無機質な目
灰島懐音
無機質な目
骸骨のように痩せこけて、けれど頬だけはふっくらとした、マネキンのような外見の奴がいた。
そいつはフローリングの床にぺたんと座っている。だらんと垂れた指先が、蜘蛛の脚のように見えてぶるりと身体が震えた。
月明かりに照らされているくせに目は暗く、スーパーに並んでいた魚よりも無機質な顔をしていた。
僕の存在に気付いたらしく、そいつは緩慢な動きで僕の方を向いた。長い睫毛が頬に影を落としている。異様なほどに美しいと、却って恐ろしいのだと僕は初めて知った。
ぞわぞわと総毛立つのを感じながら、僕はそいつから目を離せないでいた。目を離した隙に、目の前に来られそうで怖かったのだ。完全にホラー映画の観すぎだが、僕は本気でそれを恐れていた。
そいつがただじっと見つめてくるのを、僕もただじっと見つめ返していた。
……どれほどの時間が経っただろうか。月が雲に隠れた。室内が暗くなる。「あ」と僕は声を上げた。暗がりの不安から窓に目を向けてしまったのだ。直後、いけない、と思った。あいつから目を逸らしてしまった。あいつは視界の端にいる。病的なまでに白い体が、僕の目に映っている。
「きみは」僕はなんとか声を出した。視線は戻せなかった。「誰なの。僕の部屋で何をしているの」僕の言葉に返事はない。ただただ静かに時間が流れていくだけだ。時計の秒針の音が、やけに耳障りに聞こえる。
やがて月が再び顔を出した。視界のあいつは動かない。
僕はそうっと視線を戻した。
――あいつはいなかった。いや、正確に言うと、人はいなかった。
そこにあったのは、くしゃくしゃになったシーツだった。僕の布団のシーツだ。夏物の、真っ白なシーツ。
「……なんで?」と僕は無意識に声を上げていた。同時に一歩シーツに近づく。手を伸ばし、そうっと摘み、引き上げる。
シーツの中には当然ながら何もなかった。カーペットも敷いていない、冷たいフローリングの床があるだけだ。僕は疑問に首を傾げた。ホラーの観過ぎで変な妄想をしてしまったのだろうか。
僕はシーツを掴んだまま、床にしゃがみ込んだ。妄想だとしても、やたら緊張してしまった。僕は重たい息を吐く。
その時気づいた。
クローゼットの扉が少し、開いていることに。
僕はクローゼットの隙間を見た。床の上、ほんの数センチのところに目玉がある。無機質な目だ。死んだ魚より無機質な目。さっきまで僕の目の前にいたあいつと同じ目。
これも妄想だろうか? 僕は再び、目を離せなくなった。そんな僕の腕を、シーツの中から誰かの細い指が掴んだ。
無機質な目 灰島懐音 @haijimakaine
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