第6話 試し撮りツアー


 池袋ジャンクショップの店先にて、指先ほどの大きさのチップを手にして勝ち誇ったかのような表情を見せているのは、他でもない絵真であった。


 どうやら絵真はお目当てのものを購入することができて満足気であり、それを他者に自慢したいのか、翔太の目の前に突き出していた。他人のドヤ顔ほど見ていて鬱陶しい表情はないと思われるが、しかしながら絵真のその表情に不快感を与える要素がまるでなく、むしろ可愛らしい部類に入った。それは猫が時折見せるよくわからない澄まし顔に似ているからかもしれない。


 突き出されたそれは、大きな文字で「SD」と書かれ、それと共に内部容量の数字が記されている。それが記憶媒体であることは翔太も当然知ってはいるが、これまで扱ったことがないため、感覚的にその容量でどれだけのデータが保存できるのかが見当もつかなかった。


「さて、SDカードも買ったことですし、試し撮りに行きますか」


「……待て、どうしてお前がいる」


 店先には翔太と絵真の他に、紗代もいた。紗代はその場で店のエプロンを脱ぎ捨てながら、そう提案してきた。


「お店はお父さんいるから大丈夫でしょう」


 そう言い放つ紗代は、既に行く気であった。翔太は店をほったらかしにして平気なのか気になったが、しかし店の関係者である紗代が大丈夫と言うのであれば、大丈夫なのだろう。それに、暇を持て余すこれからの夜長をどうやって時間潰そうか悩む翔太としては、紗代の提案は別段悪い話ではなかった。


「絵真もいいか?」


 翔太は確認のため絵真に尋ねた。絵真もこれといって不服があるわけではなさそうなので、あっさりと首肯した。


 カメラの底部にあるカバーのロックを外し、小型のバッテリーが収められている隣に購入したばかりのSDカードを挿入する。そしてカバーを閉め、絵真はカメラの電源を入れた。覗き込むように見下ろした画面は現在、輪になった三人の足元が映し出されており、絵真は徐にシャッターを切る。するとピントを合わせる小さな電子音が発せられたのち、乾いた音と共に先程までの時間が切り離され、三人の足元が画面に固定される。


「おー。よく撮れてる」


 表示された画像に、翔太は感嘆の声をあげた。紗代も興味津々といった様子で眺めている。


「次、何撮る?」


 画面は次の撮影のため表示を変えており、絵真の手ブレをリアルタイムで映し出している。


「どうせなら、人物撮る?」


 そう言う絵真は一歩下がってカメラを持ち上げ、レンズを翔太と紗代に向ける。


「まあ、別にいいけど」


「え!? 私と翔太と? ちょ、ちょっと待って、いきなり二人でなんて不意打ちだよ」


 絵真の行動に紗代は露骨に動揺し、そそくさと指で前髪を整え始め、佇まいを直した。翔太はそこまで自身の身嗜みに気を遣ってはいないため、急に写真を撮られても困ることは何一つなく、撮られることに拒否反応を起こすことはなかった。


 翔太はスッと移動し、紗代の隣に立つ。紗代とは幼い頃からの付き合いであるため、異性ではあるものの接近することに躊躇は覚えず、二の腕が接触するほどの距離を保つ。そして翔太は絵真の持つカメラのレンズに視線を向ける。


 絵真の指先がシャッターボタンに触れる。そして響く音と共に翔太と紗代、そしてその周辺の瞬間が切り取られる。


 撮り終えた絵真はカメラを操作しながら翔太に近づく。画面には既に先程とったツーショットが映し出されているようであり、翔太はそれを覗き込む。


「お前、なんちゅう顔してんだ」


 翔太と紗代が身を寄せて写る写真。翔太はこれといって不審な点がない、まともな写真写りである。一方紗代は、強ばった表情にやや紅潮した頬。斜め下を見つめるかのように若干顔は伏せられているが、視線だけはカメラに向いており、上目遣いになっていた。それは完全に異性を意識した故の照れの表情であった。


「ほ、ほっといてよ、もう!」


 紗代自身、自分の写真写りの失敗を気にしているようであり、そこにきての翔太の気遣いのない言葉によって、紗代は怒気を孕ませて拗ねてしまった。翔太は紗代が何故そこまで機嫌を損ねているのかがわからなかったが、なんとなく反射的に「なんかスマン」と謝った。それにより紗代は納得していないかのような表情を浮かべたが、一応機嫌を直したようであった。


 人物撮影に懲りた一行――主に紗代だが――は、今度は風景を撮ろうという話になり、被写体を探して歩き回る。とはいっても、夜である現在は、暴走した気象制御システムによって屋外は猛吹雪となっているため、池袋居住区内、サンシャインシティの建物の中を歩む。


