第7話 「ライオン・ハート」


「ちっ、あばらが折れてやがる……」


 ペッと地面に血液ちえきを吐き捨てると、ロイはキングに立ち向かうリオの姿を睨みつけた。

 繰り出される攻撃を華麗に躱していく少年の姿は、先ほどまでとはまるで別人だ。

 もしや、今までの脆弱な振る舞いは全て猫を被っていたのか……? 

 いや、あの少年が演技などできる玉とは思えない。

 それに、これでもロイはそこそこの冒険者だった。一目見れば、相手の強さはなんとなく察しが付く。

 リオ・リネイブ……、彼はどう見ても戦闘において素人同然だ。

 自分より戦士としてはるかに低ランクであることは間違いない。

 さっきの片手半剣バスタード・ソードの使いっぷりを見ても、それは顕著に表れている。

 (じゃあなぜだ? なぜ、ここまでキングに拮抗できる!?)

 一体、自分が寝ている間に何が……。

 

「リオ君! 頑張ってっ!!」

 

 ロイの隣に佇むアイナが、激を飛ばす。

 その姿を見て、ロイは悪態をつくように鼻を鳴らした。

 

「はっ、呑気な女だ。おい、お前。ガキがキングの相手しているうちに逃げたほうがいいぞ。がんばっちゃいるみたいだが、あいつじゃあのモンスターは倒せねえ」

「どうして? リオ君、あのぶよぶよの攻撃は全部避けてるよ?」

「避けたところで、こっちの攻撃が効かなきゃ意味がねえんだよ。さっき見ただろ? あのモンスターはコアを壊さない限り再生する。何が起きたのか知らねえが、動きがついていけるようになってもあのガキにゃあ決定打がねぇ。このままジリ貧続けてりゃ……いつか喰われるさ」


 事実、リオの動きは少しづつ鈍ってきていた。

 先に受けたキングからの一撃。強敵との初めての戦闘による緊張。

 そして、自分が負ければもう後がないというプレッシャーによって彼の体力は底を尽きかけていた。

 

「決定打なら……あるよ」

「ああん?」


 ――スパンッ!!

 二人の耳に飛び込んだのは、軽快な斬撃の音。

 視界に写るは、バターの様に切り裂かれるキングの腕。

 先ほどの力任せに引きちぎったものとは全く違うなめらかな切り口に、ロイは双眸を見開いた。

 

「なんだ、ありゃ……!? おい、女!? てめぇ、あのガキになに渡しやがった!? キングの体をあんな簡単に切れる剣なんて、よほどの業物じゃなけりゃ……」

「あれは、ドラゴンの部位で作られた剣だよ。リオ君がアカデミーの卒業試験で手に入れてきたの」

「ドラゴンだぁ!? ありえねぇ……世の中にドラゴンが倒せる冒険者が何人いると思ってんだ!? それをあんな小僧が……!?」

 

 ロイは注意深くリオの剣を目視する。

 象牙色の刀身は確かにドラゴンの爪と酷似し、柄の緑黄色のカラーは竜族の素材を使用した装備品によく使われる色だ。

 そして何より、あの切れ味。

(まさか、本当にあんなガキがドラゴンを倒したっていうのか?)

 得もいえぬ感情が、ロイの体を駆け巡っていた。

 

                

                      *



「はぁ、はぁ……」


 リオは自身の体力が限界に近いことを、明確に感じ取っていた。

 明らかに体が重くなっている。視界がぼやけ始めている。

 急激に向上した身体能力が、下向に向かっているのが手に取るようにわかった。

 自分の刻印のスキルは、どうやらあまり持続しないらしい。

 切り落としたはずの腕を再び再生させたキングを見据え、リオは顔を歪める。

 

「くそっ、何とかコアを破壊しなければ……」

 

 ジェリーキングの動きは先までと一変していた。

 リオが自身のコアを狙っていることに気付いたのか、懐に入らせぬよう一定の距離を保ち攻撃を放ってくる。

 何度か接近しようと試みたが、間合いに入るとすぐに拳が飛んできて彼は近寄ることが出来ずにいた。

 

「覚悟を……決めないとっ!」

 

