第13話 YES.NO

日曜日のお花見日和、私はHARUと散歩に出掛ける、鎌倉の街はぼんぼりが飾られて一年で一番賑やかで華やいでいた。

春の優しい日差しが、ピンク色に染まった街を包み込んでいる、そんな鎌倉の街にHARUを連れだって散歩する。

それも今年が最後かもしれない、心の奥で私はそんなことを考えていた。

「逢いたい、この鎌倉の街で、この満開の桜並木を一緒に・・・」

私は最後の春をこの鎌倉で、最後の思い出をこの桜でと・・・治療を延ばした時、決めていた。

「39年・・・ありふれた人生を歩いてきたつもりだったけど・・・いいよね最後に一度だけ自分に正直に」

そう自分に言い聞かせHARUと家路につく。

月曜日私は早起きして段葛の桜並木の前に立っていた、風が吹くと花びらが散っていく。

「早く、急がないと 桜、散っちゃうよね」

私はiPhoneをバックから取り出して、堤部長のウォールに書き込みを始めた。

<堤部長 おはようございます もう出社されていますか?鶴岡八幡宮の桜は今が満開ですヽ(*^^*)ノこの桜が散ってしまう前に、桜を見に鎌倉へ来ていただけませんか>

私の今の気持ちを願いを・・・素直に書いて送る。

「ふぅ~送っちゃった」

大きく深呼吸して鎌倉駅に向かう。

私はオフィスにそのまま入るのが何だか怖くて、堤部長の顔を見るのが何だか恥ずかしくて・・・スターバックスに逃げ込んだ。

「おはようございます」

「あっ仙台のご自宅、大丈夫でした?」

「えっ?はい、幸いみんな無事で、お客様にまでご心配して頂いてありがとうございます」

「よかったですね」

「堤さんからも連絡頂いて、同じ東北人だからかな?」

(東北人?)

