プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning１✨

⑤牛島唯→呉沼葦枝×錦戸嶺里×梟崎雪菜パート「……嶺里。投球練習付き合って！」

◇キャスト◆

牛島（うしじま）唯（ゆい）

清水（しみず）夏蓮（かれん）

月島（つきしま）叶恵（かなえ）

星川（ほしかわ）美鈴（みすず）

植本（うえもと）きらら

May（メイ）・C・Alphard（アルファード）

菱川（ひしかわ）凛（りん）

東條（とうじょう）菫（すみれ）

中島（なかじま）咲（えみ）

篠原（しのはら）柚月（ゆづき）

田村（たむら）信次（しんじ）

呉沼（くれぬま）葦枝（よしえ）

錦戸（にしきど）嶺里（みのり）

梟崎（ふくろうざき）雪菜（せつな）

花咲（はなさき）穂乃（ほの）

宇都木（うつぎ）歌鋭子（かえこ）

筑海高校女子ソフトボール部員のみなさん

―――――――――――――――――――

「……」

　五回表ワンアウト。

　笹浦二高の攻撃中、右打席からレフト方向へ放った打球を見つめるバッター――牛島（うしじま）唯（ゆい）が立ち竦んでいた。正直、信じられなかったのだ。夢に見ていた現実が、正に今目の前で顕（あらわ）になったことが。

　学生審判四人のジャッジが、嘘のように聞こえてならない。微動も示さず、呆然と停止した未経験五番打者。だが、次の瞬間バットを手放し、共に頬を緩ませて歓喜を挙げる。

「――ウォッシャァ!!　ホームランだァァ!!」

　高々と叫び、右拳を上空に向けて走り出す。一塁側ベンチからも、最初はあまりの意外な展開に驚愕していたが、すぐに大歓声が放たれた。打席から一塁へ進む走路は、揺るぎない花道その物だ。

「ナイスバッティングです、牛島先輩！」

「サンキュ！　菱川（ひしかわ）！」

　ファーストベースを踏むと、一塁ランナーコーチの菱川（ひしかわ）凛（りん）から、微笑ましい祝福が目前で贈られた。

「唯ちゃんセンパ～イ!!　good jobデ～ス!!」

「どんなもんじゃ～い!!」

　セカンドベースを踏めば、今度は生還済みのMay（メイ）・C・Alphard（アルファード）からも、眩しいまでの黄色い声が届く。このときばかりはさすがに、“ちゃん呼ばわり”を気にしなかった。

「唯ちゃんスッゴ～イ!!　ナイスバッティングだよ～!!」

「へへっ！　言っただろ？　力だけなら自信あるって！」

　サードベースに辿り着くと、続いて三塁ランナーコーチの清水（しみず）夏蓮（かれん）も笑顔に染め、拍手で迎えてもらえた。経験者且つ主将の激励を受けたことで、得意気になるほど心が踊り高ぶる。

　残る距離は、三塁から本塁までの塁間――18.29M。

　ホームベース付近ではメイを始め、ネクストバッターの星川（ほしかわ）美鈴（みすず）に、また次の打者である植本（うえもと）きららも待ちわびていた。進行方向上、自ずと視界に入る一塁ベンチからも、唖然（あぜん）と固まった様子の月島（つきしま）叶恵（かなえ）、キャッチャー姿の中島（なかじま）咲（えみ）と東條（とうじょう）菫（すみれ）による混声、スコアブックの書き込みを停めた篠原（しのはら）柚月（ゆづき）の微笑み、そして田村（たむら）信次（しんじ）の童顔スマイルが歓迎していた。

『振り抜いたとき、バットに当たった感じがしなかった……』

　すると唯はゆっくりとホームに進みながら、ふと自身の掌（てのひら）に目を落とす。最近潰（つぶ）れてしまった複数のマメたちから、打った直後の感触を思い出しながら。

『ムカついて壁を殴ったら、ポッカリ穴あけちまったときと似てて……ハハッ!!』

　以前生活指導担当の教員に、遅刻をこっぴどく叱られたことで犯した罪を思い出し、不覚にも苦笑いを溢してしまう。良い子には真似して欲しくない黒歴史だ。しかし、即座に逞（たくま）しい笑みを浮上させて現実に戻り、再び拳を突き上げてホームベースを踏み鳴らす。

