第9話

 放課後。


 鞄の中に教科書を仕舞って帰り支度を整える創一のそばに、繭羽がやって来た。


「創一、帰りましょう」


 繭羽の発言にクラス内でどよめきが走った。


「あれ、神代さん、暁君に帰ろうって言ったよね? しかも、下の名前で呼んでたよね?」

「きゃー、もしかしてカップル成立!?」

「私も聞いた。間違いないよ」

「え、なになに、恋のスキャンダル!?」

「嘘だろ……俺の神代さんが……!」

「暁の野郎、大人しそうな顔しやがって、手がはえぇじゃねえか……!」

「そう言えば、暁の奴、昼休みに神代さんを校舎案内しているところを見たぜ。しかも、二人きりで!」

「殺す……絶対に殺す……!」


 創一は異様な危機感を覚えて周囲に視線を巡らせた。女子生徒は格好の恋愛ネタを見つけたという顔で騒ぎ立ち、男子生徒は憎悪の念を込めた凄まじい形相を向けてくる。


「ば、馬鹿。こんな場所で堂々と言うようなことじゃ……」


「え、どうして? 何か問題でもあるの?」


「いや、問題って、そりゃあ……」


 創一の焦燥の理由が繭羽には分からないようである。


「……よく分からないけれど、早く行きましょう。出来るだけ明るい内に街中を見て回りたいわ。何か怪しそうな場所があったら、案内して頂戴」


 繭羽が火に油を注ぐようなことを言い始めた。創一の顔がひきつけを起こす。


「帰り道に街へ出るってことは……これってもしかしてデート!?」

「嘘!? 編入初日でもうそんな関係なの!?」

「暁君って意外に肉食系なんだ……」

「おい、暁の野郎……神代さんとデートのご予定らしいぜ?」

「怪しい場所を案内って……もしかしてホテル街か!?」

「殺す……絶対に殺す……!」


 クラス内のざわめきが一層激化する。


 創一は男子生徒から放たれる圧力を帯びた殺意の塊に僅かながらも命の危機を覚え、素早い手捌きで全ての教科書を鞄に叩き込んだ。鞄の金具を留めて、脱兎のごとく教室の外へと駆け出す。


「あっ、待って創一! 一緒に帰る約束だったでしょう!? 置いて行かないでよ!」


 教室を飛び出した創一を追って、繭羽は訳も分からず慌ててその後を追った。


 教室内では、未だに異様なざわめきが方々で起きている。女子生徒は携帯電話を使って恋愛ネタを拡散し、男子生徒は創一の暗殺計画を遊び半分本気半分で企て始めている。


 廊下に面した窓から顔を出して、教室を跳び出して行った二人の姿を見送った昴と陽太は、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべる。


「おい、陽太。どうやら、お二方はデートらしいぞ」


「創一の奴、あんな美少女と街中デートとは羨ましい。というか、いつの間に仲良くなったんだ?」


 昴と陽太の側に賢治がやって来る。


「ああ、あの二人なら、以前に面識があるらしいよ。神代さんがそう言っていた」


「なんだ、二人は知り合いだったのか?」


「つまり、神代ちゃんは編入先の学校で創一と運命の再会をしたってわけか? くー、創一の奴、美味し過ぎる展開じゃないか。羨ましいぜ」


 創一と繭羽がいつ出逢った、二人の関係はどこまで進展した、キスはもう済ませたか……等々。昴と陽太が下世話な推測をたくましくさせていると、創一と繭羽の様子を不審に思った心陽(こはる)も三人のもとへやって来た。


「何を馬鹿なことを言って盛り上がっているのよ。今日から下校指導なのよ。デート目的で街に行くなんて、風紀委員として見過ごせないわ。……というか、不純異性交遊よ! 絶対に止めなくちゃ!」


「いやいや、心陽ちゃん。まだ不純かどうか決まった訳じゃ……そちらの方が面白そうだけど。つーか、心陽ちゃん。風紀委員として、なんて名分を掲げつつも、本当は二人の関係が気になるだけだよね?」


「うっ……」


 昴の指摘に対して、心陽は図星を突かれたように言葉に詰まった。


「と、とにかく! 下校指導中なのは確かなの! その点だけは、風紀委員として、どうしても見過ごせないわ!」


 心陽はそう捲し立てると、自分の机に戻って、帰り支度を急いで整え始めた。


 その様子を見た賢治、昴、陽太は顔を集め、示し合せるように頷き合った。

 

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