⑤舞園梓パート「あぁ! 今日ココから、是非よろしく!」

◇キャスト◆

舞園まいぞのあずさ

清水しみず夏蓮かれん

篠原しのはら柚月ゆづき

中島なかじまえみ

月島つきしま叶恵かなえ

牛島うしじまゆい

星川ほしかわ美鈴みすず

植本うえもときらら

東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

Mayメイ・C・Alphardアルファード

田村たむら信次しんじ

泉田いずみだ涼子りょうこ

清水しみずしげる

―――――――――――――――――――

――「「「「ありがとうございましたァァ!!」」」」――


 試合終了ゲームセットをの挨拶を揃えた両陣が集まる、ホームベース付近。学生審判四人の前で整列した少女たちは無論、笹浦第二高等学校と筑海高等学校の選手らだ。互いの脱帽したこうべを下げ合うことで敬意を評し合い、各々のベンチへ帰っていく。

 もちろん、途中参戦した舞園まいぞのあずさもその一人である。


『……負け、たんだ』


 今回行われた練習試合の結果は、九対十の点取り合戦に至り、終盤の逆転劇を経た筑海ソフト部が勝利。しかし現在では、浮かれた様子が誰一人からも観察されず、次期主将候補としてまとめる花咲はなさき穂乃ほのを筆頭にし、監督の宇都木うつぎ歌鋭子かえこの元に颯爽と集合していた。名門という名に相応ふさわしい威厳いげんの空気に溶け込み、練習試合内容のミーティングが繰り広げられるようだ。

 その一方で、初陣ういじんを勝利で飾ることができなかった笹二ソフト部は、ゆっくりと一塁ベンチへ辿っている最中だ。やはり結果に恵まれなかったせいか、沈黙ばかりがチームを包み、試合中の明るさなど皆目見当たらない。


『……ウチが、抑えられなかったからだ』


 皆から一歩遅れて進む梓の視界には、個々で躍動したものの肩を落とす選手ら九人の後ろ姿、うつむき黙るベンチ内のマネージャーの姿勢、そして最も悔いた様子で唇を噛む顧問の顔と映り、チーム全体が酷にも鮮明に捉えられた。また、今回来てくれた応援者三人にも似た暗雲が窺え、スパイクの足音のみが耳内を通る。


ウチの、せいだ……』


 ふと目前の景色から逸らし、歩む動作すら辛さを覚えて立ち止まってしまう。戻るべき一塁ベンチという場所に、恐怖を感じたからだ。期待に応えるどころか、皆の足を引っ張ってしまったがために。