「すみません、こんな話」

「いえ、チャイティラテ、ホットショートでお願いします」

私は一番奥の席に座ってフェイスブックを恐る恐る開く。

<ありがとう、鎌倉の桜 楽しみです。鶴岡八幡宮も案内してください>

私はその返信をずっと見つめていた、キューンと胸が熱くなっていく。

「やっと言えた、来てくれる、来てくれるんだ、鎌倉に」

私は冷めたチャイティラテを飲み干すとエレベーターでオフィスに向かった。

デスクに座って前を向くと、堤部長は朝のミーティングでいなかった。

30分くらいで堤部長が戻ってくる、今までのように堤部長の顔を直視できない。

PCから見線を外して10メートル先を見ると自然と視線が・・・私はすぐに視線をPCへ戻す、鼓動が早くなるのがわかる。

しばらくすると堤部長はPCを抱えて席を立った。

私はリフレッシュルームへ行って返信する。

<ありがとう ございます、桜が散る前に来ていただけますか?今週は無理ですよね?金曜日とかでも平気です>

「今週なんて、無理よね、でも桜が、時間がないの・・・」

私は無理を承知で返信する。

<じゃあ 金曜日にしよう♪時間は、午後でいいかな?>

一人でサンドイッチの昼食を取っていた時、返信があった。

「うそ? 金曜日」

私は思わず微笑がこぼれて、すぐに返信する。

<ありがとうございます♪私 金曜日 お休み頂いてるんです、じゃあ午後3時鎌倉駅の改札の前でお待ちしていますヾ(@^▽^@)ノ>

電車の中で何度も何度も部長からの返信を読み返す。

「金曜日か・・・」

嬉しさが込み上げてくる、車窓には昨日までとは違った、清々しい笑顔が映っていた。

「金曜日、晴れるかなぁ」

駅に着いて、鎌倉の夜空を見上げると夜空には雲の隙間から大きな月が見えていた。

「ただいまぁ~」

「お帰りなさい・・・ん?亜美」

「なに?」

「なにか、良いことあったでしょ?」

「えっ?なに? いいことなんてないよ、いいことなんて」

そう言って2階へ駆け上がる。

「もぉ~なんでいつも、わかっちゃうのよぉ」

「あ~ぁお腹空いちゃった、えっどうしたの?このお酒、久保田?萬寿?」

「うん、お友達が新潟に行ってね、そのお土産、少し飲んでみない食前酒よ ねっ」

母はそう言ってグラスに半分くらい少し冷えた日本酒を注いだ。

「じゃあ、乾杯」

「何に?」

「いいじゃない、かんぱ~い」

母はそう言ってグラスに口をつけた。

「う~ん美味しい、この日本酒、ワインみたいね~」

「ホント、やわらかくて飲みやすい」

「白身魚のお刺身にも合うわねぇ~」

「それで?デートの約束は?」

「へぇ?」

私は口に入れたお酒を噴出しそうになるのを必死でこらえて、やっと飲み込んで思い切り咳き込んだ。

「なによぉいきなり~そんなじゃないから」

「いいじゃない、隠すことないじゃない~私は、亜美をいつも応援してるんだから」

「お母さん」

「・・・やだぁこのお酒どんどん飲めちゃうから、少し酔っちゃったかしら」

母はそう言ってまた笑った。

酔いを醒ますのにテラスに出ると海風が頬をなでる、HARUが駆け寄って来て私の顔を覗き込む。

「HARUありがとう、大丈夫だから」

「誘って、良かったのかなぁ?」

「私にはもう遠い未来を夢みたり、出来ないんだよね、そんな私のわがままを」

そんなことが頭の中を行ったりきたりする。

「揺るがない想いだったはずなのに・・・ね」

目を瞑って堤部長の顔を想い浮かべる、いつも難しい顔してるから笑顔が想い浮かんでこない。

「そういえば笑った顔って見たことないな、みてみたい・・・堤部長の笑った顔」

テラスに桜の花びらがそっと舞い落ちてくる。

4月15日金曜日晴れ、鎌倉の桜は少しづつ散り始めて、でも何とか私たちふたりの来るのを待っていてくている様だった。

「うん、今日もいい天気」

「じゃあお母さん、行ってくるから」

「行ってらっしゃい、気をつけて」

私は自転車で鎌倉駅に向かう、昨日の夜、背中の痛みがひどくて、でも何とか我慢して金曜日の10時予約していた横浜の病院へ向かう。

最近少し貧血ぎみ、これも転移の影響なのか?横浜駅からバスに揺られ診察室の前にたどり着く。

「診察が終わったら家にすぐに戻んなくちゃ」

「柴咲さん3番診察室へどうぞ」

(今日は・・・3番か)

「はい」

いつもより力強い返事で答える。

「こんにちは、柴咲さん痛みは?」

「・・・少し背中が」

「まだ?治療、早く始めた方が・・・」

「すみません、もう少しだけ、あと少し・・・わがままを」

「そぉわかった、今日は点滴だけ、いいでしょ?」

「はい、お願いします」

30分ほど点滴をして、12時過ぎ家に戻る。

「ただいまぁ」

「お帰りなさい」

「疲れたから、少し横になってくる」

「お昼は?」

「うぅん、後でいい、食欲もないから」

「・・・そぉ」

私はそのままベッドに横たわる、身体が重くて、思うように動けない体重は1年前より軽くなっているのに。

そしてそのまま眠りにつく。

「亜美~あみぃ~携帯、鳴ってるわよ」

母の声で目が覚める。

「あっお母さん今?何時?」

「1時30分過ぎだけど」

「あぁ~良かったぁ」

携帯は美咲からのメールだった。

<亜美、元気? 鎌倉の桜は?散っちゃったのかな?私は今愛媛に来ています。昨日は清家くんの実家に泊まっちゃって、(;^ω^A ホテル予約してたのに・・・愛媛とっても良い所だよ、早く元気になって遊びに来てね(*⌒0⌒)b>

「美咲、いつも、ありがと」

美咲のメールで起こされて、寝過ごさずに済んだ。

「危なかったぁ~」

<美咲、ありがとね <(_ _*)> 鎌倉の桜は何とか持ちこたえています 、

清家くんにもよろしくね!また連絡します♪>

美咲には今日のことは言わなかった。

「美咲はきっとわかってくれている」

私の決心がこれ以上揺るがないように私はベッドから起きて熱いシャワーを浴びた。髪をブローして、鏡の中の自分を見る。

「ふぅ~」大きく深呼吸していつもより少し念入りにメイクする。

少し顔色が悪かったのに、イキイキとした素肌に変わっていく。

「病気もメイクみたいに、治っちゃえば、ちゃえばいいのに・・・」

そして大好きなヴァーベナのボディアイスジェルをつける、もうすぐ2時、部屋にはやわらかい春の日差しが差し込んでいる。

お気に入りの白いワンピースを着て鏡の前に立つ、今日は白いワンピースって決めていた、理由は自分でもよくわからない。

「もう行かなきゃ」

時計を見ると2時15分を過ぎていた。

「何だか、年甲斐も無く緊張してきちゃった」

「お母さん、行ってくるから」

「あらぁキレイよ、亜美いってらっしゃい、楽しんできて」

母はそう言って見送ってくれた。

「ありがと、行ってくるね」

私は軽く手を振って玄関を出るHARUが庭から勢い良く走ってくるのが見えた。

「ダメよHARU、ごめんね帰ったらお散歩行こう」

HARUは少し悲しげな声を上げて、でも尻尾を大きく振って私を見送ってくれた。

そしてゆっくりと由比ガ浜の駅に向かって歩き出す、懐かしい匂いのする海風が私を包んで、後押ししてくれているようだった。

由比ガ浜の駅・・・なにもかもが今は懐かしい。

ホームに立っているとまた桜の花びらが舞い降りてくる。

「これが、私の最後の恋、たぶん、最後のデートね・・・」

遅すぎ過ぎた出逢いかもしれないけど、今日という日がとても嬉しかった。

私はこの最後のデートを忘れないように、「ぜったい忘れない」そう心に誓った。

ホームの右側から見慣れた、キレイな緑色の電車が滑り込む。

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