第5話 池袋ジャンクショップ


 明美の運転するワンボックスカーは、池袋エリアの居住区である旧サンシャインシティに無事到着する。地下駐車場が閉まる十八時直前に入ったため、明美の車を最後に管理公社の警備部が出入り口のシャッターを下ろす。増設されたシャッターは二重であり、外気を完全にシャットアウトする構造になっていた。


 地下駐車場内を移動し、いつもの定位置に車を停車させる。明美の所有する自動車は、自身の手で電気自動車へと改造されており、勝手に地下駐車場に設置した充電装置でワンボックスカーを充電する。


 サンシャインシティは、かつて複合商業施設であった。サンシャイン60、プリンスホテル、ワールドインポートマートビル、文化会館の四つの建物によって構成されており、一続きにされた三階から地下一階までが専門店街となっていたのだが、現在は居住区として突貫工事されたせいもあり、当時の情景を連想させるものは皆無であった。


 地下駐車場にて全員下車し、階上へ移動するため文化会館のエレベーターに乗り込む。


「じゃあ、早速、目的を果たしますか」


 エレベーターが指定の階で停止し、固く閉ざされた扉が開く。いの一番に下りた明美が振り返って提案する。別段断る理由もない翔太は無言で頷き、初めて訪れる池袋が珍しくて辺りを必要以上に見渡している絵真を誘導する。


 池袋のジャンクショップは、文化会館の建物の中にある展示ホールであった場所に店を構えており、文化会館のエレベーターの目と鼻の先であった。


「なんか……すごいことになってる」


 絵真はガラスの仕切りから店内を覗くが、その光景に唖然とし、ようやく絞り出した言葉も戸惑いの色があった。しかし絵真がそのような反応をするのも無理もない。何せ、広大なスペースを誇る展示ホールが、ガラクタによって埋め尽くされているのだから。ここが廃棄物処理場と説明されると素直に納得してしまいそうなくらい、店内は雑然としていた。


 しかし翔太と明美にとっては見慣れた光景である。


「そういえば、横浜のジャンクショップは整理整頓が行き届いていたな」


「うん。店長さんが几帳面な人だからね」


「多分横浜が特別なだけだと思うな。他所のエリアのジャンクショップは、ここと同様酷い有様だ。とくに丸の内エリアのジャンクショップはヤバイ」


 東京駅とその周辺のビル群を居住区とした丸の内エリアは、北に向かえば古書店街があった神田や電気街であった秋葉原などがあり、南には高級店が軒を連ねていた銀座やサラリーマンが集まった新橋などがあるため、遺物回収を生業とする者にとっては聖地であった。そのため必然的に丸の内エリアのジャンクショップは肥大化していき、現在は居住区そのものが巨大なジャンクショップと化していた。そしてそれはつまるところ、丸の内エリアの居住区はイコールでゴミ屋敷の様相を呈していた。


「そ、そんなに?」


「ああ。ここが可愛く見えるほどにな」


 絵真は翔太から聞く丸の内の話を聞いて戦慄した様子であった。


「まあ取り敢えず、中に入ろう」


 翔太は固まり佇立する絵真の背中を押して入店する。先に入った明美の後ろをおっかなびっくりついていく絵真の様子は、怯える子猫そのものであった。翔太はそんな絵真の反応に愛らしさを感じ取りつつ足を運んでいく。


 ネックが折れたエレキギター、ツマミがとれたオーディオアンプ、ペイントされたブリキ人形、電源コードがちぎれた冷蔵庫、色あせたマンガ雑誌、無造作に積まれた衣服などなど。まるで峡谷のように積み重ねられた遺物という名のガラクタの間を、翔太たちは進んでいく。


 入店してからしばらく進むと、開けた場所に出てくる。その空間の左右には遺物として回収されたショーケースがいくつも置かれており、そのショーケースの中にはブランド物のバッグや保存状態のよいアクセサリーなど、一目で価値があると判断できるものが仕舞われていた。そして空間の最奥、左右に連なるショーケースの間を埋めるかのようにカウンターが設置されていた。しかしそのカウンターは現在無人であった。