 それも、敗北という結果にまで、引き摺り込んでしまったが故に。



『――みんな、ゴメン……まずはそう言わなきゃ』



 喉がすぼまるほど、胸中ははなはだしく重苦しかった。しかし、まずは己の無様な投球を反省を示すべく、ソフト部の皆に謝罪することが求められる。

 そう思った梓が、苦い顔を上げたときだった。



――「やったぁ!! みんなで試合ができたよ~!!」



「か、夏蓮かれん……」

 放とうとしていた負の気持ちは、主将の清水しみず夏蓮かれんが絶対値を付けてとどろいた。細い両腕と共に小柄な全身を青空に向けながら、歓喜の台詞を連呼し続ける。


「やったやったぁ!! わたしたち、七回までできたんだよ~!!」

「……」

――「なんじゃそりゃあ!!」

「叶恵……」


 すると、左手に湿布を張った闘将――月島つきしま叶恵かなえが乱入する。


夏蓮アンタわかってる!? アタシらは負けたのよ!?」

「いや~そうだけど~……でも、嬉しくて!」

「ドMか!! 負けて喜ぶとか、キャプテンの自覚あんのかッ!!」


 笑顔を止められない主将が怒濤の副主将に説教を受けていると、今度は二人の間に篠原しのはら柚月ゆづき中島なかじまえみも、愉快に割って入る。


「あ~れぇ~? 去年ってぇ~、何対何だったんだっけぇ~?」

「ギグッ……」

「そうだよ叶恵! 去年の一対二十五のコールド負けと比べたら、全然成長してるじゃん!!」

忖度そんたくっつう言葉を知らねぇのかオメェは!!」


 一人叶恵だけが怒号を上げ、夏蓮たち三人が笑みを灯し続けていた。善くも悪くも音が確かに再誕し、梓の視界に色が戻りかける。

 やがて一塁ベンチには春の陽が照らし始め、徐々に穏和な雰囲気が拡がっていく。より煌めきを誇る、場を和ませるような笑顔でつどい。


「へへ! なんだかんだ、ソフトボールも楽しいスポーツじゃねぇか。ボールぶっ飛ばした時は、スッゲェ気持ちよかったしよ!」


 無邪気に笑ってみせる牛島うしじまゆいを中央に置いた、星川ほしかわ美鈴みすず植本うえもときららの三人組も御満悦ごまんえつだ。


「さすが唯先輩っす!! バリかっこいいっす!!」

「唯とミスズンってホント仲良しにゃあ! このまま結婚しちゃえばいいのに~」

「けっ、ケックォン!?」

「バーカ、何言ってんだよ? 女と女じゃできるわけ……ん、美鈴?」

「唯先輩の“行ってきます”……唯先輩に“行ってらっしゃい”……唯先輩と“行ってきます”の……ティュ~」

「み、美鈴どうした!? 頭から湯気出てんぞ!?」


 顔を真っ赤に染めた下級生の美鈴を、先輩の立場である唯が焦って心配し、一方きららが静かに微笑んでいた。

 それは、残る一年生三人組――東條とうじょうすみれ菱川ひしかわりんMayメイ・C・Alphardアルファードたちも、同様に確からしい。


「いや~、メイってホントに上手いんだね! 攻撃も守備も、あたし見ててビックリしたよ!」

「Thank you 菫!! これでワタクシ、今日のHero間違いなしデスネ!! お立ち台はどこデスカ?」

「ヒーローインタビューなんかあるわけないでしょ……」


 大奮闘したメイを欠かさず非難した凛には、菫も思わず苦笑いで二人を包む。


「……でも、凛もスゴかった! だからあたしの中では、二人ともヒーローだよ!」

「エヘヘ……ありがと、菫」

「Waoh!! Doubleダブル heroineヒロイン ということデスネ!! 放送席~放送席~!!」

「だから無いってば……」

「アハハ~……」


 犬猿けんえんの仲は依然として不変だが、菫たちの日常そのものが映し出されていた。

 元気絵図を取り戻しつつある、新生笹浦二高女子ソフトボール部。経験者も未経験者も相変わりない、明快な表情が簡単に見て取れ、梓も一人静かに見守ることができた。


『みんな……』


 自身が抱いていた不安の暗闇は、少しだけ取り除かれた。結果で落ち込んでいるかと思ったが、どことなく楽しそうで幸いだ。

 ところが、誰からも話を振られなかったことで、今度は妙な孤独感を覚えてしまう。


『みんなは優しいから、ウチに気を遣ってるのかな……?』


 気をめる敗戦投手を、そっと一人にさせてくれているのだろう。

 梓は部員たちそれぞれの笑顔を見届けながら思っていたが、ふと顧問の信次と目が合い静止する。場の雰囲気と一致した、校内でよく見かける童顔スマイルを前面に見せられ、決して孤独の身に仕向けられていなかったことを教わる。



「――ハハハ! みんなで、負けちゃったね!」



「みんな、で……」

 梓に向かって鳴らされた台詞は、他の部員たちにも聞こえる音量だった。現実を逸らすことなくハキハキと響かされたのだが、不思議と心が軽く感じた気がする。


「先生の言う通りだよ! わたしも、最後の送球上手く投げれなかったし……。力付けないとだね、エヘヘ」


 第一声に主将の夏蓮が苦笑うと、再び会話路線が繋がる。


「だァァかァァらァァ!! それでもキャプテンか!! エラーをもっと心から反省せい!!」

「フフ。自ら怪我しにいくことも、あたしの中ではエラーだけどね」

「ウッ……」

「アハハ!! アタシも、最後のタッチ遅くなっちゃったし! ……まぁいっか!!」

「「良くはないでしょ!!」」


 主将の自覚を煽る叶恵と、別視点で先発投手を追い込む柚月が、理由無しに開き直ろうとした咲を怒鳴れば。


「あたしも打球溢しちゃったし……牛島先輩、カバーさせてしまい、ゴメンなさい! 今度はしっかり掴みます!」

「オレのことは気にすんなよ東條! コッチだって、悪送球しちまったし……悪かったな美鈴。今度はちゃんと、美鈴の胸しっかり狙うからよ」

「う、ううううちの、胸!?」


 いさぎよく頭を下げた菫に、快活で前向きな笑顔で応えた唯だが、最後にはまた美鈴を沸点に導くと。


「全くもぉ~。みんなしっかりするにゃあよ!! このきらら様みたいに容姿ようし端麗たんれいに~にゃあ!!」

「Oh my god……そう言えばワタクシも、焦って周りに指示が出せてませんデシタ……これではママに怒られてしまいマス」

「わたしも。声を出さなかったことも、エラーの一つだよね……ところで、植本先輩はちゃんと声出してたんですか?」

「ニャプゥ゛ッ!! ……リンリンの視野はどうしてそんなに広いのにゃあ~……」

「ウフフ。どうしてでしょうねぇ」


 己にも非があったことに気付いたメイをきっかけに、凛が得意気なきららを論破し砕かしていた。

 負の連鎖など毛頭見つけることができず、正比例の傾きこそ顕在なチーム雰囲気だと言える。俯いて後退する背など最早もはやせ、ひたすらに斜め上を進み辿ろうとする姿勢が連なっていた。

 明々めいめいと輝きに面した光景には、梓も思わず茫然と見とれるほどだった。予想だにしてなかった結果後の現実に包まれかける中、ふと夏蓮に目の前正面へ寄られ、優しき調和の笑みを手向けられる。



