キリング・セル

MS氏

エピローグ

静寂に包まれたビルのフロアは、水道から落ちる水滴の音が響く。左頬に傷のある男は深い深呼吸をつき、頭につけたバンダナのような物を触りながら状況把握に努めようとする。耳についた軍専用無線機は敵の能力でノイズが走り、全く使い物にならない。部隊員との連絡はおろか、支部にいるオペレーターとの連携もとれない。手には300年ほど前、まだ人類が地球で生活をしていた頃に造られた火薬銃をモデルに製造された対アザン放射能銃がずしりと、まるで今にも持ち主を蝕もうとせんかの如く重さが全身に伝わる。

 我々の敵はAnother Human cell、通称アザン細胞と呼ばれるものだ。アザン細胞は人間を宿主とし、その細胞を蝕みながら増殖する。アザン細胞が脳細胞を侵食すると特殊能力の発現とともに宿主となった者は暴走する。それに対抗するための組織が我々エクスだ。初めは民間軍事会社としてアザンとの戦闘を行ってきたが、やがて唯一アザンに対抗できる組織としてⅯ01コロニーを拠点とし、各コロニーに支部を構える正規軍になった。しかし、それから200年たった今でもアザンとの戦闘は絶えず、細胞の発現理由さえ掴めていないというのが現状だった。

 今、このⅯ03コロニーにあるビルの中では2体のアザンが暴走と通報があり、左頬に傷のある男は彼が率いる第31部隊を引き連れて作戦行動をしている。通報のあったアザンの内1人はこのビルの従業員で、6時間前までは人として真面目に働いていたらしい。

「この世の占有者は我々だ。古き種の人間は滅びろ!」

などと奥の部屋で例の男が叫んでいる。ばかばかしいと思いながら左頬に傷のある男はまた深いため息をついた。

「・・か、・・・て、お・・だ・・お・・・して・・くださ・・。誰・・答して・・さい。」

と無線機から次第に聞き覚えのある若い女の泣きそうな声がする。

「誰か応答してください。こちらはオペレーターのマナです。お願いだから・・・」

その声がきれいに聞き取れるようになるとすぐに左頬に傷のある男は無線機のマイクのスイッチを押す。

「こちらは第31部隊隊長、花川中佐だ。マナ、今の無線復旧状況と敵の能力を教えてくれ。」

その声を聞くとすぐに彼女は泣きながら照さん、よかったと言い続けるので、作戦中だと花川中佐は注意をした。すると彼女はすぐに気持ちを切り替え無線越しに現地にいる人間には収集不可能な情報の報告を始める。

「無線復旧の状況は、中佐を含み5名、内3名は中佐の現在位置より下のフロア、残り1名は上のフロアです。敵の能力につきましては1名は電波操作、残り1名は不明です。」

「人質はいるか?」

「敵は暴走状態なのでいません。現在連絡可能である上のフロアにいる副隊長によると、取り残された者の生存は確認済み、救出も完了しているが下のフロアより暴走状態のアザンの叫び声がしているため立ち往生しているとのことです。」

花川中佐はマナが早口で言った情報を頭のなかで素早く整理する。そして、奥の部屋にいる敵を殺すための作戦プランを練る。

「マナ、今から俺単独で奥の部屋にいる敵を殲滅する。現状でお前は完全に俺のバックアップにまわれるか?」

マナは少し間を置いた。おそらくはマイクを切って、他のオペレーターに可能かどうかの確認をしているのだろう。

「現在、無線がロストしている隊員との連絡復旧作業は他の隊のオペレーターが行っており、避難誘導は通信班班長が引き継いでもらえるとのことですので、バックアップ可能です。」

それを聞くとすぐに花川中佐は作戦プランを彼女に話した。

「よし、やるぞ。A級装備の使用申請を頼む。」

「緊急時なので10秒で通してみせます。・・・使用許可受理、A級装備の20分間の使用を許可します。」

対アザン装備は、そのほとんどに放射能を使用している。そのため装備には自身を放射能より保護する基本防具であるC級装備、刀の刀身や銃の弾丸などの敵に損傷を負わせるものに放射能を纏わせるB級装備、そして高い放射能や特殊な素材から作られたA級装備の3種類に分かれている。その中でもA級装備は隊長クラスの者にしか使用が認められず、使用にも時間制限があり、申請も最速30秒かかる。そこをあの速さで申請できる彼女はかなり優秀なのだ。

 花川中佐は深呼吸をし息を整えた後、足音がしないように走り出す。目標の部屋までは50mほど、叫び声は1人だけしかしていない。

「おそらく逃げたか。」

そう呟くと

「窓から飛び出したまま逃亡した謎の人影を待機中の第33部隊が確認、現在追跡中とのことです。」

とマナが報告をした。それを聞きながら作戦プランを組みなおす。そうこうしているうちに目標の部屋につき、スピードを上げてその部屋に入る。

「目標確認。敵影1、殲滅する。」

そう叫ぶと同時に彼は右腕につけた端末のスイッチを押す。端末は激しい金属音を唸るように上げながら先端から無数のワイヤーを放った。仕組みはあまり理解していないが彼はその装備を巧みに操る。

 ワイヤーは目標に向かうもの、奥の柱、手前の柱の各所に何本かを巻き付かせる。その内、目標に巻き付いたものは回避行動をとられたため右腕に絡みついた。

「十分だ。一瞬できめる!音声入力01バック。」

その掛け声とともに目標に巻き付いたワイヤーが巻き戻される。それに引かれて目標の体がこちら側による。しかし、そこは抵抗される。

「02バック。3秒後に03バック。マナ、B級装備の放射能補填を遠隔操作で頼む。」

奥の柱に巻き付けたワイヤーはワイヤーを巻き取ろうとするが、柱がそれを妨害する。花川中佐は大きくジャンプをして巻き取る力を利用して奥の柱付近まで飛ぶ。3秒後には端末のボタン操作で奥の柱からワイヤーを解くと同時に左腕でB級装備のハンドガンを構える。そして残りのワイヤーの巻き取りが始まり、またジャンプをして手前にあった柱まで飛ぶ。その途中銃弾を目標の両足に放ち、行動力を奪った。足の自由を失った目標は自身に絡みついたワイヤーの巻き取る力に対抗することができずに徐々に花川中佐の方へと引きずられていく。

 花川中佐は目標が目の前に来たタイミングでワイヤーを解除し、銃口を目標の脳天にあてる。

「ほら、一瞬だっただろう?」

目標は何か叫ぼうとするが、それを聞こうともせず彼は引き金を引いた。目標の体は死とともに砂のようなものに崩れ落ちた。アザンの本体は細胞のため、それが死を迎えると原型を保てなくなるからだ。アザンになった者の遺体は残ることはないのだ。

「作戦完了。どうせ、もう1体の目標は完全にロストしているのだろ?目標は排除したんだし通信機能も完全復旧したはずだ。無線の回線を第31部隊のオープンチャンネルに設定してくれ。」

マナは短い返事をした後、設定完了しましたとだけ呟きマイクをオフにした。

「お前ら聞こえているか?作戦は無事成功だ。今から帰投するぞ。」

 花川中佐は建物から出るとすぐにタバコみたいな物に火をつけ、吸いながら空を見上げた。そこには灰色に汚れた地球が死んだように浮かんでいた。それを見ながら彼は思った。

あんな場所よりここの方がよっぽどマシかもな、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る