それは、そうなる為にあるもの

明日ゆき

第0話 出会い、そして、さようなら

僕の視線の先には小さな花屋さんが映っていた。お客さんは誰もいなく今現在営業をしているのかと疑問を抱いてしまう。ひっそりと寂しく静かな雰囲気なのだけれどどこか温かみもあり懐かしい気持ちが胸の中を優しく擦ってくる。あまりにも懐かしく優しい香りに鼻の奥がツーンと痛みを覚える。意識をしていなかったけれど僕は今、涙を堪えていた。涙がこぼれないように視線を空へと仰ぐ。辺りは高層ビルが立ち並び目に映る空もどこか窮屈そうに見える。しばらくの間、空を仰いでいると店側から音が聞こえてきたため視線を戻す。と、黒髪ショートの女性が優しい笑みを浮かべながらこちらへと視線を向けてきていた。咄嗟に会釈をすると彼女もゆっくりと深く会釈を返してくる。素朴で可愛らしい笑顔。年齢は僕よりも二、三歳ほど下だろうと思わせるあどけなさ。ふんわりと花の香りを引き連れこちらへと近づいてくる。絵に描いたような素敵な彼女に一目惚れしてしまうのにそう時間は掛らなかった。

「こんにちは・・・えっと」

「え・・・あ、はい。こんにちはでございます」

見入ってしまっていたのか彼女の言葉あいさつが耳へと数秒間ほど入って来なかったため反応が遅れ変な敬語で挨拶をしてしまう。彼女も返答の言葉が面白かったのか目を見開いたかと思えばクスクスと微笑んでくる。少し後ずさりをしつつ愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「すみません。急に笑っちゃって」

「いえ。僕の方こそ変な敬語を使ってしまってすみません」

晴樹の言葉を聞いた後、彼女はもう一度彼の瞳を見つめ頬笑みを浮かべてくると、

「今日はどのような御用件でしょうか?」

「あ、えっと・・・それはですね」

単に気になってしまったからなんのようもなく覗いていました。とは言いにくく苦笑いを浮かべつつ何か用件を探すため苦し紛れに視線を彼女の後ろへ向けると一輪のカーネーションが視線に入ってくる。すると彼女もまた晴樹の視線を追うように向ける。と、

「そっか」

小さな声で呟き視線の先にあったカーネーションを手に取ると再度こちらへと視線を向き直し不思議な言葉を向けてくる。

「もしかしてここがお花屋さんに見えていますか?」

「え?」

咄嗟の問いに上手く反応が出来ず戸惑っていると彼女はハッとした表情へ変わり頭を下げてくる。

「ごめんなさい。別に困らせるために言った訳じゃあなくて!深い意味で言った訳じゃあないので。気に障ったのならすみません」

「あ、いえ。こちらこそなんか上手く反応出来なくてすみません、でも、ここってお花屋さんですよね?」

気にさせないようにできるだけ明るく振舞ってみたものの彼女の表情は一向に雲行きが怪しいままだった。すると彼女が、改めてこちらを向いてくる。真っ黒な瞳。吸いこまれてしまいそうな視線。けれど、不安を抱くことは無く寧ろ心の奥が暖かく優しさに包まれているようだった。

「うん・・・分かりました」

「え?」

彼女は視線を交えてなにが分かったのだろうか。ふむ、ふむと頷くように彼女はカーネーションを持ち眉間にしわをよせ何かを考えているようだった。普通の人ならば彼女の言動、行動をみてそそくさと逃げ出してしまうだろう。彼も最初のおっとりとしたぽわぽわな女性かと思っていたのだけど、少々違う気もしてきていた。が、それ以上に彼女を一目惚れしてしまった彼はその場を動く訳にはいかなかった。少々の困難ならば乗り越えてみせる。そんな事を勝手に考えていると彼女が口を開く。

「とりあえず、ここではなんなのでどうぞ。お茶でも出しますよ。この時間は暇で話し相手が欲しかったんです」

「は?」

出会い、会話を少々しただけの男性を彼女は自宅?へと招き入れてくる。一目惚れをした女性の家に上がるのは嬉しいけれど、それ以上に失礼な話しだけれど身構えてしまっている彼がいた。あまりにも上手く事が運び過ぎているような気がしてならなかった。晴樹の抱いている感情が口にせずとも雰囲気で出てしまっているのか彼女は微笑みながら、

「大丈夫です。私は貴方を助けるためにいるので。どうぞ」

にこりと微笑みドアを開け部屋おくへと入っていく。貴方を助けるためにいる。その言葉に引っ張られるよう彼女が歩いて行った場所へ足を進める。色とりどりの花の香りを堪能しつつ進んでいると襖が目に入ってくる。彼女は襖を開け入室していく。彼もつられるように小さく会釈をしつつ同じように部屋へと入る。