「――だから梓ちゃんも、みぃ~んなといっしょだよ!」



 主将のたった一言からは、多大な真心を感じ取った梓。刹那的に驚き固まってしまい、周囲の部員たちにも暖かな瞳を向けられ緊張した。が、すぐに微笑みで返し頷く。



『みんなは優しいから、確かにウチに気を遣ってた……でもそれは、決して悪い意味じゃない……』



 改めて部員たちの優しさ本来の意味を見つけ出し、見えない思い遣りを聞こえない想いで呟く。



『――ウチひとりに、させないために。チームの一人としての共通点を、探してくれてたんだ』



 孤独感ではなく、連帯感を抱くべきだったのだ。勝敗どちらであれ、気持ちを揃えて行う競技こそ、ソフトボールなのだから。互いの手と心を繋ぎ、数珠じゅずの如く絆を結び合うことが要求される、集団スポーツの一種として。


ウチも、安定感が無かった……今度はもっと、自信を持って投げなきゃな……』


 それは言うまでもなく、傷のめ合いとは程遠い。起こった現実にはそれぞれが目を逸らさず、自身の弱さを受け入れている。結果と成長を求める選手たちにとって必須条件となる、切磋せっさ琢磨たくまの時間を設けるために。



――もちろん梓も、最高の絆で結ばれた仲間たちと共に。



『負けて終わりじゃない……負けた後、次に備えなきゃいけない……諦めちゃ、いけないんだ……』



「……あ、あのさ……」

 不意に訪れた目頭の熱さに、梓は震え気味の声で皆を振り向かす。堪えようとすればするほど瞳が潤み、視界も不鮮明だ。が、見回した一人一人の顔をしっかりと捉え、最後には頬も上げられた。

 謝罪よりも大切な一言を探し当て、仲間を想う真心から放つ。嬉し涙であることも伝達させるように。



「――ありがと、みんな!」


 チームの顧問として、また担任としての嬉しさを笑顔で示した、田村信次。

 白い歯を剥き出しにし、ガッツポーズのように右拳を向けた、牛島唯。

 そんな雄々おおしい彼女の真似を、小柄な身ながら隣で行う、星川美鈴。

 はしゃいだ様子ではなく、包むような穏和の瞳で微笑んだ、植本きらら。

 互いの手を握りながら、姉妹のように無垢の笑みを向け合う、東條菫と菱川凛。

 その二人の間に割って入り、苦笑いと睨みを集めた、May・C・Alphard。

 怪我の痛覚も感じさせない、勇ましき表情で笑ってみせた、月島叶恵。

 大きな口を更に横へ伸ばし、ニッコリスマイルでピースを型どった、中島咲。

 どこか嘲笑ったかしげが否めないが、しかと受け入れた様子で片足重心を保つ、篠原柚月。

 そして最後に、グローブを両手で握りながら、誰よりも素直で和む笑顔をおおやけにした、清水夏蓮。


 そんな色とりどりの仲間たちに包まれた一塁ベンチ前にて、舞園梓は笑って伝えることができたのだ。健気で真っ直ぐな気持ちを、かけがえのない個々人へ。


「……あ! そうだ先生! 梓ちゃんにも、やろうよ!」

「へ……っ! そうだね! まだやってなかったもんね!」


 すると夏蓮が発端となり、何かを閃いた信次が一歩出る。


「舞園!!」

「先生……みんな……」


 歓喜で叫んだ信次が中央に出ると、待ってましたと言わんばかりに部員たちから焦点を集めた。

 しかし、これから何が始まるのかまでは、梓には正直わからなかった。不思議を隠せず辺りをキョロキョロと探ってしまったが、次の瞬間顧問の両腕が大きく開いたことで、快く迎えられることに気付き安堵あんどする。

 笹二ソフト部内では定番となっている、例の儀式。それが今日この場で、久方ぶりにもよおされる。



「ようこそ!」

――「「「「笹二ソフト部へェェェェ!!」」」」――



「ちょっとみんな!? それはボクの台詞だって!!」

「うるせぇうるせぇ! テメェは引っ込んでろ!」

 全文を告げたかったらしい信次を唯がからかいつつあったが、今現在見える全事象に対して、梓は心の扉を開門させる。今後は皆の期待に応えられるよう努めると、責任感が宿した覚悟を抱いて。



「あぁ! 今日ココから、是非よろしく!」



 全部員が喜びを分かち合い、満をして今この時を迎えた、笹浦二高女子ソフトボール部。その歓迎ムードは、笹浦スターガールズ元監督の清水しみずしげると元主将の泉田いずみだ涼子りょうこにも見守られ、ついに最後の一期生が入部を果たした。


 苦い経験をブチ破り、直球でねじ伏せる不器用左腕――舞園梓が。


―――――――――――――――――――

メイ「放送席~放送席~❗❗🎤😆

   次週、最終回Happy endingデェス❕❕💞」

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