十一球目◇伝統の一戦、開幕ッ!!◆
①清水夏蓮パート「……っ! 筑海高校」
◇キャスト◆
筑海高校女子ソフトボール部のみなさん
―――――――――――――――――――
朝の七時を回った、練習試合当日。
魅惑の桜木も健気な緑に染め替えた、四月下旬の日曜日。普段道路を占領する自動車はごく僅かで、交通量の多い笹浦市には
「みんなぁ~! 終わったら教えてね~!」
そして今、笹浦市の中でも広大に
『みんな、ちゃんとやれてるかなぁ?』
レフト線の
まず進む三塁付近には、
「……ゆ、唯先輩……今朝は、すみませんでしたっす……」
「気にすんなよ美鈴。集合時間に間に合ったんだから、結果オーライだ」
ふと聞こえた、ため息混じりの美鈴と苦笑う唯の会話に、夏蓮も
どうやら今朝、美鈴は先輩の唯にモーニングコールを頼まれたらしい。ところが彼女は午前四時の未明に訪れたようで、さすがにインターホンを鳴らす訳にもいかず、陽が射すまで玄関前に待っていたという。
「きららもビックリしたにゃあよ。ミスズン玄関前で寝てるんだもんにゃあ……。真冬じゃなくてホントに良かったにゃあ」
「うぅ……ちょっと目を
その後五時半前に到着したきららに発見され、結局美鈴はモーニングコール担当のはずが、逆に起こされる側になってしまったのだ。
「ホントに、失礼しましたっす……」
「だから気にすんなって。へへ。それに、美鈴の寝顔かわいかったぞ」
「かっ……かわ、いい!? ゆ、ゆゆゆゆ唯先輩が今うちのこと、かわいいって……」
「にゃあ゛ミスズン!! 線が曲がってるにゃあ!!」
『美鈴ちゃん……なんてわかりやすいんだろ……』
唯の何気ない優しさが心に刺さったのだろう。顔を真っ赤に染めた美鈴は、自身が引いたラインの如く震えていた。もちろん緊張ではなく興奮が原因で、少々にやけた純情乙女の表情が、夏蓮にもよく伝わった。
波乱の三塁を越え、咲が待つ芝生レフト先端までたどり着く。すると次に夏蓮は、ライト線に続く外野フェンス位置を
「よしっ! これでセンター通過!! 夏蓮あと半分だよ~!!」
「……え、あ、うん。咲ちゃんも中腰で辛いと思うけど、ガンバってね!」
「へへ~! この咲ちゃんに、お
少々間を空けて返答したが、元女子バレーボール部の頼もしい背を追いながら、夏蓮は残る
「さすが夏蓮!! あとはライト線だけだね」
「……う、うん。……それにしても~……」
「ん? どうしたの? さっきからボーッとしてない?」
最後のライトからホームまでのラインを残し、額を拭った夏蓮は停止した。決して疲れた訳ではなく、安息を足したかったからでもない。なぜならフェンスラインを辿っていた際からずっと、ピッチャーズプレートより耳を襲う罵声が終始聞こえていたからだ。
「叶恵ちゃん、たいへんそう……」
先ほど咲への返事が遅れた理由もあって、夏蓮は投手板へ細目を飛ばした。するとそこでは、
「アンタ!