「店長ー。いるー?」


 明美がカウンターに身を乗り出し、奥にいるであろう人物を呼びつける。その間絵真はショーケースに張り付き、中で展示されている光沢を放つトランペットを注視していた。


「はーい。ちょっと待ってね」


 奥の山の中から快活な少女の声が響き渡る。そして狭い通路をかき分けるようにカウンターまで出て来きたのは、翔太と同い年の幼馴染であった。


「あ、明美さん。どーもです。すみませんお父さん今手が離せないみたいで、店頭に出てこれないっぽいです」


「全然大丈夫。むしろ髭面のおっさんが出てくるより紗代ちゃんが出てきてくれた方が、目の保養になっていいし」


 父親である店長が出てこられないことに断りを入れた紗代ちゃんこと夏目紗代なつめさよであったが、当の明美は気にしている様子もなく、むしろ紗代が代わりに出てきてくれたことに喜び笑みを浮かべた。


 紗代は、お団子にしたボリュームのある長い髪と、子犬のようにクリッとした和らげな瞳がトレードマークの少女である。そして比較的に発育がよかった紗代は、食料供給力が低下した現代でもそれなりに背が高く成長し、女性らしい起伏に富んだスタイルをしており、ジャンクショップのロゴが刺繍されたエプロンに凹凸を作っていた。実の息子に「娘が欲しかった」と謗る明美にとって、まさにストライクゾーンを射抜く逸材であった。


「今日はね、アタシじゃなくてこの子がここに用があるって」


 他所の娘を勝手に溺愛している明美が一旦紗代から視線を逸らし、気まぐれに店内を物色する絵真を指差した。それに気がついた絵真は一度翔太の方を見やり、それからカウンターの方へと歩みだした。翔太は絵真の視線に含まれた「付き添って」という言外の意味をくみとり、絵真について行く。


「見かけない子だね。どうしたの?」


「横浜から連れてきた」


 紗代の問いに、翔太は簡潔に答える。しかしその返答を聞いた紗代は、血の気を失ったかのように青ざめた表情をし、


「ま、まさか、可愛さのあまり攫ってきた、の? か、管理公社の警備部に連絡しなきゃ……」


 そう呟きながら衣服からまだ生きている携帯電話を取り出し、震える手で電話をかけようとする。


「んなわけあるかッ!!」


 その甚だしい勘違いに憤慨した翔太は、素早く紗代の携帯電話を奪い取った。こんなくだらないことで管理公社警備部の世話になりたくないという思いもありつつ、己の沽券を守るための行為でもあった。


「え? 違うの? ほら、明美さんがあんな感じだから、てっきりアンタも歳の離れた子を愛でる趣味でもあるのかと思っちゃったよ。だって――」


「そんな性癖は遺伝してねぇよ!」


 紗代が「だって、……私に見向きもしてくれないし」と伏し目がちに口篭った言葉は、幸か不幸か翔太に伝わることがなく、翔太はそれを遮るように突っ込みを入れた。


「違う違う。この子が自分で池袋に行きたいって言ったんだ」


「そうなんです。わたしの探し物が池袋のジャンクショップで見かけたという噂話を聞いて、無理を言って車に乗せてもらいました。決して翔太さんはロリコンの変態さんではないです。……多分」


「お前も結構酷いこと言うな。ってか、最後は断言しろよ……」


 フォローがフォローになっていない絵真の言葉に、翔太は呆れ果てた。


「まあ、それはさて置き、お名前は?」


「……小宮絵真です」


 紗代の人懐っこい態度で名前を尋ねられた絵真は、若干引きつつ控えめに名乗った。どうやら絵真は紗代の人懐っこさに戸惑い、距離感をはかりかねている様子であった。


「それで、探し物って何かな?」


「えっと、デジカメに使うSDカードを」


 なおも相手の懐に入り込むようにして、紗代は絵真の目的の品を聞き出す。それに対して、絵真は肩から下げた小ぶりなカメラを両手で持ち上げ、顔を隠すようにして紗代に見せた。


「やだぁ。この子カワイイ」


 その小動物を思わせる仕草をする絵真に、紗代は女の子としての可愛いもの好きの精神を刺激され、魅了された。


「確かに、ちょっと前にSDカードを売りに来た人がいたよ。ウチの店、人目を引くために安価なゴミとめぼしい品は店頭に展示していて、SDカードみたいな小さくてマニアックなものは奥に仕舞ってあるの。お姉さんが案内するから、奥に入ってきていいよ」


 紗代はにこやかに説明しつつカウンターから店頭に出ていき、絵真の背後をとる。そのまま絵真の両肩に手を置き、押し込むようにしてカウンターの奥へと連れ去っていった。ちなみに翔太の「おい、今自分の店の商品のことをゴミって言わなかったか?」という突っ込みは、残念ながら誰も反応してくれなかった。


