第18話 HARUとSORA

あっという間に母の初七日が過ぎて、12月の街はまたいつものようにクリスマス色に染まっていった。

私は母のiPHONEを解約せずにそのまま使うことにした。

「これは、母の形見みたいなものだもの・・・」

「これ持ってると、まだ母が近くにいてくれるみたいで・・・」

今はフェイスブックを始めた母の親友、美咲さんとも友達になって、私のことをいつも気にかけてくれる。

先週も美咲さんがお嫁に行った愛媛から、甘くて美味しいみかんが1箱、鎌倉に届いた。

<美咲さん みかん届きました♪サンキュッ (v^-^v)♪ もう~甘くてびっくりです!愛媛、今度ゼッタイ遊びに行きますからね!>

母が逝ってしまったことを知らない堤さんからは、月に2回くらいのペースでフェイスブックに書き込みがあった。

2012年元旦、初めておばあちゃんとふたりだけのお正月、今までで一番寂しいお正月。

「あっ、また堤さんからの書き込み」

<あけまして おめでとうございます♪ 鶴岡八幡宮に初詣に行ってきました、聞いていた通りすごい賑わいですね>

<鶴岡から 雑煮の食材が届いて、自分で作ってみました。写真送ります、庄内の雑煮は丸餅で岩のりがたっぷり入ってるのが特徴です♪ 鎌倉の雑煮はどうですか?>

(堤さんって、鶴岡の出身だったんだ・・・)

私はまだ、堤さんに返信することも・・・ましてや、逢うことなど出来なかった、フェイスブックを読みながらいつも胸が締め付けられる。

堤さんに母が亡くなったことを伝えると、本当に母が亡くなってしまったことを認めてしまうみたいで・・・怖かったのかも知れない。

春、大学2年に進学したある日、私は、堤さんのフェイスブックに書き込みをする決心をする。

「なんて、書けばいいんだろう?なんて・・・」

思い悩んだあげく、<堤さん、逢いたいです>

そう一言メッセージを送った。

(少し、ストレート過ぎたかな?)

私はHARUを連れて由比ガ浜に散歩に出掛けた。

<こんばんは、久しぶりですね ♪ 元気でしたか?返事なかったからすごく、心配していました。逢いたいです 逢って伝えたいこと 聞いてほしいことたくさんあります>

翌朝には返信が届いていて、母の死を知らない堤さんの、母への想いが伝わってきて、またやるせない気持ちになる。

そして、いつもの様にHARUを連れて散歩に出る、朝の少しひんやりした空気が気持ちいい。

浜辺に出るとHARUがグイグイ私を引っ張って、突然見知らぬ男性に向かって突進していく。

「こらぁHARU、ダメよ~あっ~ダメだって」

「えっ? ん?」

HARUが近づいて行った男性に近づくと、私は驚いて声が出なかった。

その男性は母のiPHONEに保存されてる写真の、人だった。

(つつみ?さん?)

「ぉ・・・おはようございます」

そんなことを知らないで、勢い良く尻尾を振ってるHARUを見て、その男性は私に笑顔で挨拶をした。

「おはよう、ございます」

私は動揺しているのを隠して、自然に挨拶を交わす。

そして軽く会釈して、すぐにその場を立ち去った。

(なんで?こんなところで)

