すわ、地震か!?
それは突然来た。
ぶわん、と椅子ごとホップした身体はバランスを崩して背中から畳にダイブした。後頭部から倒れたせいで、首が「く」の字に曲がって跳ね返る。鼻の奥に空気が詰まり、身体の内部ではぐきりと音がした。一瞬、息が止まる。動こうにも手足が痺れて、言う事を聞かない。後頭部から落ちたせいで脳震盪起こしたのかも知れない。猛烈な痛みが後から首を伝わった。首を捻ったのか、頭痛なのか、判別どころの騒ぎじゃなかった。椅子の背もたれがわき腹5cm横でバウンドする。その様がスローモーションで視界をよぎった。危機一髪、けれど大けがを免れたことすら押し退けて脳裏を掠めたのは「東京大地震」と、血の色をした五文字だった。
頭の中はパニック寸前。猛烈に背骨あたりが軋んでいたが、そんなこと構っていられない。きっとこれ、直下型だ、すぐに第二波くるんじゃねーのか!?
痛みで息も出来ないくらいだったのに、転げまわる程の痛みすら放っておけるくらいに焦っていた。
もがきながら、本棚からあふれ出た漫画雑誌の海を掻き分けた。部屋を脱出しなければ。家を出ないと潰される!
本のページのどこかは刃になって俺の手の平をスッパリと切り裂いてくれた。畳に赤い手形を貼り付けながら、這うような態勢でそれでも進む。痛いのより怖いのが勝っていて、それどころじゃなかった。脳裏には走馬灯のように、あの大地震の映像が次々に流れ込んでくる。渦を巻く水流、家も車も押し流していく濁流、繰り返し繰り返し、毎日TVに映され、潜在下に刷りこまれた恐怖の映像。ついさっきまでは忘れ果てていたのに、鮮明に思い出していた。
逃げなきゃ、逃げなきゃ、得体の知れないモンがハラワタをきゅうきゅうと締め付けて、胃まで痛くなる。たった数メートルの距離がなんでこんなに長いんだろう、そう思ったら少し落ち着きが戻った。
いつの間にか湧き出していた涙をぐいと拭う。みっともなくってちょっと笑ってしまった。扉にタッチする頃には手の平の痛みの方が痛烈に感じられるようになっていて、顔をしかめながらでそれでも取りあえず、扉を押し開いた。
いてて。畳についても痛いし、ドアについても痛いし、この手、どうしたもんかな。広げて眺めた俺の手の平は、指先までまんべんなく真っ赤っかに染まり、畳にも赤い手形が続いている。親指の下くらいから手首あたりまで、パックリと口を開けた皮膚に、血がぶくぶくと涌き出していた。未だ恐怖に捕らわれているのか、こんな有様だってのに、手当てよりも脱出を優先させるべきだと俺の心は強く思っている。
スライド式になっている扉をガラリと開け放つと、そこには呆然と立ち尽くす両親の姿があった。俺と同じで慌てて寝室から飛び出したんだろう。仕方がないんだと頭では理解しても、やっぱり観たくない姿だと思ってしまって、それは素直に俺の表情に表れた。学ラン着たお袋と、セーラー服の親父。黒いひだスカートの下にすね毛だらけのゴツい生脚がにょっきり生えてる映像は、トラウマモノだと思う。エリート社員で尊敬してたのに……。
気まずい沈黙が我が家を覆っていた。
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