『――ヤベェ!!　ソフトボール、チョ～楽しいじゃん!!』

「帰ったぞ～い!!」

――「「「「ナイスバッティ～ン!!」」」」――

　これで、五対一。

　笹浦二高が、四点のリード。

　歓喜の輪に入ると、早速貴重な御（お）持（も）て成（な）しを受けることとなった。

　鳴り止まぬ、喜びの声と拍手。

　何度も繰り返される、ハイタッチ。

　時には正面から抱き着かれたが、未経験者の唯は全て快（こころよ）く受け応えた。心の内がとても和（なご）むチームメイトの振る舞いには、理想的な家族に近い温度を感じ取れる。嬉しさが更に上昇し、胸の高鳴りは有頂天（うちょうてん）に達するところだったが。

――「審判!!　バッテリーを交代だ!!　ピッチャーに水守（みもり）！　キャッチャーに磯部（いそべ）！」

　突如三塁ベンチの監督席から、女性顧問――宇都木（うつぎ）歌鋭子（かえこ）の一声で場が静まる。学生主審に交代の知らせを告げると、それぞれ背番号21と22を掲げた、一年生と思われる二人の小柄な選手らが飛び出した。

「交代……オレに、打たれたから……？」

　守備側の相手――筑海高校に立ち込める空気が重苦しい状況は、唯にも伝わるほど鮮明だった。ベンチの選手を含め、グランドの少女たちも黙り混み、交代で駆けるスパイクの足音がザクリと響くほどに。

　たった一人、主将の花咲（はなさき）穂乃（ほの）だけが、

「ドンマイ……」

　と、肩を落とした呉沼（くれぬま）葦枝（よしえ）に声をかけていた。しかし、返答も無ければ周囲誰も反応せず、筑海キャプテンの表情も自然と雲がかっていく。

「……なんかオレ、悪いことしたかな？」

「余計なこと考えんな……」

「月島（チビンテール）……」

　すると、黒光りグローブを填（は）めた叶恵が、通り際に囁いた。ベンチ前に出て、次の守備に向けての投球練習を行うようだ。予（あらかじ）め凹んだ足場へ着くと立ち止まり、目も合わせぬ鋭い横顔で紡ぐ。

「これは、真剣勝負よ？　対戦相手への同情は、私（アタシ）らにとって敗北の元（もと）だと思いなさい」

「あ、あぁ……」

　浮かれた様子など、微塵（みじん）も見受けられなかった。ひたすらに細目を続ける叶恵を目の当たりにし、唯はテンションがハイからローへ急落していく。

『そんなの、わかってっけど、さ……』

　勝つか負けるかの世界の掟（おきて）は、十分承知している。叶恵の言葉が間違っているとは、無論思わなかったが。

『でも、そんな言い方ねぇじゃんかよ……』

　怒られた気が否（いな）めなかった。怒鳴りもしない冷徹（れいてつ）な呟きからは、唯は妙に空気の不味さを感知してしまう。

　相手交代バッテリーの投球練習が終わり、試合（ゲーム）がワンアウト一塁から再開する。打者は六番の美鈴から始まる打線だ。しかし、唯の視線は愛（まな）後輩に向かわず、咲と投球練習中の叶恵に集中していた。普段の彼女らしさが観察できず、違和感と居心地の悪さを残されたからだ。

　“月島（チビンテール）”と、悪ふざけで呼んだことへの返答も皆無だっただけに。

『――チッ……やりづれぇな～コイツ……』

　本塁打の喜びが、無かったかのように眼光を弾（はじ）かせる唯。試合の新たな展開に合わせ、浮かれ気味だった心の内も変化させていた。

　◆負けたくない訳―invisible jewels◇

　試合再開と同時に、バッテリーの呉沼（くれぬま）葦枝（よしえ）と錦戸（にしきど）嶺里（みのり）は、歌鋭子のもとに呼ばれていた。

　不穏が空気であることは、監督席隣でスコアを付ける梟崎（ふくろうざき）雪菜（せつな）も察していた。

『二人とも、同時交代なんて……』

　非情な采配に思えてならず、雪菜は心配な横目を飛ばし続けてしまった。するとまずは、先発捕手経験者の嶺里に,歌鋭子から厳しい評価が下される。

「相手の三番バッター、わざと歩かせただろ……？」

「えっ……は、はい……」

　相手の三番打者――メイと対戦した際の場面を持ち出された。結果のみを窺えばフォアボール一つだが、勝負を極力避けた配球だったことが本音。つまり、嶺里にとっては図星だ。