「もちろんだよ!! 二メートル四十四センチ!! 今回は自信あるよ!!」
「ったく……なんで“2”と“5”を間違えんのよ……」
会話から推察限り、どうも叶恵は二度手間をくらったようだ。恐らく信次の見誤りで、“2.44m”ではなく“5.44m”を描かされたらしい。足で
「いや~、逆さまの状態で見てたからね。ゴメンゴメン」
「逆にしても“2”は“5”にならないわよ!! 数字音痴かッ!!」
「そうなんだぁ! さすが理系の月島だね!!」
「文理関係ねぇわッ!!」
「叶恵ちゃんの肺活量って、ホントにスゴいよね……」
「でも、アタシには楽しそうに見えるよ?」
「そう、なのかな……?」
少なくとも夏蓮には、叶恵はひたすら怒っているようにしか見えなかった。彼女のツインテールも今に逆立ちしそうで、轟く罵声はもう
とはいえ頭を切り替え、夏蓮は残るライン線を引き始めた。ホームベースで待つ柚月へ、再びメジャー先端を固定した咲に背を向け進む。ラインカーが芝と土の切れ目で揺らされたが、その後も安定感を意識しながら、通過点の一塁付近まで辿り着く。
『ふぅ……あ。
ソフトボール特有のダブルベース上でラインカーを上げ移した後、夏蓮は次に一年生の三選手――
「……ふぅ~、出来上がりデス! 菫!! 凛!! こちらファーストはOKデスヨ~!! 流れに
「早いね~! あたしももう少しでショート終えるから~! 凛はサードどう?」
「……」
御三方の順調に進んだ姿からも、一見平和な様子が、内野各ポジションから窺えた。が、鼻唄と共にセカンドを整備し始めたメイの一方で、ショートの菫の元に凛が近寄る。どこか苛立ちを見て取れるつり上がった目付きで、トンボを勢いよく地に降り下ろした。
「り、凛……?」
「ねぇどうして二人きりじゃないの? ねぇどうして二人きりじゃないの? ねぇどうして二人きりじゃないの? ねぇどうして二人きりじゃないの? ねぇどうして……」
「……掘れてる掘れてる!」
『凛ちゃん的には、菫ちゃんと二人でやりたかったんだね……。でも……なんか怖い』
無限に繰り返す言葉の数だけ、凛は同じ箇所を強く均した。仲良しとはいえ、割って入ってきた新入生が原因で生じた
楽しげなメイを一人取り残し、離れた夏蓮も苦笑いを浮かべて凛をを見つめる。どうか三人いっしょに仲良くなってほしいと願いながら、あとは一年生で中心的立ち場の菫に任せることにした。
『いつか一年生みんなも、揃って親友だって呼び合いますように……』
様々な心情と状況に別れた、笹浦二高のグランド整備。しかし完了も徐々に近づき、担当場が終了してベンチに戻る少女も現れた。チームで初のグランド作りに関しては、オフィシャルルールに
一塁線に平行したスリーフットレーンも描き終えた夏蓮は、柚月と咲が集まった、最後に残る作製箇所のバッターボックスへ歩む。こちらのラインを記せば、
「ヨシッ!! カンのぺキ!! どう柚月!? アタシスゴいでしょ!!」
「咲、曲がってるわよ……」
「えぇ!? どこが!?」
すでに咲がラインカーで作製していたが、柚月の意見で振り返り、自身が辿った白線を悩ましそうに見つめた。
離れた夏蓮から見ても、決して下手とは言い難い咲の作品。しかし、唯一ジャージ姿なマネージャーの手厳しい観察によれば、長方形の打席は台形に偽造されていると証言する。呆れた様子で低い腕組みを見せ、背を丸めるため息を溢していた。
「もぉ咲ったら~……。こういうセンス無いんだから」
「いや~、それほどでも~!」
「……咲を褒めた要素、明らかに無かったわよね?」
「まぁまぁ! 小さいことは気にしないタイプなので~!」
「はぁ……」
頭を掻いて嬉しがる中島家の長女とは対照に、篠原家の末っ
「ま、まぁ咲ちゃん柚月ちゃん。ここも
「オォ~夏蓮!! 始める前から待ってました~!!」
「始める前からかい……」
自力で完成させるつもりなど、最初から無かったに違いない。咲の背後を冷徹に睨む柚月も気になったが、夏蓮は苦笑しつつも代わってラインカーを握る。小さな身体を前傾させ、少しずつ丁寧に記し進む。
「ラインの引き方のコツはね、まず絶対に下を見ないことなの。あとはラインに
進行中の夏蓮がそう告げると言葉通り、白線は優美な直線を放つ。また右打席も同じく
「ふぅ~。大丈夫、かな?」
「夏蓮さっすが~! ブラボー!!」
「エヘヘ。控えだった分、グランド作りはよくおじいちゃんに頼まれたからね。慣れてるの」
早速咲からニコニコ拍手をいただき、夏蓮にも微笑みが渡る。どうも目前で
小学生当時所属していたソフトボールクラブチーム――笹浦スターガールズ時代では、万年控え選手だった夏蓮。しかし、同時に監督でもあった祖父――
「いや~やっぱり夏蓮はスゴいよ!! 柚月もそう思うでしょ?」
「そりゃあもちろんよ~」
特に夏蓮のライン引きは器用で、チーム内外でも才能を認められたものだ。いつしか皆からは、グランド整備の達人、器用な乙女、ライン少女夏蓮ちゃんなど、数々のユニークな褒め
「
「そう呼んでたのは柚月ちゃんだけだったでしょ!?」
中でも柚月が勝手に付けた渾名には、夏蓮は今でも腹立たしい思いだ。バカにしているとしか、このドS御嬢様からは考えられないからである。
「まさか~!
