⑥舞園梓パート「ひ、人……?」
◇キャスト◆
―――――――――――――――――――
僅かな春風で散り行く、遠方の桜木にも見つめられたこの暗所では、ずいぶんと長い間衝突音が連続していた。
――バゴンッ!!
「クッ……」
「ヨシッ!! 左右はオッケー!! あとは高さを調節すればストライクだよ!!」
叫び
「――ッ!!」
――バコンッ!!
ヒヤリと驚いてしまった梓のネクストボールは、右バッター腰付近へのデッドボールコースだった。仮に信次が当初の右打席のまま構えていれば、間違いなく直撃していたことだろう。
跳ね返ってきたボールを拾うことに辛さを覚え、梓は歯軋りを地に向けた。クセ気味ほ前髪で隠れた瞳にも、確かに絶望の暗雲が戻りかかる。
『やっぱ、もう
信次を立たせてからは、少なくとも百球近くは投げ込んだことだろう。しかし、スタミナ切れという疲労は皆無だった。
ひたすらに苦しかったのだ。フラッシュバックする六年前の左打者に耐えても、全くストライクが入らない己の弱さを痛感して。
ふと頭上に下り電車が通過していく頃、また思ってしまう。
『もう、無理なん……』
「……よし!! 高さは大丈夫だ!! 次はコースを意識だね!! もう一球!!」
「――っ!」
再び諦めかけた刹那、梓の心の言葉尻が信次に被せられた。まるで胸中を見透かされたようなタイミングで。熱心から放たれた、電車音にも負けぬ大声のはずなのに、程よい温かさを感じさせる。
「せ、先生……」
「大丈夫大丈夫! さぁもう一球!!」
これで何球目なのか、これで何打席なのかなど、信次はもう答えなかった。ただ応援ばかりを繰り返し、梓にボールを拾わせ続ける。
一人の明るい笑顔が
――トッバコンッ!!
「ウッ……またワンバン……」
信次の応援を受けても、やはりストライクは入らなかった。投げる度に悔しさと無念が蓄積し、やがて自身への失望感に変わり、幾度となく心的ダメージが深まるが。
「ドンマイドンマイ!! さぁ次次~!!」
投げ抜いた球数の分だけ、信次の声援も梓に届けられた。伝えられた内容は何とも素人顧問らしい根性論で、投げ方の改善案など一切含まれていない。
しかし、何度も
――ボンッ!!
「クッ……また高い……」
「まだまだこれからだよ! 次いってみよう!!」
壁への投げ込みはまだまだ継続し、桜の花びらも舞い照る線路下で奏でられた。響く衝突音と小さな
しかし……。
――ゴシュッ!!
「ウ゛ゥッ!!」
「――ッ!! 先生!!」
危惧していた事態が、ついに起きてしまった。梓が投じた全力ストレートが、信次の右脇腹に刺さったのだ。
「先生!? 大丈夫ですか!? け、怪我は……?」
「……へへっ、ナイス、ボールだね……舞園」
「な、何おかしなこと言ってるんですか!? 正真正銘の失投ですよ!」
信次からは苦くも笑みを放たれ、どうやら怪我までに至っていないことが観察できる。が、脇腹を強く離さない姿と
『また、傷つけてしまった……』
これまで以上の罪悪感が目覚め、梓のしかめた顔が落ち込んでいく。今更ながら、なぜ途中で信次との勝負を
『ホントに
疑問符が付かない、反語的思想だった。もうソフトボールをやってはいけないと言い聞かせてきたのにと、握り締めた拳で自暴自棄に走りそうだ。
一方、痛みに耐え何とか立ち上がる信次の姿が、上がった
「フゥ……今、身体に当たってやっとわかったよ、舞園。君のボールには、こんなにも熱い魂が込められているんだとね。……よしっ! ボクは大丈夫だ!! さぁ! 再開しよう!!」
前向きな輝きは、目の前より向けられたが。
「もう、いいんです……」
「え……」
黒影に染まった表情は、上がらなかった。
「これだけ投げても、当ててしまうんだ……。もう思い残すことはないです……。むしろ、ここまで付き合ってくれて感謝です。ありがとうございました……」
