ふわふわうかぶ

南極海鳥

プールと浮き輪

であい

 夏休み初日。朝っぱらから叩き起こされたわたしが連れて来られたのは市民プールだった。

「……なにこれ」

「なにって、プール」

 にっこり笑って答える莉奈りな。そんなの見れば分かる。いつの間にか水泳バッグを持たされているし。わたしが訊きたいのは、どうして朝っぱらからわたしをプールに連れて来たのかということ。そんな約束していたかな。無言で睨んでいると莉奈は悪びれもなく説明する。


「だって夏休みといえばプールでしょ? 来るしかないじゃん」

「…………」

 なんの説明にもなってない。そもそもわたしが朝に弱いことくらい知ってるだろうに。文句のひとつでも言ってやりたいけど、言ったところで無駄なことは目に見えているので諦める。昔から莉奈はこういう子だ。

「そんじゃ行こう!」

 バタバタとサンダルを鳴らして莉奈は入口に走っていく。その姿はまるで小学生のようで、わたしも呆れながらそれに続く。わたしたちもう中学生なのに。


 夏の日差しはこれでもかとわたしに降り注いでいた。その眩しさに目を細めながら、どこまでも高く青い空とふわふわ浮かぶ入道雲を見上げてみる。耳に響くのは絶え間なく続く蟬時雨。

「……夏だ」

 紛れもない夏だった。

 この調子じゃ今年の夏も莉奈に振り回されることになるのかな。そう思うと溜息しか出てこない。



「おーい彩花さやか! 早く早く!」

「……はいはい」

 更衣室。既に着替え終わった莉奈がわたしを急かしている。自分はちゃっかり服の下に着ていたらしい。わたしも着てくれば良かったと今更になって後悔。眠くてそれどころじゃなかったけど。

 着替えを済ませてロッカーに荷物を詰める。莉奈は更衣室を出たところで待っていた。胸を精一杯張ってビキニ姿を見せびらかしてくる。


「どう? 似合う?」

「あーうん。似合う似合う」

「ちょっと適当に言ってない?」

 唇をつんと尖らせる莉奈。その顔が面白くて思わず笑ってしまう。

 去年は着ていなかった水着だ。もしやこれを早く見せたくて初日早々からプールに誘ったな。


「彩花は今年も学校の水着なんだね」

「……だって恥ずかしいし」

 ビキニなんてとても着れない。それにクラスの男子に見られちゃうかもしれないし。

 最近、わたしの胸がどうのこうので噂されてるのは知ってるんだから。


「もったいないなー。彩花のスタイルなら周囲の視線を釘付けにできるのに」

「しなくていいから」

 そんなの悪夢でしかない。



「……あ」

 その時、誰かが更衣室から出てきたのでわたしは慌てて横に避けた。出口をちょうど塞いでしまっていたのだ。

 中から出てきたのは高校生くらいの女の子だった。長い黒髪を後ろでひとつにまとめて、腕には空気の抜けた浮き輪が畳まれた状態で下げられている。着ている水着はわたしと同じく学校の水着みたいだ。


「…………おぉ」

 彼女を見た莉奈が、急に静かになって息を飲む。それはわたしも同様だった。


 彼女はここら辺じゃ滅多に見られないくらい、綺麗な顔立ちをしていたのだ。


 その姿がシャワーの方へ消えて見えなくなると同時に、莉奈は興奮した様子で評価する。

「芸能人かな? いや芸能人だよきっと!」

「……それは知らないけど」

 そう思うのも無理はなかった。背が高くて手足もすらっとしているから、モデルやアイドルだと紹介されてもまず疑わないと思う。


「私たちも行こ!」

 そう言って駆け出す莉奈。「走ると危ないよ」とわたしもその背中を追う。


 その間も、さっきの横顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

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