第8話 可愛い子には、旅させろ。
「アイナさーんっ、やっぱり僕行きたくないよぅ……」
翌日の朝だった。
日は完全に昇り切り、太陽がさんさんと大地を照らす。
僕は村の入り口で大勢の村人に囲まれ、盛大に送り出されようとしていた。
「今更何言ってるの!? リオ君、私は昨日感じたわ。あなたはやっぱり勇者になるべき人間なんだって」
諭すように僕に詰め寄るアイナさん。
はぁ……、朝方急にたたき起こされたと思ったら無理やり身支度をさせられ、わけもわからないまま手を引かれて外に出れば、村の住人が勢ぞろいしているではないか。
唖然とする僕に対し、ある人は激を飛ばし、ある人は涙を浮かべる。
村の少年の持つ横断幕に描かれた「祝☆勇者旅立ち!」の文字を読んで、僕は絶叫と共に自分の置かれている状況をようやく理解することが出来たのだ。
そう今まさに、僕は無理やり旅立たされようとしている。
「いーい、リオ君? 世の中には困ってる人がたーくさんいるの。そんな人たちの力になってあげるのが、神に選ばれた刻印の勇者の使命なのよ?」
「そんなこと言われても……、僕には自信がないですよ」
「大丈夫! あの青髪の冒険者でも勝てなかったモンスターを、リオ君は倒したんだもんっ。あなたならできる、私が太鼓判を押すわ」
胸をポンと叩き、何だか誇らしげなアイナさん。
対称的に、僕には一切の気力がわいてこない。
いくら何でもいきなりすぎる。もう少し心の準備というやつが欲しかった。
「そーじゃリオ! アイナから聞いたぞ、ジェリーキングを倒したとな!?」
「アイナお姉ちゃんを守ったって!」
「お前があのロイ様達を凌ぐ強さだったなんて聞いてねぇぞ!?」
「村の希望の星……あぁ神様どうか彼にご加護を!!」
何やら盛り上がるみんなを前にして、僕は自然とため息をもらした。
事の発展はこうだった。
昨夜ジェリーキングを倒し、家に帰った僕とアイナさん。
僕が疲れからか泥の様に眠ってしまった裏で、彼女は村の皆を叩き起こし僕の活躍を身振り手振りで再現して回ったらしい。
はじめは半信半疑だった村人も、アイナさんのあまりにも真剣な表情に信じるしか道はなかったようだ。
そして、彼らの中に一つの希望が生まれた。
『リオ・リネイブは、魔王を倒す器なのではないのか?』
ならば善は急げと、日の出と共に僕を送り出すことを決意したみんなはせっせかと準備を始め、一同集結し僕の家の前で待っていたのである。
「そういえば、青い髪の冒険者さんはー? リオ兄ちゃんと一緒に行けばよかったのに……」
「夜明け前に旅立ってしまったそうよ。あぁ、神よ。彼らにもどうかご加護を!」
ちなみにロイさんたちのことは、村のみんなには内緒にしている。
彼らが本当は悪人で僕たちを騙してたなんて知ってしまったら、冒険者たちに多大な期待を寄せているみんなをがっかりさせてしまうからだ。
幸いお金も取り戻せたし、約束通りロイさんたちも――散々アイナさんに悪態をついた後――すぐに村を離れてくれた。
戻ってきた謝礼金はアイナさんがちゃんとみんなに返却したし、特に被害があったわけではないので無かったことにしていいのではないかと二人で相談して決めたのだ。
ただ、無償で村を救ってくれたと、彼らに対する英雄像がなおさら肥大化してしまったのが癪でならないが……。
「さぁ行くのよリオ君、旅立ちのときよ! これだけ派手にやったんだから、いやとは言わせないわ!」
びしっと、村の外を指さすアイナさん。
視界一面に広がる草原に、ファースの村から伸びる一本道。
見渡す限りモンスターの影は無い。だけど……、あの地平線を越えればそこには何が待っているのだろう。
おぞましい魔物の姿を想像し、僕の顔から血の気が引いていく。
「おいリオ、お前もしかして震えてんのかー?」
「何言っとるんじゃ!? あれは武者震いというやつじゃ!」
「そうだよ! 死んだ俺の父ちゃんの肩身の防具を装備してるんだ。怖いはずがないよ!!」
村の少年がくれた
獣族のモンスターの皮をなめして成形された身軽な装備品。
肩から腰までをすっぽりと覆う簡素な造りで、安価であり駆け出しの冒険者がよく使うものである。
素材故に重量は軽いが、その分防御力には期待ができない。
しかし、もちろん生身はよりは幾分もましなのでありがたく頂戴したのだが、どこかこの鎧はタンス臭かった。
「や、やっぱり明日にしようよ! ほ、ほら今日は何だか雨が降りそうだし、せっかくの旅立ちなんだからもっと天気のいい日に……」
空は、文句のつけようがない快晴だ。
一同からじと目で見つめられ、苦笑いを浮かべる僕の額から大粒の汗が流れだす。
「行け、リオ」
「行くんじゃ、リオ」
「行ってらっしゃい、リオ兄ちゃん」
「あなたの旅路に祝福があらんことを、リオ」
突然始まる「行け」のコール。
まずい。この流れは本当にまずい……! どうあがいても逃げられる状況じゃない。
どうする!? 本当に旅に出るのか!?
でも足が震えて動いてくれない……。
あぁ、神様。どうして僕なんかに刻印を授けたんですか……。
ぐるぐると目を回す僕。その肩を、アイナさんの両手ががっちりと掴んだ。
「リオ君……」
急に迫るアイナさんの顔。
みるみる、みるみる視界が覆われていき、そして――。
柔らかいものが、僕の唇に優しく触れた。
「勇者リオ……。あなたは、こんな狭い世界で終わってしまうような人間ではありません。たくさん冒険をして、いろんな仲間と出会って、そしていつか本物の勇者となってこの村に帰ってくるのです。そのときは、もっと盛大に祝ってあげる。だから、絶対死んだりしちゃだめよ?」
「え……? ア、ア、アイナさん、今のは……!?」
沸き上がる大歓声。
「ついにアイナが告りやがったー!」
「うらやましぞーリオ!」
「ちくしょおぉぉ、俺にも
ぼうっとしていた思考が徐々に鮮明となり、顔が耳まで真っ赤になる。
あの唇に感じた感触は……まさかぁぁぁっ!?
「続きは、勇者になってからね?」
その言葉を聞いた途端、僕の足は自然と村を飛び出していた。
恥ずかしさのあまり、後ろを振り向くことが出来ない。
ジェリーキングと戦った時より早いのではないか? という程の速度で駆け抜ける僕の耳に、アイナさんの声が微かに届く。
「いってらっしゃーい!! 絶対、ぜーったい勇者になってかえってきてねー!!」
その言葉が、途中から涙声に変わった気がして……。
僕の瞳からも滴が零れ落ちた。
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