第3話 勘太郎12歲 その3

「俺にはお父さんもおらんし、お母さんもおらん。なんでおらんの?人は生まれてくればお父さんもお母さんおるはずやろ……」


勘太郎の心からの叫びに、老婆の息子は胸が軋む。たった12歲の子どもから言われたその一言一言に胸を締め付けられる思いがした。

小さな勘太郎の頭を撫でた。勘太郎の横に座って、ゆっくりなでながら、勘太郎と同じ方を向いた。


「勘太郎……お父さんとお母さんがおったら、何がしたいか?デパートに行きたいか?」

「……行きたい。俺もお父さんとお母さんとデパート行ってみたい」

「そしたら、俺が連れていってやる。今週の日曜日一緒に行こう。いいか、約束だぞ?」


そう言うとにっこり笑った。

勘太郎は複雑そうな面持ちで体操座りの腕に口元を隠して、畳を見つめて黙った。しかし、それ以上泣くこともなかった。


その夜、先に寝入った勘太郎を他所に、3人は静かに話し合った。


「あの子はそげんことばいいよったとね……。さみしか思いばさせとったんやね……」


老婆は息子から委細を聞いて、視線を下げ、悲しい面持ちをした。母の痛みに息子もまた胸がいたんだ。しかし、悲しんでばかりもいられず、3人は互いに、週末勘太郎をデパートに連れ出して大喜びさせてやろうと約し合った。


息子夫婦が帰り、老婆は床につくと勘太郎が話しかけてきた。


「婆はなんで俺のことここにおさせとると。血の繋がりもないのに……」


その言葉に悲しみを覚えたが、老婆は勘太郎と初めて出会った時のことを思い出した。


「あれは、私の夫が死んだ後か……人の定めとはいえ、悲しみは凄くてね。死んだ爺さんには甘えさせてもらったばかりやったけん。さみしさがすごかった。寝れん日が続いてね。毎晩泣いとった。勘太郎、人間年老いて、病んで死ぬ。誰にでも起こることでもやっぱり悲しいんよ。床に臥せっとった頃から、覚悟はあったんやけどね。やっぱり、悲しかった」


老婆は淡々と語った。

勘太郎は初めて聞く話に、無心で耳を傾けた。


老婆の話は続く。眠れぬ朝を迎え、それでも起きて顔を洗い、身支度を整えて表に出ると、小さな籠が目に入った。そして、飛び上がって驚いた。

小さな籠に小さな赤子が入っている。すやすやと眠っていた。


「赤子……」


しばらくわけもわからず佇んでいたが、周りに人影もなく、夏もすぐであったから、日差しも繁り、このままではと思い、とりあえず家の中に入れた。

家に入れた老婆は率直にどうしよう、と思った。やむを得ない事情があったのだろうか。籠の中を見ると赤子はすやすやと眠っていて、起きる気配はない。ふと、手紙が入っていることに気付いた老婆は綺麗に折りたたんである手紙を手に取って、広げてみる。


良く晴れた4月24日に生まれました。勘太郎と名付けました。

見ず知らずの方、本当に申し訳ありませんが、この子をお願いします。

心積りながら、この子のために財産もすべて捧げます。


それだけ書いてあって、そんな勝手な事を、と老婆は思った。

身寄りのない赤子、そして、身寄りのない自分。なんとなく、他人事でもないような気もして、籠から赤子を抱き上げる。勘太郎と名付けられたその子は屈託のない赤子らしい可愛さをもっていた。

少しすると赤子は起きて、老婆を見てぐずり始めとうとう泣いてしまった。


「よしよし……おぉ、泣くな坊。

お前も身寄りを亡くしたか。私も身寄りのない婆だよ。よしよし……」


老婆はその頃、もはや、この世にいる価値もないとすら思っていた。しかし、赤ん坊を抱き締めて、だんだんとその生まれてきたはじけんばかりの生命に触れ、元気がなぜだか湧いてきた。


「か……勘太郎……」


そう言葉にした時、赤子はふと泣きやみ、じっと老婆を見つめた。


「……勘太郎……いい名をもらったね。賢い子やなぁ、自分の名前がわかるんか、勘太郎。」


赤子は老婆をじっと見つめて、老婆は赤子の頬に触れた。柔らかく、温かかった。

人差し指で、頬をつつくと、その手をつかんで赤子は笑った。


「その時なあ、誰かが私に希望をくれたんかと思うたんよ。」


老婆は勘太郎のそばによって、頭をなでながら、微笑んだ。


「大丈夫じゃ、勘太郎。お前は私の息子。息子にしては少し若すぎるけんどな。そうなぁ、まあ、孫かなぁ?まだ、孫はおらんが、初孫やけん。ここにおって当然やろうもん。」


そう言って、勘太郎の手をぎゅっと握った。

勘太郎は、いつの間にか眠っていた。

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