「そしたら、アタシもついていく!」


 その姉妹のようなやり取りをして消えていく二人を見て、明美が年甲斐もなくはしゃいで紗代のあとをついて行き、追いついて紗代の両肩に手を置いた。そのことにより、紗代を愛でる明美と、絵真を愛でる紗代と、されるがままの絵真という謎の三角関係が形成された。連結して消えていく三人に取り残された翔太は、一人ジャンクショップの店頭で茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


 手持ち無沙汰となった翔太は、なんとなしに店内を物色する。元来女性の買い物は非常に長く、男性は常に無為の待機を強いられる。それはこのようなご時世になっても変わることのなかった、人としての普遍的な何かなのかもしれない。


 一通り見て回ると、翔太は店頭の一角に展示された革製のソファーを見つける。よく座る部分が劣化によってひび割れシワになっているが、まだまだ現役で使えそうな代物であった。翔太は一応表面を手で叩いて埃を飛ばし、軽く押して弾性を確かめてから腰を下ろす。昨日依頼で池袋を発ち、一日横浜で待機して先程帰ってきた身としては、地味に疲労が蓄積しており、こうしてソファーに身を沈めていると睡魔に襲われそうになる。


 翔太は大胆にあくびをし、涙目になった目を瞬かせる。そうしていると、店の奥側から誰かがカウンターまで出てきた。最初翔太は女性陣が目的を果たして帰ってきたのかと思ったが、しかし皆が消えていった方角とは別の方向からその人物が来たので、瞬間的に自身の予測を否定した。そしてそうでないなら、その人物の正体は消去法で判別できてしまう。


「店長、お邪魔してます」


 奥から出てきたのは中年男性。紗代の実父である夏目忠司なつめただしである。娘である紗代より身長の低い忠司は、翔太の顔見知り故の雑な挨拶に微笑みながら頷いた。


「さっき明美ちゃんが僕を呼んでいたけど、どこいったんだい?」


「紗代と一緒に奥行きました」


「そうかい」


 忠司はカウンターの引き出しの中を漁りながら尋ね、それに翔太は答える。忠司は引き出しからお目当てのものを探し出して「コレコレ」と呟いたのち、翔太の答えに返事をした。


 忠司は子供のときから機械いじりが好きであったようで、現在も自称発明家や自称修理人として日々ガラクタと戯れている。事故以前は材料になり得る不用品が集まりやすいリサイクル業を営んでいたようであり、事故後ジャンクショップを構えたのも、半ば成り行きからであった。


 引き出しからメジャーを取り出した忠司は、ふと翔太に視線を送った。そしてその人のよさそうな笑みのまま、


「今、ちょっと面白いものを作っているんだ。見ていくかい?」


 と尋ねた。翔太としては暇を持て余していたので、それは願ってもない提案であった。忠司の発明品は池袋に住まう者から好評を得ている。明美の改造車にも一部組み込まれていたりするので、翔太としては、また何か車がグレードアップするのではないかとささやかに期待していた。


 翔太は忠司の小さな背中のあとをついていく。ジャンクショップ奥は、紗代たちが向かった在庫が眠る倉庫とは別に事務所に通じる通路と、そして店長の憩いの場である作業場に通じる通路があり、その通路を進んでいく。通路は大型のガラクタが通れるよう広く設けられており、店頭よりも片付いているような印象を受ける。その途中途中で使用目的の違いで使い分けられているだろういくつもの台車とすれ違いながら、翔太は増設されたパーテーションの前に辿り着く。どうやらこのパーテーションの向こう側が例の作業場であるらしい。


 忠司と翔太はパーテーションの切れ間から中に入る。作業場内は店頭同様物が多く雑然としているが、大型工具や機械部品など比較的使用用途のあるものが大半であった。


 それらの隙間を縫うようにして作業場の中心部に辿り着く。そこにはいくつもの箱が積み重ねられていた。いや、それらは正確には箱ではなく、大型のバッテリーであった。そしてバッテリーを取り囲むように散らばる部品や工具に紛れるかたちで、出力の異なるインバーターが転がっていた。


「こんなにたくさんのバッテリー、何に使うんです?」


 明美の所有する自動車を電気自動車化する際に、それなりの大きさのリチウムイオンバッテリーを搭載したが、それでも一つあれば事足りた。このご時世よくこれだけの数揃えられたなと瞠目するところであるが、そもそもこれだけ揃える意味はとくにない。ないからこそ、翔太は疑問を抱かずにはいられなかった。


「なに、ちょっと簡易的な電源車を作ってみようと思ってね、片っ端からバッテリーを集めてみたんだ」


 忠司は、「本来なら発電機を積むとろころなんだけどね」と一拍間置いて呟いた。

「電源車?」


「そう、電源車。気象制御システムが事後を起こして十年。管理公社が生活を保証してくれるとはいっても、遺物回収で儲けようとする輩は後を絶たない。それ故、居住区を中心とした都市部はもう取り尽くされている。ここしばらくは、めぼしいものは何も回収されていない。一部の人、それこそ明美ちゃんのように移動手段を持っている人は遠出して遺物回収できるけど、そもそも夕方という限られた時間の中では限度がある」


 確かに、と翔太は心の中で共感する。明美の遺物回収を手伝っているため、その手の感触は薄々感じており、ときたま手応えのない日があったりする。


「そこで電源車。僕の理想としては、この環境下での野営。昼と夜を数日間やり過ごせる程度の電力を持って移動する。そうすれば、僕たちの移動範囲は拡大すると思うんだ」


 翔太はその考えに瞠目して言葉を失った。確かに現在は、昼と夜の気温が中和されるたった一時間程度の間でしか行動できない。途中残された建物で難を凌ぐとしても、廃墟群の中からまだ電気が通っていて外気を遮断できる建物を探し出すことは、不可能ではないにしろ容易ではない。


 電気自動車の車内で冷暖房を利かせて待機するといっても、翌日の夕方までには電気を使い果たすだろう。例え夕方までもったとしても、その後走行するだけの余力が残るはずがなく、そのまま立ち往生する羽目になるだろう。そういった事情により、今は夕方の時間内にどこかの居住区に到達しなければならなかった。


 そのため、もし本当に電源車が実現されれば、飛躍的に行動可能範囲が拡大する。それこそ小田原などの神奈川県の奥地に行くことも可能だろうし、千葉や埼玉方面にも移動することができるだろう。それに量産化して台数が増えれば、いずれは日本全国移動することも夢ではないのだ。


「そ、それはいつ頃完成するんですか!?」


 翔太は電源車がもたらす利点を理解し、興奮気味に問いかけていた。


「実は、すぐに完成させることは可能なんだ。単純にバッテリーとインバーターを積み込んで配線するだけだからね。問題は積み込む車だけど、それは先週解決しちゃったし」


「先週? それってもしかして、母さんが回収したトラックのこと?」


「そうそう。いっぱい積める車をお願いしたんだ。僕としては、明美ちゃんのワンボックスカー程度の大きさを想定していたんだけど、予想以上に大きいものを持ってきたから、今あるバッテリー全てを積み込んでもまだスペースが余っちゃってね。また別の問題ができてしまったよ」


 先週、明美はいきなり「車回収するぞ」と言って翔太を連れ出した。そして明美は二トントラックを遺物として回収することに成功したのであった。その二トントラックはすぐさま忠司のジャンクショップに売ったことから、翔太は単純に懐を潤すために回収したものだと思っていたが、まさか忠司の依頼による仕事だとは思いもしなかった。


「でも、あのトラックいっぱいにバッテリーを積み込められれば、それこそ何週間単位で遠出できるかもしれないし、もしかしたら居住区の予備電源として機能できるかもしれないね。まあ、実際に試運転してみないとなんとも言えないけどね」


 そう語る忠司の表情は、満面の笑みであった。しかしながらその表情は、この発明がもたらすものを考えれば仕方のないことである。


「そうしたら、俺もオフの日は車出してバッテリー探してきますよ。こんな夢のある発明に、少しでも協力したいし」


「本当かい? そりゃあ嬉しいな。なんだったら、明美ちゃんから買い取ったトラック使っていいから。言ってくれればいつでも鍵渡すよ。ついでに紗代ももらってくれると父親として嬉しいけどね」


「それは流石に話が飛躍しすぎていますね」


 忠司は笑顔のまま実の娘をやると言ってきたが、そもそも翔太は紗代のことをそのように意識したことがない。紗代は幼馴染であり、それ以上でもそれ以下でもない。言ってしまえば兄弟みたいなものであり、発展することのない間柄であるのだ。


 それ故、翔太は微苦笑を浮かべながら、やんわりと受け流すことしかできなかった。

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