その瞳に映る世界

eiki

第1話 出会い

「ねぇ。これ、なんていうの?」


「またそんなくだらないこと」


問いに返ってくる返答とは呼べない言葉



「くだらない…?」



決め付けられた言葉

いったい、なにがくだらないというのか


「ママは忙しいの。いいわね?」


何がいいのか



「……うん」




これ以上聞いても無駄なんだと…諦める




+++++++++++++++++++++++++++++++++++++


空は青い…らしい。

「んー」

視線の先に広がっているのは、無機質なコンクリートの天井。

四方を囲む味気無い灰色のコンクリートが、ただでさえ狭いこの空間をより狭く感じさせる。

圧迫感と言うやつだろう。


「お腹……空いたなぁ」

月日が経つのは早いもの。俺がココへ来て、もう二年近く経とうとしている。

[青]と例えられる空を最後に見たのは、ここにくる前、しかも最後のその日は傘がなければ一瞬でずぶ濡れになるほどの雨だった。それは覚えている。青とは言い難いその色も。


そして現在、俺にとっての空は、このコンクリートだ。


……この空間にもすっかり慣れてしまった。



「お目覚めですか?」


ベッドに横になったまま、ボーっと天井を眺めていた俺に向かって投げかけられた言葉。


「んーここのベッド固くてねぇ、すぐ目が覚めちゃうんですわ」


視線を動かすことなく淡々と告げる。こればっかりはこの先何年いても慣れることは無いと思う。


「それは、申し訳なかった」


別に謝って欲しいわけじゃないし、そもそも不満を口にしたつもりもなかったんだけど…


ただの感想に返ってきた侘びの言葉に、若干の居心地の悪さを覚え身体を起こす。

目の前にいるこの男は、鍵付の、プライベート皆無な、おそらく牢屋と呼ぶのが妥当だと思うこの部屋に閉じ込めている人間に対してやたらと礼儀正しい口調で接してくる。


「べつに謝られても…」


頭をポリポリとかきながら、欠伸交じりに言葉を返せば



「出してあげようか」



またよくわからないことを…



「えーっと…あんたに俺、連れてこられたんじゃなかったけ?」

「そうなんですが…気が変わったって言ったら、怒りますか?」


二年も経って、未だになんで閉じ込められてるのかもわからない今の状況で、ここに未練があるわけもなし。

モルモット的ななにかなんだとは思うけど、身体に認識できる異常も今のところ無し。


「まぁ、用無しなんっすね。じゃ、出いてきますよ」

「相変わらず自分の意思ってものが欠落しているんだね」

「いいっしょ、それが俺の生き方なんだし?」


たしかにココに来たのだって、連れ去られたわけでも、脅されたわけでもなくただ、来いと言われたからはいはいってついて来たわけだし

だからって意思が無いわけじゃないんだけどなぁ…たぶん。


考えながら数少ない持ち物をまとめる。

財布に…煙草、ライターっと。あとは…いらないか。

結局荷物らしい荷物もなく、ポケットに押し込んで身支度完了。


「あとのもの、適当に処分しといてもらえます?」

「わかった。あ…あのさ、一つだけ条件があるんだけど…」


さっさと身支度を終え、さてさようならって時に、慌てて男が扉と俺との間に割ってはいってきた。

そうだよね、やっぱタダってわけないよね。


「んーどんな条件?」


あえて俺を外に出す理由。興味はあるけど、面倒なことはゴメンだな…

「簡単だよ。自由に生きて欲しいんだ。偽りじゃない生き方を」

「……?」

面倒ではないけれど。よくわからない条件を突きつけられて、一瞬迷ったけど。


「…いつもどーりっしょ。要するに」


自由。


それが、俺にとってなんなのか。

たぶん、今のこの生き方は違うんだろう。

でも、この生活を俺は苦しいとは思っていない。なら、自分なりに楽な生き方、自由なんだと…


「違うって事、ホントは分かっているんでしょ?」

「さぁ?」


男に向かってこれでもかってぐらいニッコリと笑ってみせる。

違うも何も、自由ってのが俺にはわからないんだよね


「ポーカーフェイス…」

「どうとでも」


人に素を曝け出すことほど危険なことは無い


「で?結局俺はココを出てっていいのかな?」

「…いいよ」

言って扉の前からすっと身体をずらす男。

通っていいよってことらしい。


「約束は守らないかもよ?」

「わかってる。でも君は、止めたら止めたで『わかった』ってココにのこるんでしょう?」

「だろうねぇ」

帰るべき場所もない俺にとって、案外とここはいい場所だったのかもしれない。

でも、必要ないって言うならいても迷惑だろうし?