小さな御辞儀しかできないほど、照らしきれない絶望に心が飲み込まれる。
「舞園……」
「
投げる気力も失い、信次へ見せた闘志も無い。
「……そういえば
「じゃあ
長い付き合い人の
「先生、もう帰りましょ……」
小さな歩幅で少しずつ、背後の信次と距離が生まれていく。
『やっぱり、無理なんだ……』
下を向きながら歩いているせいか、幾度と無く投げ続けた投球場の穴が、視界が悪いにも関わらず良く目に飛び込んできた。プレートが無いはずなのに、幻覚として現れそうなくらいに。
『でも……もういくらやったって、無理なんだよ……』
落胆の角度が大きすぎる故に、涙も込み上げてこなかった。長髪で隠したきた諦めの背を、努力を積み重ねた投球場にも見せようとしたときだった。
「じゃあ、清水たちとの約束は、どうなるの?」
「――っ! ……」
静けさに包まれた少女の背に、珍しく低い男声が当てられた。歩みを止めて振り向いた梓には、いつしか微笑みを消した信次が目に映る。童顔でも少年の
「みんなでプロを目指してガンバる……。その約束は、舞園は守らないのかい? 君たちの言う、最高の絆っていうのは、こんなにも弱々しいものなのかい?」
六年前に結んだ、四人による最高の絆。それは小学生のとき、
「でも……もう見てわ゛かったでしょ!?」
普段は落ち着いた寡黙な梓だが、ついに目頭が熱くなり
「もう
ポツリポツリと少しずつ湿っていく足元の地に、思いっきり声をぶつけた。情けなさから発展した八つ当たりだと言われても仕方ないが、すでに心のゆとりも皆無である。
「これじゃあみんなのことなんか、引っ張れやしない!」
経験者だと期待されても、きっと応えられないだろう。ストライクもろくに入らないピッチャーなのだ。
「
思い通りに投げられない、イップス投手そのものなのだから。
「……グズッ、どうしようもない……役立たずなんだよ゛ォ!!
もう誰も、傷つけたくない。自分のことで、誰かに迷惑を掛けたくない。その一心の重さに堪えられず、梓は乗り越えられそうにない絶壁を前で、両膝を地に落とした。
「もう、どうしたらいいのか、グズッ……わかんないよ……」
無情にも、梓の涙は月明かりに照らされていた。汗に混じって次々と流れ出る
どう
「ねぇ、舞園……?」
「グズッ……」
呼吸の荒さで返事ができなかった梓だが、落とした視界に一人の革靴が入ったことで、ほんの僅かに視線が上がった。すると脚主はやはり微笑みを掲げた信次のもので、すぐ前方で静かにしゃがみ、目線を合わされる。
「グズッ……先生……?」
「舞園……あのさ、“人”っていう字を、書いてくれないかな?」
「ひ、人……?」
目の前の高校現代文教諭から優しく告げられたのは、小学校低学年でも習う、“人”という漢字の書き取りテストだった。
「……な、なんでですか? 支え合ってるとか、ベタなこと言うんですか?」
「まぁ良いから良いから。
「だ、騙されたって……」
今年新任教諭としてやってきた担任の脳内など、見当が着かなかった。しかし、暗闇に迷う梓はとりあえず信次に従うことにし、大地へ右人差し指でそっと刻んでみる。
「舞園って、書くのは右利きなんだね」
「小さいときに、矯正されたし……はい」
「ありがと……うん、払いも良くできて、とてもキレイだ!」
信次も褒め称えた、梓の“人”の字。上から左下へ斜めに下り、
「うん、ホントに良く書けてる」
「せ、先生? これがどうか、したんですか……?」
梓には視線が向かわず、信次は
「舞園は
「え……?」
先ほど梓が思っていた推察とは、真逆の見解だった。なぜか現時点を意識させる一言には不思議だったが、信次の目は決して“人”の字から離れず、彼なりの解説が更に述べられる。