「ほらぁ! やっぱりバカにしてるぅ! 柚月ちゃんのイジワル!」
柚月のテキトー過ぎた受け答えを目の当たりにし、夏蓮はさらにヒートアップした小顔を膨らませた。小学生当時と相変わらぬ女王様の
「フフフ! あ~愉快愉快!」
「もぉ~……」
「あのさ、柚月、夏蓮……?」
すると、一人声の色を変えた咲に、夏蓮と柚月は振り向いた。早速背番号“2”を掲げた
「咲ちゃん……っ! もしかして……」
「うん……」
背からでも伝わる親友の思いを察し、夏蓮は尋ねるもすぐに頷き返された。柚月の表情も暗めに
「
もちろん、忘れていた訳ではない。
考える分だけ生まれる不安が、胸中で重なり続けることを恐れていたからだ。グランド整備に専念したり、部内それぞれの賑やかなメンバーを窺ったりなどをして、あえて直視を控えた行いこそ事実である。
『でもやっぱり、気にしないなんて無理だよ……。梓ちゃんは、
せっかく灯されていた微笑みは消え、三人揃って
ソフトボール場に到着した今朝には、信次からは頼もしげにこう伝えられたのだ。笹二ソフト部入部に前向きになってくれた梓は、本日必ず来てくれると。
しかし現在、梓の姿はどこにも見当たらない。
試合用ユニフォームを渡しに向かった昨晩では、信次が梓の説得に成功したとも告げられた。集合場所と時間も本人に教えたようで、自信を表す笑顔と胸の張りさえ放たれたほどだ。
それでも、梓の気配は四方八方どこからも感じられなかったのだ。
『梓ちゃん……今、どうしてるんだろう……?』
大きな期待を抱いた想いに比例し、叶えられない現実が重く苦しい。梓の来訪を決して諦めたつもりではないが、夏蓮はただ心苦しかった。無論、咲と柚月も同じ心持ちのようで、眉間の
「せっかく梓のために、キャッチングの練習したのに……」
まずは、得意の元気が皆目見当たらない、入部当初からキャッチングの練習を試みてきた捕手の咲。
「やっぱ、背番号が原因かしら……?」
次いで、普段のドS的性格が
「梓ちゃん……せっかく、
そして、キャプテンらしからぬ弱々しさを秘めながら、本人に渡したい“ある物”を呟いた主将の夏蓮。
梓を待つ気持ちの巨大さは、やはり三人とも同じだった。昨日のミーティングを窺った限りでは、他の部員たちだって待っているに違いないが、人一倍登場を待つ夏蓮たちの
桜の花びらは全て散り、新たに生ま育った緑葉たちが、穏やかな春風に吹き揺れる。カサカサと音を立てて存在を示し、始まりの陽気に照らされていた。
「……っ! 筑海高校」
公園入り口から騒がしさを感じた夏蓮は顔を上げると、バスから降りて荷物を運び走る集団――筑海高校女子ソフトボール部が目に映る。チームカラーのオレンジユニフォームを纏い、
「あ、
すると整列端には、筑海高校主将且つ、笹浦スターガールズ元キャプテンでもある同級生――
「笹浦二高さんに脱帽!! お願いしますッ!!」
――「「「「お願いしますッ!!!!」」」」――
主将の穂乃に続き、筑海ソフト部のけたたましい挨拶劇が
「ふ、ふわぁ~……す、スゴい迫力……」
「ほら夏蓮。
「柚月ちゃん……う、うん」
すると隣の柚月に小さな背を押され、夏蓮も部員皆に向けて声を張り上げ挨拶に試みる。
