まかろん

anringo

私はマカロンが好き。

「涙袋って作れるじゃん?これ使えばすぐに、これね。」


実夏は得意げに自分の涙袋と涙袋用であろうアイペンシルを私に見せつけてくれた。メイクというのは実に便利なものだ。便利で手軽で、人の目を化かすには特に効果的なものだ。


「彼もね、この涙袋が好きだって言ってくれるの。涙袋は女性の色気の証だからね。」


涙袋の薄い私に直接的に喧嘩を売っているのかしら。

女性の簡易的なマジックにひっかかったその彼は、一度視力検査を受けた方が良い。そして、性格判断能力も測れるものなら測ってほしいものだ。


「だから、美樹ちゃんも涙袋作ってみなよ。これあげるから。そうだ、もうすぐ誕生日でしょ?これあげるよ、ね?」


誕生日プレゼントが使いかけのアイペンシルなんて、どんだけ私はあなたより下の階級にいるんだと少しだけ実夏を睨みたいと思ったが、表情の変化に意外と鋭い実夏の目線は誤魔化せないだろうと思い、無心で目の前に置いてあるマカロンを食べた。


「ここのマカロン美味しいでしょ?やっぱりコーヒーにはマカロンだよね?マカロンしかありえない。そう思うでしょ?」


正直今の私には、マカロンが美味しいとかそんなことはどうだって良い。砂糖5杯も入れた甘さ爆発してるコーヒーをすすり飲んでいるその味覚がどうなっているか、私は今、それだけに興味がある。


「美樹ちゃんはマカロン好き?マカロン好きな女性はモテるよ。だって私の周りの可愛い子みんなマカロン好きだもん。マカロンが日本に来てくれて良かった。可愛いものが溢れてるなんて幸せだわ。」


マカロンよりもっと美味しくてもっと可愛くてもっと手軽な食べ物もあると思うけど、もういっそこと、一生マカロン食べてたらどうだろう。


あ、メールだ。


「ん?美樹ちゃんメール来てるじゃない?」

「うん。」

「美樹ちゃんって彼氏いなかったよね?」

「う、うん。」

「美樹ちゃんの恋バナ聞きたいな。また教えてよ。」

「うん。」

「実はね今から私デートなの。準備するから先に帰るね。あ、このマカロン全部食べて良いからね。じゃあまた明日ね。」

「うん。」


実夏は颯爽と通路を歩いて行った。猫背を知らないその背中には自分では抑えようとしていない自信が湧き出ていた。

背筋を伸ばすのも悪くないなと実夏の奏でるヒールの音階に耳を傾けながら何となく思った。


あ、電話だ。



「も、もしもし。」

「もしもし。終わった?」

「う、うん。」

「後15分くらいしたら着くから。」

「え?」

「え?何でそんなに驚いてるの?」

「今からデートじゃないの?」

「デート?違うよ。実夏デートって言ってたの?」

「今から準備するって。」

「見栄張ったんじゃないの?実夏確かバイトだったはず。」

「そ、そうなんだ。」


私は目の前のマカロンをまた頬張った。

私が掴んだマカロンの奥の方に食べかけのマカロンがある。私に食べかけも全部処理しろと言ってるかのようだった。


「ん?何か食べてる?」

「う、うん。マカロン。実夏が食べきれなかったから。」

「あれ?実夏ってマカロン苦手じゃなかったっけ?」

「え?そうなの?」

「マカロンとコーヒー苦手だよな。苦いのも甘いのも苦手とか、いったい何食べれるんだよって思ったことある。」


彼女のコーヒーに混ざり切っていない砂糖が少しだけ残っていた。味もほとんどわからず飲んでいたのだろうか。


「砂糖が好きなんじゃないかな。」

「砂糖?それ笑う。」


砂糖が好きならマカロンも好きなんじゃないかという正統派なツッコミが来ないところを見ると、彼も彼で、そういうところが抜けてるんじゃないかと思って笑いそうになった。


「美樹は?砂糖好き?」


私は実夏の食べかけのマカロンを見つめながら答えた。


「私はマカロンが好き。甘いのが好き。」


私はそのマカロンをスプーンでぐいっと潰した。


「俺も好きだよ。マカロンも。」


私は最後の意図的に付けられた“も”の言葉の意図を彼に問いただそうとした。

でも、それをあえて止めた。


「知ってる。」


私は彼が好きだ。マカロンが好きな彼が好きだ。彼女の涙袋に騙されてしまう彼が好きだ。


「早く会いたい。急いで向うから。じゃあ後で。」

「うん。待ってる。」


彼女ではなく私に会いたいと言ってくれる彼が好きだ。


「好きだよ、美樹。それじゃ。」


好きだよと言ってくれる彼が好きだ。


「うん。」


そう言って私は電話を切った。



「私も好きだよ」



それを決して彼には言わない。

そんな私が誰よりも大好きだ。

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