第1話「パラレルワールド!?」04

*****



 もしもこれが夢ではなかったとしたら、現実だったとしたらと感じた事があるだろうか。人間なら、これまでの半生一度くらいはあるはずだ。振り返ってみてはいかがだろう。

 ならば逆に、夢だったら、と思う事は?――

 ――昴はいつも通りの時間に目を覚ました。昨夜は感想文が書き終わると同時に眠ってしまったみたいだ。


「ふぁ……あふ……。なんで俺はベッドで寝てんだっけ? んー……?」


 辺りを見回し、目を擦る。昨晩の記憶によればずっとソファで感想文と壮絶な死闘を繰り広げていたはず。自室に立ち寄ったのも少女を運び、そのついでに充電器やら着替えやらを調達したくらい。だからこそ、この状況に理解が及ばなかった。


「どうなってんだ……? 俺のベッドがこんなにデカいはずはねえ。悲しいけどそれは事実だし……夢かな? 夢だろ。なあ俺……?」


 自問自答しながら自分の両頬を叩いてみるものの、効果は無い。先程よりもまざまざと、現実が見えるだけ。


「ふー……冷静に考えようか。まず俺の昨日の夜を思い出そう」


 額に人差し指を当て、思考を巡らす。寝起きだというのに冴えているのは、さすが――これでも――優秀校の生徒。これ位なら朝飯前という事だ。


「昨日の夜。あの子をベッドに寝かした。充電器取りに行ったな。その次、風呂に入った……感想文を夜中まで書き続けて、のどかさんが作ってくれた夜食を……食べたな。サラダだっけ」


 記憶を、脳内に流れる映像として再生を開始。 鮮明に浮かび上がる昨日の事。何もおかしな点は無い。


「ダメだ……何も、無かった? でもこれは現実だ。ならつまり何かがあったから俺はここにいる。それは明白……なんだよな?」


 自分の置かれた状況を確認してみる。ふかふかで、昴が五人は寝転がれそうなベッド。有名な画家が描いたのであろう風景画。手の込んだ柱の彫刻。例えるなら、どこか古い時代の洋風の城の内装。


「……もしかして臨死体験ってやつか? いやいや何で俺が死んだのさって話になる……」


 少し考え、混沌とした頭は迷走を開始したらしく段々とそう思えてしまう。不思議だ、とは思えなかった。

まさかとは思うが昨日の連中が襲って来たのかもしれない。 あり得ない話ではないかもしれないが、あり得ない。寝込みを襲うなどと考え付くはずもない、と割り切る。

 溜め息を吐き、頭を振る。思考停止。考えても埒があかない時は、実際に動くのが一番だ。


「靴が無い……大丈夫かな。本当に城だってんなら、掃除は徹底してるはずだろうし……」


 裸足のまま立ち上がり、そこから数歩。事件が起きた。


「っ!!」


 言ってるそばから何かを踏んづけてしまったようだ。予期せぬ出来事に昴は思わず跳ね上がり、勢いのまま机か何かを蹴り上げた。当然、したくてした訳では無い。その勢いで上に飾られていたと思われる花瓶を落下させ盛大に割ってしまった。


「おお……我ながら凄いドジっぷりだな……」


 呆然と、やってしまった惨状を見つめてみる。


「大丈夫ですか!? 何があったんです!?」


 扉を叩く音とくぐもった女性の声。先程の花瓶の割れた音を聞きつけたのだろう。あれだけ大きい音なのだから当たり前ではあるが。声からして、何やら非常に慌てている様子だが。


「なんだかわからないけどこいつはマズいぞ……どうする? 隠れるか、特攻か……」


 口にはしているがどうも冷静さを保っているらしい昴。

 今にも開きそうな扉だったが幸いにも鍵が掛かっているらしく、直ぐには開けられないようだ。


「誰か! 鍵を持って来て下さい!」


 何があるのかも分からない場所に隠れるのは得策とは言えない。ベッドの下は安全牌だろうが、問題はその後。

 考えていられるのももう少しだろう。鍵が開けられるのは時間の問題だ。


「逃走だな……誤って済む問題なら良いんだけど……鍵が開く音が聞こえたら全力で突っ切る。当たったらまあ……ともかくやれるだろ、俺……!」


 綺麗に割れて床に散らばった花瓶の破片を視界に映し、決めた。

 一つ目の鍵が開く。鍵は三つ。


「五、四、三――」


 小さく口に出してカウントダウン。逃げ切れる自信は無い。そして、選択肢も無い。

 二つ目。 悪い事をした自覚があるから危険を感じているのだ。心臓が久々のスリルに脈打っているのが耳に届く、煩い程。


「――二、一……!」


 最後の鍵が開く。


「――!」


「お嬢様、だい――きゃっ!」


 扉が開ききる前に体を傾けて、全力疾走。外に居た女性を倒してしまった罪悪感から、ほんの一瞬足を止めてしまう。自分でもこうなったら気持ちが揺らぐのは分かっていたが。


「……あ」


「……」


 目が、合った。合ってしまった。


「それじゃ、俺はこれで……」


 なぜか敬礼。背中を向け悠然と足を一歩前に。

 もちろん、そんな昴を見逃してくれる訳など無く。


「ふ、不審者です! 誰か来てください!」


 遠からず聞こえる複数の足音と声。着々とこちらに近付いているのが分かる。ならばどうするのか。


「答えなんて一つ……逃げるが勝ちだ!」


 昴は力の限りに走り出した。

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