死んだ魚

桜川光

その1

 5月の中頃にもなると日差しも次第に強くなってきて、九州の中南部という土地柄の所為か少し肌の表面がちりちりとする。あと1ヵ月もすれば入梅して、この時期特有の年間最多量の紫外線にやられる日々からは解放されるのだろう。

 葛西(かさい)先生はA高校で生物を教えるごくごく普通の教師だ。1年F組の担任をしており、目下のところ独身の、アヒルの卵の人工孵化とアフリカツメガエルの飼育に命を懸けている男だ。今日は1年生全クラス(総勢450名)の社会見学の引率として、他のクラスの担任そして学年主任の外島(げじま)先生と共に、県庁所在地にある県立博物館に来館している。

 博物館は至って普通の博物館なのだが、約20年前に設けられたプラネタリウムコーナーがここ2、3年前になってから人気を博しており、夏休みには家族連れを始めとして幅広い年齢層の見学客に恵まれている。ただ、今日に至っては、平日ということや時季外れということも相俟って、この高校生と教師の集団が利用しているだけという貸切状態だ。

 プラネタリウムの映写会が終わり、各生徒が決まった班毎に、5~6人ずつで自由行動をとっていいという時間になった。男子生徒の大半は、(バカが多いのか)恐竜の化石の展示コーナーの受付に座っている2人のキレイなお姉さん方を目当てに別館へ向けてまっしぐらだ。女子生徒の多くは本館1階にある甘味コーナー(喫茶店ではない)にて、取るに足らない、下らない恋愛話を繰り広げている。葛西先生は、幾らか他のクラスの女子生徒まで加わっている20人程の集団に囲まれながら、個人的に楽しみにしていた3D映像の映写コーナーに、多少手間取られながらも向かっていた。独身男性教師は、よっぽど顔がハードパンチャーでない限り女子生徒にモテる。中には何故か男子生徒のみの集団に囲まれる男性教師もいるが(決してイジメられているわけでなくだ)。

 葛西先生は、あまり周囲がざわつくと自分の本来の目的の妨げになると考え、

 「キミたち、自分らの好きな展示コーナーに行って見学していいんだよ」

と、半ば焦りながら集団に向かって言葉を発した。すると

 「大丈夫でーす。私達もタクピーと同じモノ見まぁす!」

女子生徒の1人がこう応答した。因に「タクピー」とは、葛西先生に対する生徒間でのニックネームだ。名前が拓登(たくと)だから。てか教師を「タクピー」て呼ぶな。

 「いやー、ホントーに好きなとこ行っていいんだぞー!」

タクピ…もとい葛西先生は、最初より少し語気を強めに言った。少し強く言えば自分の意思表示に気付いて各々散らばってくれるだろう、という頭でいた。しかしそれは無残にも次の瞬間破綻する。    

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