「おじゃまします」

特別怪しいイカツイ人が座っているわけでもなく、変なツボが置いてあるわけでもなく、いたって普通のどこにでもある和室が広がっていた。机の上には茶菓子なるものが置いてある。小学生の頃、おばあちゃんの家に行った時はこんな感じだったな。なんて懐かしさがこみ上げてくる。奥の辺りでガチャガチャと音がしているためでとりあえずその場に立ち待っていると彼女がおぼんを持ち部屋へと入ってくる。

「あ、座ってもらってよかったのに。すみません、先に言っておかなくて。どうぞお座りください」

「あ、いえ。こちらこ、そそわそわしちゃってすみません」

晴樹の発言が面白かったのかクスリとほほ笑みながらお茶を音をたてず目の前へと置いてくる。湯気がもこもこと上がっており猫舌の彼にはいかささすぐに頂けない温度であることがすぐに分かる。彼女もまた自分用の湯呑だろうか?それもまた音を発てず置き向かい合うように座る。すると彼女はうっすらと微笑みこちらを見てくる。

「急にお誘いしてごめんなさい。でも、ここに来店して下さったのもなにかの縁ですし少しお話しがしたくて」

「はぁ・・・お話しですか」

「はい。なんでも良いですよ。私は話しを聞くだけなので」

今日初めて会った女性に「なんでも良いから話しをしましょう。でも、私は聞くだけですけどね」なんて言われてしまった場合、どのような話題をふっていいのか分からないし戸惑ってしまうのは当然のことだろう。彼は戸惑い苦笑を浮かべることしかできずにいた。が、しばらくすると心の奥にしまっていたはずのモヤモヤが急に表へと出てくるような感覚を覚える。その感覚を思い出した瞬間、彼女へ視線を向けると全てを分かっていたかのように微笑みこちらを見つめていた。だけど、この感情きもちを今日初めて出会った彼女に話してもいいものなのだろうか?口にしてしまったらきっと止まらないだろう。けれど、そのモヤモヤは胸の奥から押し上げるように喉の辺りまでやってくる。どうしても目をそむけたくてその出来事それを胸に閉まっていた。

「あの・・・実は・・・」

「・・・はい」

静かに頷き彼女は懐かしく優しい微笑みを向けてくる。その女性は誰かに似ているな。なんて事を思ってしまう。そう、昔写真で見た事がある女性・・・昔の母親の姿に似ていたのだ。マザコンなんて言われてしまうかもしれないけれど男性という生き物はきっと母親が大好きだと思う。もちろん父親も好きな人だっているだろう。けど、彼は片親で育ってきたためいっそう母親に対する思いが強かった。しかし、今日未明に母親が亡くなったと病院経由で連絡を受けた。どうしても母親の死を受け入れることができずただ何も考えず歩いていた。いや、死に場所を探していた。その時、丁度ここが目に入った。

「・・・体が悪いとは知っていました。だけど・・・だけど、こんなに早くなんて」

話しをしているうちに熱い涙が頬を濡らしていた。情けなくどうしようもないのだけど止まらなかった。必死に、必死に止めようとしても止まる事を忘れてしまったかのように流れ続ける。彼女は昔、まだ小学生の頃。彼が泣いていた時に頭を撫でながら見せる母親の表情の様に優しく頷き話しを聞いてくれていた。

「・・・ご、ごめんなさい。いい大人が泣いてしまって」

「・・・いえ。でも、貴方が死ぬことをお母さんは望んでいませんよ?」

「・・・でも、どうしていいのか分からなくて」

「貴方のお母さんがこちらに来たんです」

「え?」

すると彼女は誰もいるはずがない場所へお茶が置かれている事に今さらながら気がつく。まさかと思い誰もいるはずがないその場所へ視線を向けてもそこには誰もいるはずがない。何を考えているんだろう僕は。なんて苦笑を浮かべつつ彼女へ視線を向け直すと、先ほどとは違い優し微笑みではなく真剣な表情でこちらを見つめてきていた。

「・・・お母さんとお話しをしたいですか?」

「お・・・話し・・・」

そう告げると彼女は目を閉じ、そして、目を開く。すると懐かしい表情をした母親の姿がそこにはあった。

「か、母さん・・・」

あり得ない光景にただ、ただ目を見開き目の前に居るはずの無い母親へ視線を向けることしか出来なかった。すると、深く呆れたようなため息をつくなり、

「何をしてるんよ!私が居なくなったからって同じ様に死のうなんてバカなことを考えるのはやめなさい!死んだっていい事なんて無いんだから!」

口調、仕草全てが晴樹が知っている母親そのものだった。目の前に居たのは初めて会った女性だったはずなのにどうしてか、僕の目の前には今現在、母親が居るようにしか見えなかった。キョロキョロと母親は自分の手足を見るなり、