家に戻ってiPHONEに保存している写真を開てみる。

「やっぱり、あの人に間違いない・・・」

私はフェイスブックに、少しよそよそしい文面で返信する。

<4月11日 水曜日 午前10時 鎌倉駅改札口でいかがですか? お仕事大丈夫ですか?無理しないでください>

午前の国際経済の講義を聴いていた時、返信が届く。

<大丈夫です 11日 必ず行きます☆>

4月11日晴れ、春の暖かい日差しと優しい海風が心地いい。

私はあの日、母が着ていた真っ白なワンピースを着て鏡の前に立った。

「ちょっとスカートの丈が短くなっちゃうけど、お母さん、行ってくるね」

母の写真に向かってそう呟いた。

9時45分過ぎ、私は自転車で駅へ向かう、下馬の交差点まで駆け抜ける。

「おぉ~遥ちゃんデート?」

田村自転車のおじさんが声を掛ける。

「違いますよぉ~そんなんじゃないってば~」

駅に近づくと、お花見客が増えてくる、いつも停めてる駐輪場に自転車を置いて駅へと歩き出す。

「あっ、マズイッ10時過ぎちゃってるじゃない」

私は小走りに、駅の改札へ急ぐ。

「あっ、もう来てるじゃない」

私はスーツ姿の堤さんの左脇をそのまま通り抜けた。

「やだぁ私、何やってんのよ~」

そして改札脇の売店に寄って、ボルビックを1本買って、一口飲んでから、堤さんの左後ろから近づいて左肩を2度叩く。

振り返る、堤さんの表情が一瞬曇る。

「ん?」

「あのぉ、堤さん?ですよね」

「あっ、はい堤・・・ですけど」

少し怪訝そうな顔でそう答えた。

「あ~良かった、すみません遅れちゃって、あっ私、柴咲 遥っていいます」

堤さんは私の顔をジッと見た後、「あっ」と小さな声を上げた。

「はい、私・・・柴咲 亜美の娘です」

「確か、高校生の?」

「そうです、日本の大学に編入して4月から大学2年になります」

堤さんは目を丸くして、少し困った表情で、周りを見渡した。

「あのぉ、・・・少し歩きませんか?」

「あっ、あぁ」

私たちは無言のまま、表参道から段葛に向かって歩き出した。

「あのぉ~」

「堤さんって、母から聞いてた、想像していた通りの方でした、母は今日、来れないんです、ごめんなさい・・・」

私は消えそうな声でそう言うと、段葛に駆け上がった。

満開の桜がふたりを出迎える、堤さんはずっと俯いたまま、私の後ろをゆっくりついて歩く。

「堤さんは母のこと、どう思っていたんですか?」

私は唐突に質問をぶつけた。

「・・・」

「ご、ごめんなさい、私、いきなり、変なこと訊いちゃって」

「・・・ぃや」

「今、鎌倉にお住まいなんですよね?」

「あぁ、昨年の夏から・・・」

「由比ガ浜とか、よくお散歩されたりするんですか?」

「朝早くとか、週末はよく・・・散歩に・・・」

「すみません、なんだか、私、質問ばっかり・・・」

「・・・」

「ん?・・・あっあの、秋田犬・・・」

「覚えていてくれました?先週も由比ガ浜で・・・」

「あぁ、あの時も」

「実は私も、由比ガ浜でお逢いした時、もう驚いちゃって」

「でも、『HARU』あっ、犬の名前ですけど、堤さんのこと見るとなんだか?喜んじゃって、私が家を出た3年前に うちにやってきて、私が HARUKA だからHARUって、母が名づけ親なんですけど、どうしてだろう?他の人には ぜんぜん なつかないのに、不思議でしょ? 堤さんに 逢ったこともないはずなのに・・・」