 このままではいつまで経っても突破口は開けない。

 危険をかえりみず相手へと踏み込み、攻撃を躱すかいなすかし全力の一刀を叩き込む。

 もし、失敗すれば……待っているのは”死”だ。

 大きく深呼吸をし、リオは見守るアイナへと視線を向けた。

 二人の瞳が、無言のまま絡み合う。

 心配そうな表情を見せる少女に、少年は「だいじょうぶ」と笑顔で答える。

 そして、大地を蹴った。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 草木を蹴飛ばし、風を切り少年は疾駆する。

 脳裏に浮かぶは、アイナの母との幼き頃の思い出。

 

『リオ、あんたまたいじめられて帰ってきたのかい!? アイナに守られてばっかいないで、たまにはガツンとやり返してやりな!』

『僕には無理だよ。アイナお姉ちゃんみたく強くないし、臆病だし……』


 ぐんぐんと迫るジェリーキングを見据えながら、ふがいない自分を叱咤する義理の母を思い出す。


『全くあんたってやつは……。いいかい、大きくなったら今度は男のお前がアイナを守らなきゃいけないんだよ? 伝説の勇者様みたいに!』

『僕が……?』


 そう、彼女は言った。みじめに泣きじゃくる自分に、抵抗する気力すら持たぬ自分に。

 

『そうさ! 勇者ってのはね、別に魔王を倒す人でもない。世界中の人間を救う人でもないんだよ』

 

 頭上から振り下ろされた一撃を横っ飛びで回避する。

 地面を砕く衝撃が、びりびりと空気を震わせる。

 

『じゃあ、どうしたら勇者になれるのさ?』

『誰かのために戦うこと……。それだけでその人にとっての、勇者になれるんだ』


 肉薄する。ついにリオが、キングのふところへと飛び込んだ。

 しかし、息つく暇も無く右、左と薙ぎ払いが飛んでくる。

 

「っ邪魔だぁぁぁっ!」

 

 リオもすかさず剣閃を走らせ、左右の腕を切り払う。

 両腕を失ったキングに勝機を見出し、彼は自身の体を大きく跳躍させた。

 刻印の力によって異常なほどに上昇した身体能力は、リオに体長五メートを超すキングを凌ぐジャンプ力を与えていた。

 

『だからいつか、あんたがアイナの勇者になってやりなっ』

 

 亡き義母の言葉が、頭の中に響く。

 胸の刻印は輝きを増し、小さな少年を獅子へと変える。

 

「これで……止めだぁぁぁぁっ!!」

 

 両手で剣を握り、全体重を乗せた垂直落下。

 スタンッと、リオが着地する音が響き、辺りは静寂に包まれた。

 そして……。


『!?』

 

 ぶるぶると体を蠢かせ、文字通りジェリーキングの体が真っ二つになる。

 泡を吹きながら、地面に溶け込む水の様に体は消え失せていき、後には二つに割れた真紅のコアだけが残った。

 バタンと腰を地面に下ろし、リオは安堵のため息を吐く。

 それに合わせるように、彼の胸の刻印からも輝きが失せていった。

 


                      *



「リオくぅーんっ!!」

「ぐはぁっ!!」


 押し倒されるようにアイナに飛びつかれ、リオは悶絶の声を漏らす。

 半べそをかきながら彼女は小瓶に包まれた液体を容赦なく満身創痍の少年に振りかけ、そして彼を優しく抱きしめた。

 

「かっこよかったよ……本物の勇者様みたいだった」

「アイナさん……。って、あれ……これは?」

 

 みるみる傷が癒えていく。

 割れた側頭部も、体のだるさもまるでなかったことの様に消えていった。


回復薬ポーションだよ。その剣も、いつかリオ君が冒険に出るときに渡そうと思って、準備していたの」


 きっと、かなりの金額がかかったであろう。

 決して我が家の家計が裕福ではないことを知っているリオは、アイナの気遣いに心から感謝した。

 

「おーーとっ、ラブコメはもうしめぇだ。女ぁ、ポーションが残ってんなら渡してもらおうか」

 

 がなり声と共に空気を読まず現れたのは、ロイ・ロードだ。

 折れたあばらをかばうように腹部に手を当て、抱き合う二人を邪まな目つきで見据えている。

 