「ボクにはね、片方が一方的に、寄りかかってるようにしか見えないんだ……」
信次の言葉から察した梓は、落ち着いてきた瞳を凝らし、“人”の一画目に置く。一字一字を個人として例え、微かに喉を鳴らす。
「倒れそうな一画目を、支えてる……」
「うん。人間の真ん中にある胸……
重さ故に膨らんだ一画目の中央部――人間でいう胸部であり心を、二角目が
「人ってね、常に誰かに、頼って生きてるんだよ。支え合ってるんじゃない……。皆誰もが、誰かに支えられているんだ」
胸に秘めた心を、常に他者へ預けている。重荷ほど、一人では抱えてはいけないのだ。
それが、高校現代文教諭の解釈で、地に言葉の音として
共に“人”を見下ろす梓も、沈黙に包まれながら脳裏に記載していた。すると、左肩に温度を保った手のひらの感触を覚え、迷っていた瞳が信次の光る目と交差する。
「――だから頼っていいんだよ? 舞園だって、人なんだから」
「――っ! ……」
正面の信次に置かれた右手の温かさを感じつつ、梓は改めて考察することができた。書かされた“人“の意味を。そして、支えられている一画目の正体を。
『――頼っていい……。挫けそうな一画目は、
恥ずかしいあまり、声に出すまでには至らなかった。ただ信次の前向きな微笑みを覗き続け、雲間から溢れる月明かりを真に受ける。
「ねぇ舞園。責任感の強い君にこそ、ボクから言いたい言葉があるんだ」
「言いたい、こと……?」
立て続けに、目前の担任から贈り物が届けられる。思い返せば当初は、告げたいことがあると急ぎ参った担任だ。左肩から離れた右手を、今度は彼自身の胸に置いて紡ぐ。
「誰かに迷惑を掛けたくない気持ちは、正直ボクにもわかる」
命と心を与えられた人は、この世に誕生した時点で、常に他者から頼りを求めている。
「でもね、誰にも頼らないっていう考えに、責任感を置いちゃあいけないよ?」
しかし、自立精神を宿し生きる人の様は、どこか孤立とよく似ている。立派だと捉えられる表現なのだが、なぜか寂しさが否定できない。
「大切なのは、相手に迷惑を掛けた後に、相手にどう恩返しするか……。そこに、責任を感じるべきなんだ」
もしかしたら自立とは、責任感が勝手にもたらした、
「誰かに頼って……今度は自分が、誰かに頼られる。それで初めて、人の間には、信頼と呼べる接点が生まれるんだ」
命だけだなく、心も備えた生き物――人間として。
「――だからボクらは常に、孤立でも自立でもなく、共立を望むべきなんだよ。人が支え合ってるって言えるのは、いつか舞園が二画目になってからの話さ!」
「――っ!」
頼る一画目と、頼られる二画目を経て、“人”の字は初めて成り立つ。たった二画で、一作の物語を描くように。
「せ、先生……」
ニッコリと放つ信次に、梓はただ茫然と見つめ返すことしかできなかった。初めて言われたからかもしれない。誰かに頼ることが、決して悪いことではないのだと。
『チームのエースとして、みんなを引っ張っていくことが普通だったのに……。今度は引っ張られてるんだ』
僅かな春風に乗る桜の花びらを背景に、梓の瞳は徐々に開けていく。潤みでより揺れた輝きが増し、ふと立ち上がった信次を見上げる気力も戻っていた。
「さぁ舞園、再開しよう! 君を待っている、みんなのために。そして人一倍君を待っている、最高の絆で結ばれた仲間たちのために!」
梓を取り巻く関係者に、最高の絆と約束を結んだ三人に応えるべきなのだ。それ自体が、本来抱くべき責務だったのだから。
“「――アタシたちってさ、最高の絆で結ばれた仲間たちだって思うんだ!! アタシに梓に柚月に夏蓮!! だからアタシも、この四人で一生ガンバりたい!!」”
『咲……』
“「――
『柚月……』
“「――最高の絆で結ばれた仲間たちなら……四人いっしょなら、大丈夫って、ことだよね!」”