「昔から、犬にはそのぉ よく好かれていたから、山形でも飼ってたし、秋田犬」

「えぇ~そうなんですかぁ、なんて名前だったんですか?」

「SORA・・・だいぶ前に逝っちゃったけど・・・」

「SORAか、いい名前ですねHARUとSORA 」

「あっ、そのストラップ・・・母からの、付けてくださったんですね」

堤さんの胸のポケットからのぞいて見えるiPHONEには、エッフェル塔のストラップが揺れていた。

「ほら・・・私も」

私はバックから母の形見のiPHONEを出して、堤さんの前にかざして見せた。

「あっ」

iPHONEには母のエッフェル塔と私が母からもらったエッフェル塔が仲よく並んでぶらさがっていた。

「お揃いですね」

「そうですね・・・」

堤さんは呟くと少し寂しそうな顔をした。

舞殿に向かって またゆっくりと 並んで歩き始める 。

『吉野山 みねのしら雪踏み分けて いりにし人の あとぞ悲しき』

舞殿の前で、堤さんが突然歌を詠みだした。

「その、歌・・・」

「そぉ、君のお母さんから教えてもらったんだ」

「堤さん、本当に母のこと・・・」

私はそう呟くと、舞殿の脇を通り抜けて、倒れた大銀杏の前で立ち止まる。

「母は きっと堤さんのこと、大好きだったと思います、でも、母は、母は・・・昨年、亡くなりました」

私は堤さんにそう告げると、私の目から大粒の涙が溢れ出し頬を伝う。

堤さんは大銀杏の前で立ち尽くして、

「うそ・・・嘘だ」

そう言葉を絞り出すと、私の方を振り向いた。

堤さんの顔は真っ青で、唇が微かに震えていた。

「堤さん、堤さん?大丈夫ですか?」

「ぁあ」

「母はいつも堤さんのこと話すときは、本当に嬉しそうで、堤さん?もしかして、鎌倉に来たのも母のために?」

「いや、ひとりになったのは、そうじゃない、そうじゃないんだ・・・」

堤さんはなぜか?自分自身を責めているようだった。

「堤さん、母に、母に逢いに行きましょう」

「え?」

私は堤さんの顔を覗き込みながらそう言った。

私は堤さんの腕を引っ張って段葛の脇にある花屋に入って、スズランの花束を買ってタクシーに乗り込み行き先を告げた。

堤さんは何も話さずに車窓から流れる風景をぼんやり眺めていた。

「着きましたよ、堤さん」

私は花束を持って先に降りる、春霞の先には鎌倉の海が光って見えていた。

ここは母が眠っている墓地だった。

山門をくぐり少し歩くと『柴咲』と刻まれたお墓が見えてくる。

「ここです・・・」

私は持ってきたスズランの花束をそっと置いて手を合わせた。

(お母さん、堤さん、連れてきたよ)

「堤さん・・・」

堤さんはその場でしばらく立ち尽くしそして静かに手を合わせていた。

「あの時・・・なんで、俺・・・」

堤さんはそう小さく呟いた。

「母の大好きな花なんですよ、スズラン、誕生日の白い花束もとても喜んでいました・・・あれ、堤さんでしょ?」

「・・・ありがとう」

堤さんはそう呟いた後、涙を隠すように夕暮れの空を見上げた。

私たちは待たせていたタクシーに乗って鎌倉駅へ引き返す。

駅に近づいた時、堤さんはバックから何かを取り出した。

ふたりはタクシーから降りて、今朝待ち合わせした改札の前に立った。

「これ、お母さんに・・・逢ったら渡そうと思っていたお土産、荷物になっちゃうけど・・・」

「いいえ、ありがとうございます、何だろう?」

私はそう言って微笑んだ。

「じゃあ・・・これで」

「はい、 あのぉ」

「ん?」

「・・・いえ」

「それじゃあ・・・」

「さようなら・・・」

家に帰って、そのお土産を開けてみると、たぶんストックホルムの街を描いた小さな絵と、ガラスでできたキャンドルホルダーが入っていた。

早速、小さな絵を母の部屋のピクチャーレールに取り付ける。

「お母さん、これ堤さんからのお土産・・・お母さん・・・今日は何だか疲れたよ」

そう独り言を言いながら、真っ白なワンピースから部屋着に着替える。

するとまた涙がボロボロ零れてきた。

「お母さん・・・」

「遥~ご飯よぉ」

「はぁ~い」

私は涙を拭いてリビングに降りて行く。

キッチンには、おばあちゃんの作った夕食が並べられていた。

私はおばあちゃんの手作り料理を食べ始めて、5キロ、ダイエットに成功した、特にダイエットしようと思った訳じゃないのに。

今日のメニューは、鶏肉とピーナッツの炒め物、ほうれん草とえのき茸の明太子和え、メカブのすまし汁とカリフラワーと卵のサラダ、どれもヘルシーでとっても美味しい、そして愛がある。

