【無料立ち読み公開中】転生魔王の異世界スローライフ おいでよ魔王村!/なめこ印

MF文庫J編集部

【無料立ち読み】転生魔王の異世界スローライフ おいでよ魔王村!

とある少年の日常




 世の中はいつまで経ってもよくならない。


 不況は続く。

 就職難も続く。

 賃金はドンドン安くなる。


 人心は荒廃し、他者への思いやりは減った。

 人は上を見るのをやめた。

 人は自分より弱い者を探すようになった。

 それよりほかになかった。


 だが。


 そんな寒風吹きすさぶ現代においてもなお、やさしい心を持った少年がいた。


 少年の名は満連みちづれ佐丹さたん


 人からはサタンと呼ばれている。

 


 彼の朝は早い。

 朝の五時に起き、二度寝もせずに身支度を整える。


「おはようございます」


 チーン


 仏壇の祖父の位牌と写真に挨拶を済ませると、外へ出る。


 それからまずは家庭菜園の草むしり。


「うん。今日もみんな元気だね」


 まだ青いトマトたちに声をかけ、水をやる。


 家庭菜園は元々祖父の趣味だった。

 それを子供の頃から手伝ってきたので、祖父が死んだあともこうして習慣として続けていた。


 水やりを終えると、今度は家の掃除をする。

 築五十年。正真正銘のボロ屋だが、祖父との思い出が詰まった家だ。

 雑巾がけに玄関周りの掃き掃除。

 一日も欠かしたことがない。


 日頃から周囲の人と物に感謝せよ。

 それが彼が祖父から受けた唯一無二の教えだった。


 おかげで彼はとてもやさしい少年に育った。


 彼は今年で十七歳になる。


 祖父が亡くなったのは一年前だが、遺産と保険金のおかげで決して裕福ではないが、不便のない生活を送っていた。


「あっ、そろそろ学校に行かなきゃ」


 サタンは掃除用具を片づけ、慎ましい朝食を済ませて家を出た。







 いつもの通学路。

 通学・通勤時間なので、人通りはそこそこ。


 その中でも、サタンの頭はひとつ抜きん出ていた。

 生まれながらに背が高く、大柄なのだ。


 顔つきも厳つく、人によく怖がられる。

 そのためか人混みにあっても彼の周りにはよくスペースができる。


 前から人が来ても、向こうから道を譲ってくる。

 本当はデカい体で道をふさいでいるサタンの方が、相手に道を譲りたい気持ちでいっぱいなのだが、その願いが叶ったことは今までない。


「うえぇーん!」


 その時、道路の反対側から子供の泣き声が聞こえた。


「!」


 サタンはハッとしてそちらを振り向く。

 見れば、小学生くらいの男子が木を見上げて泣いていた。

 木の方を見れば、枝に小さな靴が引っかかっている。

 おそらく遊びで靴飛ばしでもして引っかけてしまったのだろう。


 自分にもやった覚えのあるサタンは、すぐに近くの横断歩道を渡った。

 それから小学生のところまで行くと、ジャンプして枝から靴を取る。

 こういう時は恵まれた大きな体が役に立つ。


「ほら」


 サタンは靴を子供に渡す。


「うん。ありが……!」


 その子供はお礼を言おうとしたが、サタンの顔を見て表情を一変させた。


「うぎゃああん! 悪魔だぁー!」


 それから、先程よりも大きな泣き声を上げて、ダッシュでその場から逃げていってしまった。


「……」


 サタンはポリポリと頬をかく。


(まぁ、いつものことか)


 子供に怖がられるのはよくあることだ。







 彼は間違いなく人一倍やさしい心と善意の持ち主だ。

 しかし、彼の外見は……。



 背は人よりも頭ひとつ以上高く。

 目は生まれつきの三白眼。


 生来の剛毛はツンツンと突き上がり、まるで剣山のよう。

 本人に自覚はなくとも、笑顔がヘタで、口角が引き攣るような笑い方は、捕食前の肉食獣のそれによく似ていた。



 大人も子供も、彼を見ると恐怖し、その場から逃げ出す。

 だがそのことを、サタンは残念には思っても恨んではいなかった。


 そういう星の下に生まれたのだから仕方がない。

 だからこそ、彼の祖父は人にやさしくしろと教育したのだろう。

 そうでなければ、サタンは卑屈な、人を憎む性格に育っていたかもしれない。

 祖父のおかげで彼はそんな人間にはならなかった。


 サタンの人柄をよく知る者からは「やさしい巨人」と密かに呼ばれている。

 それでも初対面の相手には逃げられてしまうのだが……。


「早く学校行かないと」


 サタンは気持ちを切り替えて、元の通学路に戻ろうとする。


 その時。


 キキィィィィイドガシャーン!!