「一打席目は外野フライで、二打席目はエンタイトルの長打。強打者なのは間違いなさそうだったので、無理に勝負はしませんでした……」

　傾向から考慮しての敬遠だった。ノーアウトから長打を打たれれば、相手の得点確率が上昇してしまう。ならば、ヒットが少ない四番打者からの打線でアウトを取るべきだと考え抜いたからだ。

　誤（あやま）った判断ではないと訴えてみたが、監督の頷きは一切起こらなかった。厳格な目付きを顕（あらわ）にしたまま。

「――練（●）習（●）試（●）合（●）なのに、か？」

「――っ！　……す、すみません。あたしの、判断ミスです……」

　公式試合と練習試合の意味を履（は）き違えていたことを、嶺里は改めて知り俯（うつむ）いていく。

　両者に求められる範疇（はんちゅう）には、結果と内容いう、二つの概念が宿る。ごく基本的で、一試合一試合目標とされるものだ。

　しかし、優先順位が異なる。

　公式試合は無論結果が重視され、内容がいかに良くとも、勝利が絶対的に求められる。一方で現在行う練習試合は、今後の勝利に繋げるための事前演習と称（しょう）せられる。練習で培（つちか）った能力や戦法の確認――試し合いの場とも言えよう。

　そんな練習試合の中で嶺里は、“勝負する”内容を捨てていたのだ。投げたのはピッチャーの葦枝とはいえ、サインで指示したのは捕手の自分自身なのだから。

「……錦戸？」

「はいっ！」

　思わず上げた顔色は、不安に染まっていた。

「お前は、これからの試合で、笹浦二高に負けたいのか？」

「いいえ！　勝ちたいですっ！」

「別に、お前らはこの練習試合で、負けたら引退するわけじゃないだろ？」

「その通りです！」

「だったら今は、持ってる力すべてを、相手に全部ぶつけるのが正解なんじゃないか？」

「はいっ！　……」

　呆れられたようなため息を吐かれ、嶺里の渋めた顔が落ちていく。我ながら、情けなかった。自ら勝負を避けた行いが、どこか自信の無さにも感じてしまい、身も心も足元ばかり向いていく。

『こんなんじゃ、交代させられて当然だ……。葦枝を引っ張るつもりが、葦枝の足だけを引っ張ってたんだから……』

「それから、呉沼？」

「は、はいっ！　……」

　嶺里が消沈した後は、身震いを見せる葦枝にも檄（げき）が飛び襲う。

「最後に投げた、あの棒球（ぼうだま）はなんだ……？」

「――っ！　そ、その……力んで、しまって……すみません……」

　やはり先ほどの本塁打を導いてしまった、真ん中高めの一球に対する意見だった。

　自陣の流れを止めないためにも、零（ゼロ）で抑えたい気持ちが招いた結果である。勝負心という点では過ちが感じられず、その想いを上手く伝えようと試みる。しかし、怒鳴られる恐怖が鮮明化していくことで怯えが止（や）まず、葦枝はハーフパンツを握り締めて身構えると。

「――力んだ？　ワタシには、気迫が全く籠（こも）ってなかったように見えたが……？」

「――ッ!!　……」

　目を見開き固まった葦枝も、今更ながら一球の内容に気づく。打者に運ばれたのは、力んで投じてしまった一球ではなかったのだ。

『打たれるのが怖くて、弱気で投げちゃった失投だったんだ……』

「……」

「勝負を恐れる者に、プレートを踏む資格はない。勝負はいつも、プレート上のピッチャーから始まるんだと、以前に言ったはずだぞ？」

「はい。覚えてます……」

「それができないなら、ワタシはお前を投げさせる訳にはいかない……」

　嶺里の隣で、揃って落胆を全面に現した葦枝。闘志の炎は既に鎮火し、煙も立ち込めないほどの弱呼吸だった。もしかしたら今後、親友の彼女とバッテリーを組めないかもしれないという邪念さえ襲い始め、一層顔色が悪くなっていく。