「こんな若い子の体を使っちゃって悪いわね!なんか若返ったみたいよ!」

「なに、言ってんだよ・・・」

「あははっ。母さんは元気にしてるからね」

「元気にしてるって・・・もう死んでんじゃん」

「そうだったね!アハハハ。忘れちゃってた!」

木霊するのはいつもの暖かい母親の笑い声。笑顔、側に居るだけで分かる母親の暖かさについ懐かしくて止まったばかりの涙が流れ始める。病院でも自分が辛いのにもかかわらずいつも僕がきたときにはこうして笑ってくれていたよね。伝えたいこと、教えて欲しかったこと、まだ、まだ、まだ沢山あったんだよ?ぐるぐると伝えたい言葉きもちがあるのに上手く出てこない。それでも、

「・・・バカ」

晴樹の言葉に母親は嬉しそうに微笑み頷く。

「うん。母さんは馬鹿だからさ。母親似でアンタもバカでどうしようもないけど私の自慢の息子なんだよ?だから私が死んだからってアンタまで死のうなんて思ったらダメだよ?分かった?ほら、約束・・・」

昔のように小指を立てこちらに向けてくる。

「ほらっ。もう時間がないんだから。大人になったんだからもう少しシャッキとしないと!」

半ば無理やり手をとりいつものように元気づけるための指きりげんまんをしてくる。暖かい温もり。絶対に忘れないように駄々をこねる子供のように必死に晴樹は両手で母親の手を握る。

「かあさん・・・母さん」

「・・・ゆびきりげんまん。晴樹は強い子。強い子。元気の子!」

「・・・」

「ほらっ!元気の子っ!」

「・・・げ、元気の子っ!」

「頑張れっ!!」

そう告げた瞬間、必死に離さないように掴んでいたはずなのにいとも簡単に離される。手を伸ばし掴もうとしても掴めない。目に映るのは優しく微笑む母親の姿。徐々に光に包まれ始める。きっとこれで本当にお別れ。きっとここで言いたい事を言わなければ後悔してしまう。必死に晴樹は光りに向かって叫び続ける。

「かあさん。本当に今まで我がまま言ったりしてごめんね!絶対に笑ってくれてたけど傷つけちゃってたよね!パソコンで分からないところがあったのにめんどくさくて適当に言っちゃってごめんね!本当に本当に今まで育ててくれてありがとう!本当に本当にごめんね!ちゃんと親孝行できなくてごめんね!」

アンタごめんねばかりじゃないのよ。なんて光が笑っているように感じる。それは気のせいかもしれないし気のせいじゃなかったのかもしれない。

「ふふっ・・・母さんこそ沢山の楽しい思い出をありがとう。頑張れ!晴樹っ!」

視界が眩い光に包まれる。

「・・・・・・」

「・・・お母さんに会えましたか?」

視線をあげると花屋の彼女がこちらを見下ろすように優しい笑みを浮かべながら見ていた。

「・・・はい。逢えました。まだ、ちゃんと割りきれる事はできないですけど・・・でも言いたい事はちゃんと言えたと思います」

「そうですか。良かった」

「・・・あ!す、すみません!」

彼女の膝を枕にしている事を忘れておりそのまま話しをしていた。すぐさま起き上がり向かいあうように座り直す。そして見つめ合い僕たちは微笑む。憑きものでも取れたかのようにスッキリとした気がする。流石にこのまま長居しても迷惑だと思い立ち上がり部屋を後にする。わざわざ彼女は店の前まで見送りをしてくれる。外へ出ると空は少し黒色が混じり銀色の星がパラパラと輝き始めていた。空を仰ぎもう一度彼女へと視線を向け深々と頭を下げる。

「えっと・・・なんて言っていいのか分からないって言ってしまったら失礼になると思うんですけど。えっと・・・ありがとうございました」

晴樹の言葉に彼女も嬉しそうな笑みを浮かべると、

「全然ですよ。私こそ少しでも力になれたのなら良かったです」

「えっと・・・」

またここのお店に来てもいいですか?そう、問おうとした瞬間に奥の辺りに置いてあった電話が鳴り始める。慌てた様子で彼女はお辞儀をすると電話へと向かい行ってしまう。

「えっと・・・改めて本当にありがとうございました」

きっと聞こえてはいないであろう言葉を電話をしている彼女へと向けもう一度夜空を仰いでみる。

小学校の頃は高く見えていた夜空に散らばる星も大人になれば掴めると思っていた。しかし、大人になっても掴める事なんてできなかった。掴めることなんてできないと分かりつつ手を夜空へと伸ばしてみる。

「やっぱり掴めるわけないか」

しかし、彼の表情は落胆の表情では無くどこか優しく温かみのある笑みへと変わっていた。

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