「み、みんなぁ~!! だ、脱帽ッ!!」
未だ慣れない大声は震えに震えていたが、主将として覚悟と自信を宿し、笹二色の青いサンバイザーを取り外した。
「気をつけェェ~!! れ、礼ッ!!」
――「「「「おねがいしまァァァァスッ!!!!」」」」――
十人十色の女声と、顧問の男声パートで奏でられ、無事にチーム同士の挨拶を終える。迫力で言えば劣っているかもしれないが、元気だけは新チームらしく負けていなかった。
すると筑海高校選手たちは早速動き出し、三塁側ベンチへ駆けていく。芝生に敷いたブルーシート上でエナメルバッグを開け、個々人の用具を取り出す。またチーム全員共有で使用するバットやヘルメットも
「……」
「ん? 夏蓮どうしたの?」
テキパキとした筑海高校を漠然と見つめるながら、夏蓮は右隣の咲に言葉を漏らす。
「……いや、穂乃ちゃんと目が合ってね。何かお話しようかなぁと思ってたんだけど……」
そうな
『穂乃ちゃん……スゴいな……』
ソフトボール場に来てから五分も経たぬ内に、練習に臨もうとレフトに部員らをまとめた、筑海高校主将――花咲穂乃。
元は同じチームで活動し、困ったときは互いに励まし合った仲でもある。しかし、現在の穂乃には他人と思える印象も否めなかった。決して彼女の姿に嫌気を覚えた訳ではないが、一人遠くへ行ってしまったような
『喜ばしい再会とは、いかないのかな……?』
「ねぇ夏蓮。
心の中で寂しさを表明した夏蓮だが、今度は左隣の柚月の呼び掛けに渡る。目は合わなかったものの、現在はマネージャーとして生きる親友の真剣たる横姿が、目の前から直に窺えた。
「柚月ちゃん……」
「いくら旧友だと言っても、今の穂乃は対戦相手よ。
「う、うん……」
「柚月の言う通りだよ。今は穂乃と戦うことを考えよ?」
「咲ちゃん……」
柚月に代わって、再び右の咲が逞しい横顔で語る。同じように眉を立てた表情だが、彼女らしい光る微笑みを宿しながら。
「穂乃との思い出話は、試合が終わってからにしようよ? きっとその方が、今よりずっと盛り上がるからさ!」
「今、より……っ! ……うん!」
その瞬間、落ち込み気味だった笹二キャプテンの表情に、
『――梓ちゃんが来て、みんなが集まったときにお話しよう!』
グランド整備で舞台は整い、筑海サイドの如く、笹二ソフト部も試合前練習に出向く。新チーム初の試合は期待や不安の両極が混在するが、今己にできることへ身を捧げようと、魂に誓ってみせた。
「みんなぁ! 集合ォォ!!」
――「「「「シャアァァァァア!!!!」」」」――
突き抜けた一声を武器に、夏蓮は部員らとライト線に沿って整列した。ただ今同じ大地に立つ、新たなる最高の絆で結ばれた仲間たちと共に。
「グランド挨拶!! 気をつけェェエ!! 礼ッ!!」
――「「「「おねがいしまァァァァスッ!!!!」」」」――
まずはランニング。次に準備体操。やがてダッシュメインのサーキットメニューを経て、キャッチボールへと移行していく。その中で夏蓮は特に、前を見続けながら行っていた。
きっと来てくれるであろう、十一番目の仲間の登場を信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます