寒暖のアマテラス

杉浦 遊季

寒暖のアマテラス

序章 十年前

第1話 十年前


 それは、少年が小学校低学年のときの出来事であった。夏休み前に風邪で学校を休んだ少年は、仕事で外出した母を恋しく思いつつ、寝込みながらテレビから発せられる音声を聞いていた。朦朧とする意識を集中させると、現在テレビが映し出しているのは朝の情報番組であることがわかった。


『では、これからのお天気です』


『はい。それでは本日の東京のを発表します。早朝は七月頃の気温ですが、お昼にかけての気温上昇は抑えられ、比較的過ごしやすい一日になります。最高気温は二十二度と、五月頃の気温となりますので、薄手の上着を一枚羽織ると快適でしょう。天気は朝から夕方まで晴れ間が続きますが、十六時から十七時の一時間にかけて水不足解消のため広範囲で「夕立」がふる予定ですので、早くご帰宅される方は傘をお忘れなく。夜はあまり気温が下がらないため、肌寒さはないでしょう。天候も崩れることなく、明日まで安定しています。以上本日の気象予定でした』


 少年は、テレビから発せられるお天気お姉さんの声を聞きながら、眠りについた。




 うっすらと目を覚ましたときには、時刻は既に正午を過ぎていた。自動運転する空調がいつの間にか冷気を吐き出していることに気がつく。それもかなり強めの冷房であるが、不思議と室内は寒くない。むしろまだ暑い。少年は寝ぼけた意識で掛け布団をめくり、足元を露出させる。


 つけっぱなしになったテレビが騒がしい。


『現在、気温が四十五度を超えました! なおも最高気温の記録を更新し続けています』

『熱中症による緊急搬送があとを絶ちません。多くの人が屋外で倒れています!』

『気象庁は「外出を避け、冷房のきいた室内で待機してください」と呼びかけています』

『気象庁は引き続き気象制御システム、通称〝アマテラス〟の異常について調査をしている模様です』


 意識が覚醒していない少年にとって、テレビの音声は断片的にしか理解できなかった。少年は思考する前に再び眠りにつく。




 肌寒さを感じ取り、少年は目覚める。空調のリモコンを手に取り冷房を止めようとしたが、自動運転している空調は既に冷房を止めており、代わりに暖房に切り替わっていた。少年は寝ぼけ眼で訝しみながらリモコンを放り投げ、上体を起こす。一日寝込んでいたおかげで体調は幾分ましになったようだ。


 ベッドから起き上がり、照明をつけて時刻を確認する。現在は夜の七時であった。窓の外は既に暗い。


「え?」


 窓を見やった少年は驚き、小さく声をもらした。確かに窓の外は夜闇に包まれている。そこに不審な点はない。だが、窓そのものが異常であった。


 七月にもかかわらず、窓は結露していたのだ。


 そして少年は思う。どうしてこの季節に暖房をつけているのだろうか、と。


 少年は慌ててつけっぱなしのテレビを注視する。そしてその映されている光景に茫然とした。映像は都内の定点カメラのものらしいが、そのカメラが映し出した街の様子は、夜の闇にうっすらと浮かぶ白の世界であった。そして視界を塞ぐかのように吹きすさぶ風。そう、七月の東京に雪が降っているのであった。それも猛吹雪。これは常識では考えられない、異常事態だった。


 そしてテレビは画面が切り替わり、ニュースキャスターが映し出される。どうやら現在臨時の報道特番を放送しているようであった。そして画面には目立つようにテロップが出されていた。


『〝アマテラス〟原因不明の暴走!!』


 幼い少年にとって何が起こっているのかが理解できなかった。しかし幼いながらも懸命にテレビに集中して事態を理解しようとする。どうやら、日本の気象を完全にコントロールしている気象制御システムこと〝アマテラス〟が誤作動を起こしているようであった。そして日本の気象制御システムと同じものを採用している外国も、同様の誤作動を起こし異常気象を引き起こしているようだ。


 少年はベッドに放置されたタオルケットを身体に巻きつけて窓の前に立つ。そしてパジャマの袖で窓の結露を拭う。すると現れたのは、夜の闇と吹雪。隣の家すら見えないくらいに視界が悪かった。


 この日をもって、日本は、世界は、崩壊した。


 それは奇しくも、自然を掌握した科学の力に裏切られたかたちであった。


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