第14話 キスして…

私は一番前の車両の、運転席の真後ろに立って、移り行く車窓を眺めていた。

「小さいときからここが大好きだったのよねぇ、女の子なのに変わってるねってよく言われてたっけ」

「幼稚園の頃は江ノ電の運転手になりたかったのよね」

家と家をすれすれに走り抜ける電車を見ていると今でも子供の時の様にドキドキしてくる。

電車は左に大きくカーブしながら鎌倉駅のホームにゆっくりと入っていく。

平日だというのに、ホームはお花見客で混雑していた、連絡通路から鎌倉駅東口へ出ると一段とお花見客で駅前はにぎわっていた。

時計を見ると2時45分を回ってる。

「少し早かったかな?」

そう思って改札の方に目を向けると、堤部長が立っているのが目に飛び込んでくる。

「あっもう?」

私は思わず身を捩って人影に隠れた。

「なっなんで隠れるのよ」

でも、心の準備がまだ・・・そして隠れるように改札横のコンビニに入った。

そして改札の方へゆっくりと目を向けると改札前に立って辺りを見回しているスーツ姿の堤部長が見える。

バーズアイ柄のグレーのスーツにライトブルーのワイシャツとネイビーブルーとシルバーのレジメンタルストライプのネクタイ、私はその姿を目に焼き付けるようにコンビニから堤部長の姿をしばらく見つめていた。

堤部長は何度か時計を見て、また改札から出てくる人を見渡して、スーツ姿をした少し怪しい?でもそれが私にはとても愛おしくてその姿をもっともっと見ていたかった。

「あっ3時過ぎちゃってるじゃない」

時計を見ると3時10分になろうとしていた、少し不安そうな部長の顔を見て私は大きく深呼吸をして改札口に向かってゆっくりと歩き出した。

「あっ電話・・・」

声を掛けようと思って近づくと堤部長がポケットから携帯を取り出し話し始めた。

(きっと、会社から・・・)

そしていつもの口癖が聴こえてくる。

「あぁわかった、問題ない」

電話を切るのを待って、私は堤部長の左肩を2度叩く。

堤部長は少し驚いた顔で振り返る。

「堤部長、来てくださったんですね鎌倉に」

そして、少し安堵した顔で私を見つめる。

「遅くなってすみません、待ちました?」

「いっいや、今、着いたところ、だから」

「そうですか、よかった」

堤部長は私から視線を逸らしてそう呟いた、それが可笑しくて、また愛おしい。

「お仕事大丈夫なんですか?」

私はわざと部長の顔を覗き込むようにして訊いた。

「あぁ、大丈夫、問題ない」

「堤部長のその口癖、大丈夫問題ない」

「口癖?そうか?」

「そうですよぉ~会社ではいつも・・・気づいてなかったんですか?」

そう言うと堤部長は少し照れくさそうに、笑った。

「あぁ~笑ったぁ、堤部長会社じゃ怖い顔ばかりだから」

「そんなに?」

「はい」

「・・・」

「じゃあ、行きましょうか」

「あぁ」

ふたりはゆっくりと鎌倉駅を後に歩き始める。

私は堤部長の左斜め前を、並んで歩くのにはまだ少し照れくさいっていうのか、まだ違和感があった。

右に少し振り向くと、空を見上げる部長の顔が見える、私は斜め45度から見る部長の顎のラインがとても好きだった。

会社ではこの角度から部長の顔を見ることは滅多になかった。

(今日はこんなに近い・・・)

すぐに正面に向き直って、心を落ち着かせる、それでも心臓の鼓動が早くなっていって必死で話題を探す。

(何か話さないと・・・)

「・・・堤部長」

「んっ?」

「本当は私、少し前に駅に着いていたんですよ」

(バカ、私ってば、なに言い出すのよ)

「えっ?」

「少し離れたところで、堤部長のこと、ずっと見ていたんです」

「・・・」

部長はうつむいたまま、何も言わなかった。

「なんだか、恥ずかしいな」

その後そう呟いた。

優しい春風がふたりの間を通り抜けていく。

「ごめんなさい」

「いっいや、問題ない・・・」

「あっ」

ふたりは自然に顔を見合わせ微笑んだ。

(こんな優しい目をしてたんだ)