『夏蓮……』
六年前の三人に掛けられた言葉を思い出し、梓もゆっくりと立ち上がる。信次がすでに左打席に帰っていることを確認すると、拾えずにいたソフトボール三号球を拾い、もう一度投球場に
「いいかい舞園!! 君が正面から見てる壁は、確かに高くて険しい絶壁だ!!」
足場を掘ってセットに入る頃、左バッターの信次が
「でも分厚さなんてわからないはずだよ!! 君自身の不安が、勝手に分厚いと感じさせてるだけなんだ!!」
瞳を閉じた深呼吸しているせいか、梓は信次の大声で、“13.11m”の投球距離も忘れる錯覚が走る。すぐそばで放たれているかのように。
「――だからこそ、乗り越えられない壁なら、ブチ抜いてやればいいんだよ!! 君の熱い魂が籠ったストレートなら、絶対にできるから!!」
その一言をきっかけに、梓は開眼する。それはこの練習場でよく放ってきた、真剣さ故に鋭く尖った、蒼き炎さえ垣間見える瞳だった。
『ねぇ、先生……?』
覚悟を固め集中した少女の、ウィンドミル投法が始まりを迎えた。ボールを握った左手を落とし、左
『ゴメンなさい……。これからまた、迷惑を掛けると思うから、先に謝っておく』
上体が前屈みになれば、溜め込んだ体重移動を活かすべく、左足裏で
『まず
右足が宙に舞うと共に、左腕を風車の如く旋回させる。強靭な筋肉だけだでなく、
『――先生から、頼らせてもらうから!!』
半身の体勢で地に着地し、梓は左腕のブラッシングに、腰の切り返しも加えて投球を試みる。
『行け……』
まずは親指を離し、人差し指と中指で、投球ギリギリまで触れ続ける。
『いけ!』
持ち合わせた全ての力を指先から注ぎ込んだことで、
『――イッケェェェェエェェエ゛ッ!!』
ひたすらに真っ直ぐ、梓の全力は空気を切り裂いて進んでいく。シュルルと音を叫びながら、流れ星の如く
その結果は……。
バゴォォンッ!! ……。
「「――っ!」」
接触音が山彦のように何度も響き渡る中、投打者の二人は揃って驚きの結末を目にした。
「舞、園……」
「う、そ……」
あまりの驚愕で片言な二人である一方で、百球近くも投じたことで汚れたボールの跡は、明確に壁へ刻まれていた。突如射し込んだ月光も認めるように壁を照らし、投球結果を世界に報告する。
――ど真ん中の、正真正銘なストライクであると。
「は、入ってる……」
「……ヨッシャー!! 入った入ったァ!! 入ったよ~舞園!! やったよォォ!!」
現実味が帯びず固まった投手と、自分のことのように大歓喜する打者。もちろん梓は、喜びではなく驚きを胸に、ふと自身の左手を眺めてみる。すると人差し指の先には、何球も投げ込んだことで生じたマメが赤く腫れていた。
苦い経験を撃ち破り、重層的な努力で成し遂げた
「……」
「やったやったァ!! バンザーイ!! バンザーイ!!」
「ありがと、せんせッ……」
夜空の雲は晴れ、月明かりで照らされた夜桜が、笹浦市の町並みに還る。
「舞園?」
「グズッ……ありがと、先生ィ……」
今度は心の痛みではなく、心からの嬉しさで流れ出た涙も。
「グズッ……ありがと、ありがと……」
「舞園……ボクは立ってただけで、何もしてないよ。舞園自身が、撃ち
その晩、梓は久方ぶりのストライクを放ることができた。フラッシュバックも訪れず、勇ましさだけを胸に抱に、永年立ちはだかっていた大きな壁を破壊したのだった。
◇梓の壁――ソフトボールへの責務◆
「ただいま……遅くなってごめんなさい」
時刻は七時半を示す頃に、梓は帰宅した。泥ついた運動靴を脱いで上がると、リビング奥からはまず母の
「おかえりなさい梓。着替えてご飯にしましょ」
「梓、ご飯の準備は父さんたちでやっておくからな」
「うん、ありがと」
母と父の穏やかな表情につられ、梓も頬を弛ませて答えた。