 旧サンシャインシティを再利用した池袋エリアの居住区。プリンスホテルや文化会館上層階のマンションなどがあるがそれでも住居は足りないため、隣接するオフィスビルであったサンシャイン60の内部を改装して住居とした。その階下、かつて専門店街であった場所には、現在菜園や農園として活用されている。


 ジャンクショップがある文化会館を出た翔太たちは、ワールドインポートマートビルを通過して旧専門店街へ向かう。盛られた土の上になる小ぶりな野菜や果物、農園のニワトリ、更には住居スペースまで行き連なる軒先などなど、何気ないものを気まぐれに撮影していく。途中鉢合わせになった友人知人などを断ってから撮影したり、いつからか住み着いた野良猫などを撮ったりと、翔太たちは笑いに満ち溢れる楽しいひとときを過ごした。


 絵真にとっては、ここにいる全ての人間が今日出会ったばかりであるため、最初は緊張故に表情が硬かった。だが次第に翔太と紗代の二人に打ち解けていき、つられるかのように徐々に屈託のない笑みを浮かべる場面が増えていった。


 夜をそれなりに過ごした三人は、最後にサンシャイン60の六十階の展望台へと向かう。エレベーターを降り立った翔太たちは窓の外の景色を見やる。十年前であれば、世界有数の広大な夜景を眺めることができただろう。しかし現在は、暴走した科学の影響による猛吹雪によって、数メートル先ですら見通せない闇の世界であった。


「なんか、今ここに来るのは間違いだったみたいね」


 楽しさのあまり半ば我を忘れていた紗代であったが、窓の外の現実を目の当たりにして冷静になった。翔太も同様であり、紗代の呟きに同意せざるを得なかった。


「やっぱり、横浜も池袋も、夜の景色は変わらないね」


 がっかりしたように呟く絵真は、その小さな手を窓について外界を眺めていた。制御を失ったはるか上空の鉄屑たちは、首都圏どころか日本全国にその影響を与えているので、もしかしたらどこへ行っても同じ景色なのかもしれなかった。


 それでも絵真は池袋を訪れた記念として、夜の猛吹雪を写真に収めるためカメラを構える。


「明日の朝、またここに来ような。吹雪が晴れれば、朝焼けにうつる雪景色が見えるし」


 雪景色であることには間違いないのだが、そう呼称するほど今の時代の雪は生易しくない。一階部分は積雪で埋もれるため、二階から外に出ることになる。夕方同様朝も気温的に快適にはなるが、どうあがいても地上での活動は無理なのである。


 ただ文字通り雪に埋もれる東京であるが、他人事のように俯瞰する分には絶景なのだろう。翔太はそう思い、半ば落ち込んでいる絵真にそう提案する。


 しかし、絵真の反応が薄い。それを不審に思った翔太は絵真を見やるが、その反応の薄さの原因が翔太の発言ではないことはすぐにわかった。


「絵真、どうしたんだ?」


 翔太は堪らず問いかけた。絵真は構えていたカメラを下げてじっと見つめていたが、翔太の言葉でカメラに注いでいた視線を上げて見つめ返す。


「……写真が撮れない」


 シュンとした表情を浮かべる絵真は、翔太の問いにそう答えた。


「壊れたのか?」


「そういうわけではない。ただ、SDカードの容量がいっぱいになっちゃったみたい」


「……そんなに撮影していたか?」


 絵真の言うことが本当なら、SDカードの容量を満たすほど大量に撮影したのだろう。しかし思い返してみても、精々数十枚くらいしか撮影していないはず。翔太はデジタルカメラを扱ったことがないためよくはわからなかったが、たかが数十枚撮った程度で満杯になるとは、とても思えなかった。


「もしかしたら、元々別のデータが入っていて、それが圧迫して写真が撮れないのかも」


 紗代がふと思いついたかのように述べた。


「買い取るときに確認しなかったのか?」


「してないわよ。店にPCはあっても、SDカードを読み込むリーダーがないもん」


 現在は、使い勝手が著しく低下したネット環境のせいもあり、PCを使う人は限られている。それ故PC関連のものを遺物として回収したとしても、その価格は需要がないため安価になりがちなので、そもそも回収してくる人が少なくジャンクショップに並ばないのである。それはSDカードと同様の現象なのかもしれない。


「撮った画像を整理するしかないね」


「でも、せっかく翔太と紗代とで撮ったものを消したくない」


 画像の消去自体はデジタルカメラ単体でもできる。しかしそれは、これまでの思い出を消していくのと同義であり、絵真自身乗り気ではなかった。それは翔太も紗代も同じであり、心苦しさを感じさせた。


「他にPC持っている人って、いないのか?」


 翔太はなんとかしようとし、紗代にこの街でのPC所有者を聞いた。


「あんまり使う人がいないから大勢は知らないけど……私は一人なら心当たりがあるよ」


「誰だ?」


 翔太は縋るように尋ねた。


「アンタも知っている人よ」

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