 不意にブレーキ音と、大きな衝突音が周囲に響き渡った。


「!」


 サタンは当然音のした方を振り返る。

 すると、何メートルも離れていない場所で、小型のトラックが電柱にぶつかっていた。


 事故だ。


 そう気づいたサタンはそちらへ向かおうとする。

 だが道の反対側なので、また横断歩道を渡らなければならない。

 彼が信号を待っている間に、事故トラックの傍にいたサラリーマンが運転席に声をかける。


「ちょっと、大丈夫ですか?」

「うう、うぅ……」


 声に応えるように運転席の扉が開き、中から運転手の男が出てくる。

 どうやら額から血を流しているようだ。


「あんまり動かない方が」

「……せぇ!」


 心配するサラリーマンに対し、なぜか男は威嚇するように怒声を発する。

 事故で興奮しているにしても、やや不可解な態度だ。

 運転手は周りの声を聞かずに、荷台へと向かおうとする。


「……?」


 その姿を遠目に見ていたサタンは、ふとトラックの荷台の扉が開いていることに気づいた。

 おそらく事故の衝撃で扉が壊れたのだろう。


 と。


 その扉を内側から開けて、何かが道路へと這い出てきた。


「え……キャアアアア!」


 それを見て、野次馬の女性が悲鳴を上げる。

 また別の誰かが、


「コモドオオトカゲだあああ!」


 と、それを見て叫んだ。


 その四足歩行の爬虫類は、サタンも何かのテレビ番組で見たことがある。

 インドネシアに住むトカゲ亜目の世界最大種。

 強力な牙と爪、それから毒を持ち、高い戦闘力を誇る肉食獣である。

 ちなみに絶滅危惧種であり、生息地は世界遺産に登録されている。


 そのコモドオオトカゲがなぜ日本に?


(密輸?)


 サタンの脳裏にそんな単語がよぎる。


 どのような経緯でそのコモドオオトカゲが日本に来たのかは分からない。

 おそらくコモドオオトカゲ自身も、なぜ自分がここにいるのか分かっていないに違いない。

 太い首を左右に巡らせ、ここはどこなのかとキョロキョロしていた。


「おい、待て!」


 コモドオオトカゲに向かって運転手の男が手を伸ばす。

 その伸ばした手と反対側の手には、注射器のようなものが握られていた。

 麻酔薬か何かだろうか? それでコモドオオトカゲを捕獲するつもりのようだ。


「……!」


 コモドオオトカゲは身の危険を感じたのか、男の手から逃れるように走り出す。

 その走りはそこまで速くなかったが、フラフラの男から逃れるには充分だった。


「キャアアアア!」

「こっち来た!」


 コモドオオトカゲは一度歩道の方へと向かったが、野次馬たちの悲鳴に驚いて踵を返す。

 そのまま、コモドオオトカゲは反対車線へと進んだ。


「危ない!」


 横断歩道を渡っていたサタンは、驚いて道路に飛び出した。


 コモドオオトカゲが行こうとしている反対車線から車が来ている。

 車のドライバーはトラックの陰になっているコモドオオトカゲが見えていないらしく、減速する様子もなかった。

 それを見てサタンは駆け出したのだ。


 よく考えるまでもなく、彼がその爬虫類を助けなければならない理由はない。

 実際、サタンはよく考えて行動に出たわけではなかった。

 危ないと思ったから動いただけだ。

 それは彼の性格に起因した行動であって、意味はない。


 意味はなくとも、勇気はあり。

 そして無謀な行動だった。


 キィィィイイイイ!!


 その日二度目のブレーキ音をサタンは聞いた。


 それはドライバーがコモドオオトカゲに気づいて踏んだブレーキなのか。

 それとも、そのコモドオオトカゲを助けようと道路に飛び出したサタンのためのものだったのか。


 彼がそれを知る機会は、その後永遠に訪れることはなかった。








 さて、それがサタンの地球での最後の記憶。


「――へ?」


 魂となった彼は異世界で目を覚まし。


「ようこそー」


 異世界の女神に、笑顔で出迎えられた。

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