「リオ君、ずっと気になってたんだけどあの人昼間と態度が違いすぎない? なんかすっごく悪人っぽい……」

「実は、かくかくしかじかで……」

 

 ひそひそと耳元でささやき合う二人。

 状況を理解したアイナは、キッと視線を鋭くさせた。

 

「なぁに、睨んでんだ女ぁ? さっさと俺とそこでのびてる仲間の分、ポーションを渡してもらおうかぁ?」

「いやよっ、自業自得じゃない! それにリオ君が居なかったら、あなたたちだって死んでたかもしれないのよ!?」

 

 語気を荒げる彼女に対し、ロイは臆することもなく不敵に笑う。

 そして、親指と人差し指を輪っかにし口元へと近づけた。

 

「もう一度、モンスターを呼んでやろうかぁ? 今度は特大のスキルを放つ。そこのガキが、次も勝てるかどうかはわからねえぜぇ?」

「やってみなさいよ? その前にリオ君があんたを斬るわ」

「えぇー!? アイナさん、いくら何でもそれは殺人ですよ!?」

「やりなさい、勇者」

 

 ノーとは言えぬ、気迫があった。

 お互いに額から緊張の汗を流す二人を、リオはただおろおろと見守る。

 しばしの静寂――。

 先に口を開いたのは、ロイだった。


「わーった、わーった。俺もさっきの戦闘でそいつの切れ味は見てっからな、さすがに刺身になるのはごめんだ。ただこっちも重傷人だ、おいそれとは引き下がれねぇ。だからこうしよう、売ってくれ」

「はぁ!? ふざけないで! 何であんたたちなんかに……!!」

「まぁそう言うな。今回の件に関しては悪かったよ、それは謝る。それにそのガキがキングに勝てたのも、俺の助言があったおかげだろぉ?」

 

 ぐっと、言葉を詰まらせるアイナの横で、一理あると他人事のように拳で手を叩くリオ。

 ロイはその反応を見て、いやらしそうに眉を下げた。

 

「交渉成立、だな」

「……わかったわ。そのかわり約束して、これを受け取ったらすぐに村から出て行って」

「オーケイ、オーケイ約束する。で、いくらだ? 緊急時だしな、ちょっとくらい多めに払ってやってもいいぜぇ?」

 

 その言葉を聞いたときだった。

 リオはアイナの表情の異変に気づく。

 先ほどまで悔しげにゆがんでいたはずの顔が、獲物を追い詰めた狩人のように醜悪な笑みへと変貌している。

 紛れもない、悪人の顔だ……。自分の背筋が凍り付いていくのを、リオはひしひしと感じ取っていた。

 

「そうねえ、必要なのは三本だったわね。じゃあ、これくらいかしら?」

 

 とびきりの笑顔で指を二本立てるアイナ。

 

「二万か……。まぁポーション一つの相場が六千ゴールくらいだからな、そんなもんか」 

「馬鹿言わないで。桁が違うわ、二十万よ」

 

「「はぁぁぁぁぁっ!!??」」

 

 ロイと共に、驚愕の悲鳴を上げるリオ。

 驚くのも無理はない。

 一般的な成人男性の稼ぎが、月一万八千G。

 その十倍以上に当たる金額を要求するのは、まさにぼったっくり以外のなにものでもなかった。

 あいた口をパクパクさせるロイに対し、アイナは強気の姿勢を崩さない。

 

「払うの、払わないの? 悪いけど、びた一文まけるつもりはないから」

「ふざけんな! そんな大金、今すぐ用意できるわけ……」

「あるじゃない? 村の皆からの謝礼金。確かそれくらいの額じゃなかった?」


 ぴくぴくと頬を痙攣させるロイに対し、アイナは悪意に満ちた笑顔で答える。

 リオは心の底から思っていた。

 女の人は、冒険者より、モンスターより怖いんだと……。

 「ちくしょおぉぉぉぉっ!!」という叫び声が響き渡り、やがて村は朝を迎えるのだった。

 

 

                     *



 「リオ・リネイブ」

 

 ≪刻印の力ユニークスキル

 [獅子の心ライオン・ハート]

 ・守りたい気持ちが力となる。

 ・レベルやランクを大きく凌駕する。

 ・思いの強さにより、効果は向上する。

 


 

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