「いただきま~す、う~ん美味しい」

「そぉ?いっぱい食べて、遥も少しずつ料理も覚えないとね、亜美からも頼まれていたのよ」

「うん・・・ありがとう」

「食べたら、HARUと散歩いってくるわね」

玄関を出ると、HARUが嬉しそうに駆けてくる。

「行くわよぉ~HARU」

私は堤さんが心配だった、そして由比ガ浜に行ったら逢えるんじゃないかって、そんな気がしていた。

由比ガ浜に着く、海にはおぼろ月が浮かんでいる。

突然HARUが浜辺に駆け出して、私は思わずリードを放してしまう。

「あっ、 ダメよHARU、どこ行くの?」

私はHARUが走っていった方向に向かって追いかける、砂場に脚を取られてなかなか追いつけない。 

「ハァ、ハァ・・・ハァ、HARU待ってよぉ」

やっと追いつくと浜辺に座っているスーツ姿の男性がHARUを抱き締めているのが月明かりに浮かんで見えた。

「堤、さん?」

(あっ、泣いていたんだ・・・)

HARUが堤さんの顔を嘗め回している、まるで涙を拭い去ろうとしているように。

「きっと、ここじゃないかって・・・堤さんのこと・・・なんだか心配で」

「そぉか・・・」

私は堤さんの隣に座って、ふたりは黙ったまましばらく海を見ていた。

堤さんも私と同じくらいに、悲しみを背負っているに違いない、そう思った。

「ありがとうもう、大丈夫だから」

堤さんは、そう言って立ち上がった。

「はい・・・」

私も涙を拭いて立ち上がる。

「家まで、送るよ」

「はい、ありがとうございます」

私たちは由比ヶ浜を後にしてゆっくりと家に向けて歩き出す。

「じゃあ、これで、またな、HARU」

HARUが悲しそうな声を上げる。

「はい、ありがとう、ございました」

「あのぉ」

私は、帰ろうとする堤さんを呼び止める。

「ん?」

「いえ、堤さん、母のこと?」

堤さんは笑顔で答えた。

「あぁ、大好きだった・・・今でもね」

4年生になった4月の週末、私たちは鎌倉駅で待ち合わせをして、スズランの花束を持って春の優しい日差しが降り注ぐ母のお墓の前にいた。

「来月、だったよね?最終面接」

私は縁あって堤さんの会社の最終面接に残っていた。

「はい、でも、今から緊張しっぱなしで、英語でスピーチもしなくちゃいけないし」

「君なら、大丈夫、問題ない・・・」

「あぁ~それ、いつもの問題ない」

そう言うと堤さんは大きな声で笑った。

「お母さんもきっと応援してくれているから」

「はい、そうですよね」

5月、私は品川の最終面接会場で、自分の名前を呼ばれるのを待っていた。

(落ち着いて、大丈夫、大丈夫・・・)

そう思えば思うほど、緊張がどんどん広がって、心臓の鼓動が早くなっていく。

「では次の方、柴咲 遥さん」

黒縁のメガネをかけた人事部の長身の女性が廊下を先導する。

重厚な扉の前で立ち止まり、その女性は一言「落ち着いて、がんばって」と言い残して戻って行った。

「はいっ」

私は大きく深呼吸してドアをノックする。

「失礼します、柴咲 遥です、よろしくお願いします」

少し上ずった声。

「どうぞお座りください」

重役らしき年配の男性と外国の女性を入れて7名・・・が一斉に私の方に視線を向ける。

(あっやだ、面接官だなんて言ってなかったじゃない・・・)

私の正面には優しい眼差しの堤さんが、私を見て一瞬微笑んだ様に見えた。

「では最初に、私どもの会社を志望した理由から訊かせてください」

「はいっ」

私は、大きな返事をしてから質問に答える。 


                                 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜色の涙 柴咲 遥 @haruka1029

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