観光かよ?」
「どうします?」
「せっかくだ。可愛いし、ちょっと遊んでやろうか」
「おー! 兄貴も悪い人っすね!」
ゲラゲラと品なく笑う彼らからは、悪意の塊のようなものがその口から漏れているような気がした。だからほんの少し後退。
「まぁまぁそう怖がらないで、ね? 悪くは無いから」
「――(やめてください!) !」
「何語?」
「あー知らね」
にゅっと伸ばされた手。足は縫い付けられたかのごとく動かない。言葉はやはり通じない。ならば魔術で――
(使えない……!?)
――そう。何故か力の流れを感じ取れなかったのだ。
「おいおい待てよ、そこはまだ、うちの縄張りだぜ?」
そうこうしていると反対側。今度は対を成すような出で立ちをした白服の集団。これまた柄が悪い。
「あぁ!? お前らやんのか?」
「売られた喧嘩は買うだけなんだよォ!」
レイセスそっちのけで怒鳴り声を上げる白と黒に挟まれて、訳がわからず涙が溢れて来た。たった数時間の出来事が、レイセスには抱えきれない程に重かったのか。
「――――あんたらさ、迷惑なんだよ。いつもいつも俺の家の近くで……別に俺だけなら良いぜ? こういう風に他人を巻き込むヤツって俺、大っ嫌いなんだけど?」
新たな声。彼らとはどこかが、何かが違う少年が現れて。颯爽と白黒集団を沈めていく。まるで舞うかの如くだ。そしてすぐに終わらせて、優しい声色で。
「……君、大丈夫? ここら辺に住んでるの?」
何を言ってるかは勿論分からないが、それでもこの少年は助けてくれると思った。見ず知らずの相手でも。
「――(助けてくれるんですか?) ?」
笑顔と共に差し伸べられた手を取るのは、非常に容易かった。
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