会社では見たことのない優しい瞳に見つめられて傷ついた私の心が癒されていくようだった。

私は与えられたこの時間の1秒たりとも忘れないように、ゆっくりと表参道を歩き始めた。

堤部長は私の右側、時折私は右に視線を向ける、部長はまっすぐ一点を見つめていた。

しばらくの沈黙。(なにか、なにか話さなきゃ)

「堤部長は、鎌倉初めてですか?」

「えっ?うん、小学生の時以来かな?」

(なぜか?動揺しているみたい)

「鎌倉って、いい街だね」

「堤部長もそう思いますか、私も生まれ育ったこの鎌倉の街が大好き」

私は嬉しくて、思い切り部長の顔を覗き込むように振り返った。

「堤部長」

「会社じゃないんだ、堤でいいよ・・・」

そう言って私の方を振り向いて微笑んだ。

「はい、じゃあ、堤・・・さんご出身は?東京ですか?」

私は少し照れくさそうにそう訊いた。

「山形・・・」

「山形かぁ」

「あぁ山形の鶴岡、山と川に囲まれた小さな街さ、もう何年も帰ってないなぁ」

そう言ってまた空を見上げた。

「鶴岡ですか、堤さんの生まれ育った街一度行ってみたかったな」

(やだ私って、なに言ってんのよ)

「子供のころは、ガキ大将・・・でしょ」

「そう、あの頃は楽しかったなぁ」

「今は?今は楽しくないんですか?」

「今か・・・」

そう言った後、俯いたまま言葉が出なかった。

「ごめんなさい、また変なこと訊いちゃって」

「そうだ、いつも美味しいお土産ありがとうございます、オフィスじゃ面と向かってお礼も言えなくて」

私は一瞬立ち止まって、堤さんの正面に立って頭を下げた。

「母といつも言ってるんですよぉ なんで堤さんのお土産はこんなに美味しいものばっかりなんだろう?って」

「遺伝なのかもな、僕の父もそうだったから」

(遺伝?)

堤さんは遠くを見つめ少し寂しそうにそう言った。

「ふ~んそうなんですか」

私はそれ以上深く訊かなかった。

表参道は平日の午後なのにお花見客と鶴岡八幡宮への参拝者で賑わっていた。

ホテル鎌倉の前に差し掛かると遠くに朱色の二の鳥居が見えてくる。

二の鳥居に向かいふたりはゆっくりとまた歩き出す、私は少し右を向きながら、こうすると

堤さんの横顔が少しだけ見える。

すると、堤さんもゆっくり私の方を振り返る、私たちは年甲斐もなく初々しくて、ふたりの視線が合うと私も堤さんも慌てて視線を遠くの二の鳥居に向けた。

それがなんだか可笑しくて、私は笑いを堪えるのに必死だった。

「フェイスブック・・・いつもありがとう」

「私の方こそ、ありがとうございます、堤さん絵文字とか上手くなりましたね」

私は悪戯っぽくそう言って堤さんの顔を覗き込んだ。

「あぁ練習したからな」

堤さんは真面目な顔をしてそう答えた。

「私は娘に勧められてにしたんですよぉiPhoneまだ使い方よくわからなくて、フェイスブックもiPhoneからです、堤さんも?」

「僕はPCから出張の時もPCは手放せないから、スマートフォンにしたいって思ってはいるんだけど、なかなか踏ん切りつかなくて」

「そうなんですか」

「。。。」

未だ少しぎこちないふたりの会話、でも私はふたりで交わした言葉をいつまでも忘れないように、心に刻み込んでいった。

「人力車~記念にいかがですかぁ」

真っ黒に日焼けした体格のいい車夫が私たちに声をかけてきた。

(私たちって・・・どんな風に見られてるのかしら?夫婦?それとも恋人?かな・・・)

そして私は自分でも驚くほどの行動に出る。

「すみませ~ん、写真撮ってもらってもいいですか?」

堤さんは驚いた表情で、歩道に立っているのが見えた。

「はい!いいですよぉ~」

そう言って車夫が私たちに近づいて来て、私はバックからiPhoneを取り出してその車夫に手渡した。

「堤さん写真、写真撮りません?」

「えっ?あぁ」

明らかに動揺して、少し緊張した顔をした堤さんが、私の方にゆっくり近づいてくる。

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