　そして最後にまとめるように、歌鋭子の針視線が、俯く二人に向かい出す。

「強気も弱気も、チームに伝染するんだ。能力以前に、気持ちも整っていないなら……二人で出直してこい」

「「はい……」」

　相変わらず顔を上げらず、弱音で返事した葦枝と嶺里。交代させられたことには納得せざるを得（え）ず、恐怖の代わりに絶望感を抱いて去っていく。

『『終わった……』』

『嶺里、葦恵……』

　雪菜も含め、三人で臨めると期待していた、本日の練習試合。それが今や、終了してしまったような錯覚が走る。内容と結果に見放される始末で、不本意な形で聞こえないサイレンが鳴った気がしてならない。監督から怒鳴られずに済んだことだけは、不幸中の幸いに思えるほどだった。

「葦枝、ダウンしよ……？」

「うん……」

　まるで敗戦したかのように覇気を消し、ベンチ外へ出ていく。希望を失った無明（むみょう）の瞳で、肩を冷ませるダウンキャッチボールを開始しようとした。

　しかし、そのときだった。

「おいッ!!　誰がダウンしろと言った!?」

　先発バッテリー二人の背が、歌鋭子の怒声に剛打される。先ほど呼び出された際には無かった声量で、怒りの気高さが随所に見て取れた。

　監督の逆鱗に触れてしまったのかと、葦枝と嶺里は怖（お）じ気（け）づき静止する。また雪菜も、恐れ多き監督の後ろ姿を凝視していると、背番号30の訴えが、燃え盛る情熱と共に公（おおやけ）に晒（さら）される。

「――ワタシは、出（●）直（●）し（●）て（●）こ（●）い（●）と言ったはずだぞ!!　それでもお前らはソフトボーラーかッ!!」

　本日極大値の咆哮が辺りに響き、葦枝たち三人はもちろん、三塁ベンチの部員らをも凍り付かせた。表情も眉間の皺が多く刻まれ、最後は先発バッテリーから目を反らし、腕組みで威厳を示す後ろ姿を見せられる。

　端から窺えば、単に怒りをぶつけた発言に聞こえるかもしれない。既に交代を終えた選手への不満に代わりなく、ついに見捨てたようにも見て取れるだろう。

『『『――っ！　監督さん……』』』

　しかし次の瞬間、葦枝と嶺里に雪菜は、大きく目を見開いて歌鋭子に焦点を集める。なぜ監督に怒鳴られたのか、そして“出直してこい”の真たる意味を察したからだ。ソフトボーラーならば誰もが知るルールを胸底で叫び、怒りの罵声ではなく気合いを煽る声援だと捉える。

『『『――再出場（リエントリー）！』』』

―――――――――――――――――――

　オフィシャル ソフトボール ルール 4-6項

　再出場　(リエントリー)

　1. スターティングプレイヤーは、いったん試合から退（しりぞ）いても、いつでも一度に限り「再出場」できる。ただし、自己の元の打順を受け継いだプレイヤーと、交代しなければならない。

　2. スターティングプレイヤー以外のプレイヤーが再出場したときは再出場違反になる。

　3. 再出場違反は、相手チームから審判にアピールがあったときにペナルティを適用する。

―――――――――――――――――――

　歌鋭子の言葉は荒く刺々しく、いつもの恐怖心を増大させるものではあった。だが、再出場（リエントリー）の権限を行使し、再び試合への出場機会を与えてくれると理解できる言葉尻だ。

　試合の結果と内容、それぞれ二点から見放されてしまった、葦枝と嶺里。その一方で悲しむ雪菜も顕在だったが。

『まだ監督さんは……』

『あたしたちを……』

『葦枝と嶺里を……』

『『『――見捨ててなんか、いないっ！』』』

「……嶺里。投球練習付き合って！」

　まずは葦枝が、ちっぽけながら勇気を震い立たせる。

「もちろんだよ葦枝！　切り替えていくよっ！」

　そして嶺里が快活に返答し、自信の笑顔で駆け始めた。

　葦枝と嶺里の瞳には光が甦（よみがえ）り、メジャーと簡易ホームベースで作られたブルペンに向かった。試合開始前と同様に、一から肩を作り直し、ペースを早めて投球練習に専念する。