「じゃ、行きますわ。長いことお世話様」


後ろ手に振りながら、この先を考えてみる。



…だめだ。見当もつかない。


「ま、なんとかなるっしょ」

「バイバイ…」

思考を放棄し煙草を取ろうとポケットをまさぐっていると、後ろからか細い声が聞こえた。

今までのそれとは比べ物にならないくらい力の無い声に聞こえたけど…振り返ることはせず煙草に火をつけ歩いていく。





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++


空は青い…それはきっと嘘。

だってこんなにもくすんで見える。


「うーん、どこ行こうかねぇ」


行くあてなんて全然無くて、ホントに何にも無くて。

ただ天を仰ぎ、時の流れ、時の運に任せて…


「朝ごはん」


そう言えば食べてなかったなぁと




「ありがとうございましたぁ」


寒いときは肉まんでしょ。

コンビニでほくほくの肉まん二つ買って、どこか落ち着いて食べられる場所を探す。


「くそーさぶいっ!」


ドスッ…

「っ…いっってぇぇぇ――!!」


ぶつかった。人通りもまばら。普通に歩いてただけのはずなのに

でもま、肉まんは無事だし。問題なし。


「あーごめん。だいじょぶ?」

大げさに鼻をおさえうずくまっている相手に声をかける。

一応。モラル的にね。


「ダイジョーブじゃねーよ!イテーじゃんかぁ…」

あーやっぱ怒っていらっしゃる?結構勢い良くぶつかったしなぁ。

身長差はざっと20センチ、鎖骨の辺りに鼻がぶつかったような…あ。ほら、半泣きだもんね。

鼻は痛いよなぁ。


けど、鼻をおさえつつも視線は何故か俺が持ってる袋。肉まんのほうへ向いているような…


「…なに?」

ひょいっと袋を持ち上げてみると、一緒に視線…というより、頭ごと袋の方へついてきた。

なにこれ、おもしろい。


「肉まん」


「はぁ」


なおもついてくる視線が面白くて袋を左右にふっていると、視線をはずすことなく中身を言い当てられた。


「それ!肉まんだよな!」


嗅覚・・・だろうか?

いきなりなんだとか、そんなことを考えるよりも彼の勢いがありすぎる喋りに飲み込まれていた。

「悪かったなとか、そんな気持ちでそれ、くれたりしない?」



「…いいよ。一つあげる」


「なんで笑うんだよ」


「ごめん」


年はたいして俺と変わらないと思うのに。

行動が、仕草が。なんか子猫みたいな


そんなことを考えていたせいか、自然と言葉に笑いが混ざる。



適当に見つけた公園のベンチで二人並んで肉まんを頬張る

傍から見れば友達同士。何気ない風景。

だけど実際は、まったくの他人。たった今さっき偶然出会っただけの…不思議な関係。



「…」

「…っな…なぁ。なんでこれ、すんなりくれたわけ?」

沈黙は嫌いなほうではない。と言うよりも、喋ることが無いなら無理に喋る必要も無いと思っている俺に対して、隣で肉まんを食べている奴はそう言う空気が苦手らしく、やっとのことで見つけた話題を俺に振ってきた。


「なんでって…欲しかったんでしょ?」

「そうだけどさ、なんか、普通くれねーじゃん」

「そういうもん?」


どうして?と聞かれて答えを持っていない自分に苦笑する。

何も考えず、「欲しい」と言われたから渡した、そんな感じだったから。


「俺、自分の意思無いんだってさ」

「なにそれ」

「さぁ?」

何となく、思いついた言葉を発してみたが、そうか。これ、さっき言われた言葉だね。


「へんなやつ」

そう言って彼は肉まんの少々大き目な最後の一欠けらを口いっぱいに放り込んだ。


「よく言われる」


俺も最後の一口を食べ終えこの後のことを考えてみる。


自分の生き様を嘆く気も誇る気も無いけれど、示される道が見えないこの状況では、とりあえずは自分の行動を自分で探してみるほかなかった。



「ねぇ。唐突だけど…今日泊めてくれない?」

「なにそのテレビの企画みたいなの」


簡単な結論。家がない。知り合いもいない。だから、目の前の名前も知らない男にすがる。

我ながらダサすぎる。

けれどその言葉はやはり唐突すぎたのか、冗談だと思われて笑い飛ばされてしまった。


「いや、冗談抜きで、さっき家追い出されちゃってさ、ちょっとこの寒さの中野宿はー…」

「いいぜ!こいよ!」


本気だと訂正しようとする言葉を遮っての笑顔での承諾。

冗談だと思っていたわけではなく。ただ企画のようだと思い。その上でなんも躊躇いもなく彼は承諾するのか。


「あんたも十分へんなやつ」

「はぁ?なんで俺が!」


なんで追い出された?金は?家族は?

そんな問いをすっ飛ばしてこんな不審な男を信用する。

よっぽど変な奴か。お人好しすぎるか…だな。


「そうだ!俺、烏丸響(からすまひびき)よろしくな!」

立ち上がり手を差し出しながら笑顔でかなり遅めの自己紹介をしてくれた彼、響。

その瞳は、今の世には珍しい紅い色をしている。

「麻生伸人…よろしく」

同じく立ち上がり軽く握手をかわす。


これから巻き込まれる未来

それは、深紅の瞳に吸い込まれるように…

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