『『――だって、まだ終わってないからっ！』』

『よかった……。嶺里、葦枝、ガンバっ！』

　熱が復活したバッテリー二人の様子を、雪菜もベンチ端で安らかに見つめていた。視界に入る歌鋭子の表情は、未だ険しさが窺えたが、ふと横目に動いた途端、静かにため息を溢（こぼ）す。

「……ったく。生真面目というか、弱気というか……呆れたバッテリーだ……」

「監督さん、ありがとうございます！」

　雪菜の唐突な感謝の申し出に、振り向いた歌鋭子は瞬（まばた）きを示す。しかし意味を察したように鼻で笑み、試合進行中のグランドへ視点を変えた。

「似てるんだ……呉沼は、昔のワタシとな……」

「よ、葦枝が？　監督さんと？」

「梟崎……」

「は、はい！」

　どうも気になる台詞（せりふ）だったが、歌鋭子の話題転換に返事をした。換わった一年生バッテリーが、安定した守備展開を繰り広げている一方で、スコアラーの雪菜は思わず筆を停めることになる。

「次の守備の回から、お前もファーストで出させてやる。この回が終わったら、臨める準備をしておけ」

「えっ！　でも監督さん……」

　本日はチームのサポート役を任されていただけに、雪菜は不意に立ち上がってしまう。試合に出場機会をいただけることは嬉しいが、予想外の言葉でもあった。

「スコアなら、ワタシも書けるから気にするな。……フフ、それとも……」

　なかなか頬を浮かさない歌鋭子だが、雪菜は確かに微笑みを目視できた。すると表情を保ったまま目を合わされ、穏やかな音色で紡がれる。

「――お前は（●）、守備をしたくないか……？」

「――っ！　……フフ、はいっ！　喜んで守ります！」

　雪菜の魂にも元気が芽生え、眉間の皺が消え去った。何気ない歌鋭子の易しさに気づけたからだ。叱る意味も一切含まれない、ちょっとした言（こと）の葉（は）たちから。

『――左利きのうちでもできて、葦枝と嶺里を一番近くでも見れる内野……それがファースト。監督さんは、うちらの絆だって、見てくれてたんだ！』

「監督さんて、恐いのか優しいのか、よくわかりませんね」

「フッ。優しさなんて、備えた覚えはない……」

「そう……ですね」

　その後の台詞は、心の中だけで呟くことにした。部の監督並びに生徒指導担当の歌鋭子に、少し頭を下げた敬意を評して。

『――備える必要が、ないってことですもんね！』

――コーン……。

「ア゛ッ!!　ヤバッ……」

――「アウトッ!!」

「うぅ……唯先輩みたいに打てなかったっす……」

　試合展開も徐々に進み、筑海の選手交代から先頭左打者――星川美鈴は打ち損じのセカンドフライ。これでツーアウト。

「燃えろ～きらら乙女にゃら～。ここで一発、き！　ら！　ら！　にゃあ!!」

――「ストライク!!　バッターアウト!!」

「おかしいにゃあ。この曲を歌えば、レフトスタンドに行くはずなゃのに～……まあ良いにゃあ!!」

　そして六番右バッターの植本きららは、とあるプロ野球選手の応援歌を口ずさんで挑むも、結局三球三振。存在感だけを残して、ベンチに堂々と戻っていった。

　五回表の守備が、何とか終わりを迎えることができた。攻守交代の駆け足がグランド中に響き渡るが、主に笹浦二高勢が音域を占めている状況である。

　嫌な流れを絶ち切りたい側の、筑海高校女子ソフトボール部。

　五回裏の攻撃は、七番からの下位打線スタートで、得点には結び付きにくい打順と言える。しかし三人の部員だけは、流れに背（そむ）いて身体を動かし、燃える汗を煌めかせていた。

「どうかな嶺里？」

「ナイスボール！　さっきよりずっと増し！　その調子だよ葦枝！」

「嶺里も葦枝も、ガンバりなさいよ！」

「ありがと、雪菜！　ぅちも、ガンバるから！」

　勇気と絆、最後に熱意を加わった三人が練習する一方で、練習試合は五回裏に入り込む。

―――――――――――――――――――

　　　一　二　三　四　五　六　七　計

笹二｜１｜０｜２｜０｜２｜　｜　｜５｜

筑海｜０｜０｜０｜１｜…｜　｜　｜１｜

ランナー無し

　Ｂ○○○

　Ｓ○○

　Ｏ○○