向かった自身の二階部屋にはベットのそばに一枚の窓、制服や紺メインの私服が仕舞われたクローゼット、そして整頓された本が並ぶ勉強机が立ち、とてもシンプルな空間で着替えを始める。
「……よしっ。あ……」
着替え終えるもふと気づいた梓は、部屋のドアではなく勉強机に向かい、机上に置かれた写真たてを手を伸ばす。それは六年前、笹浦スターガールズ時代に全国大会出場を決めたときの写真で、当時キャプテンの泉田涼子に撮られた一枚だ。夏蓮と柚月に咲、そして梓自身が夕日に染まった笑顔で写っている。
『明日、楽しみだな……』
思い出写真を見ながら、少しの間静止していた。
先ほど信次と帰る際に、明日の練習試合の集合時間も聞けた梓。誘われても断ってきた明日への迷いは失せ、今では早く行きたいと思うほど快活な気分に浸っていた。
「……あ、そういえば、先生またバッグ置いて帰っちゃったな」
――コンコン。
すると、梓の部屋にノックの音が響き渡る。ドアが開けられると、母の瑞季が、片腕に一式のユニフォームを抱えて入室する。
「これね、田村先生から頂いたの。背番号も着けておいたからね」
丁寧に畳まれた笹浦二高女子ソフトボール部のユニフォームが、ベッド上に置かれた。白地に青が走る、清廉潔白な軍服を。
「母さん、ありがと」
「明日、行くんでしょ?」
「……うん」
「よかった。見に行けないのは残念だけど、ガンバってね、梓」
「うん」
静かに笑みとユニフォームを残して瑞季が退出すると、梓は早速ベットに乗り、胸部の“笹浦二高”と書かれた文字に触れてみる。
『さすが柚月……かっこいいユニフォームだ……』
柚月がデザインした輝かしいユニフォームに、梓は一目で惚れ込んでいた。先ほどの写真を見ていたように、微笑ましく焦点を固定し続ける。
『背番号……そういえば、
不思議と思いだった梓はユニフォームをクルリと回転させ、背番号を確認した。すると背には、周囲を金の刺繍が施された青の数字――“11”が目に飛び込む。
『十一番、か……』
誰が決めたのは知らぬが、当時着けていた背番号“1”と似て、すんなりと受け止められた。一人じっと見つめる時間が続き、晩ごはんを忘れるほど見とれようとしていたが。
『ん? 十一番……?』
ふと目の前の数字に対し、投げ込みで疲れた梓の瞳が冴え始める。なぜだか、どこかで見覚えがあったからだ。ただそれは、あまり印象良いものではなく、次第に胃の荒々しさが生まれていく。
『……じ……十、一……ッ!!』
「――ウアァァァァア゛!!」
突如として、一人の少女の悲鳴が、舞園家中全域を襲う。また庭で横になっていたワン
「あ、梓!?」
「どうした!?」
父母も突然の出来事に心配になったためか、ユニフォームが投げ捨てられた梓の部屋に侵入した。今度はノックもせず、有頂天の焦りを全面にして。
「う……うぅ……」
「梓、大丈夫? どうしたの?」
尻餅を着いた梓は大きく震えていたが、瑞季に背中を
「――ゴメン母さん、父さん……。明日、やっぱ行きたくない……。」
「えっ?」
「ど、どうして?」
「お願いだからユニフォーム、
親友がデザインしたにも関わらず、床に投げ付けてしまったユニフォーム。一度は心から着用を望んだものの、恐れた梓は振り向きもせず、父母に持ち去ってもらうよう伝えた。
『お、同じだ……』
瑞季と勝弓と共にユニフォームが消えてもなお、梓は頭を抱えながら
『十一番……同じだ……』
全ては思い出してしまったことが原因なのだ。六年前の被害者である、デッドボールで負傷させてしまった左バッターを。本日ストライクを放った際には招かなかった、悲劇的ワンシーンに映った負傷者の背中を。
『――あの左バッターと、同じ背番号だ……』
運命がもたらした
それとも……。
信次の言葉に仲間たちの想いで、復帰しかけた梓。しかし、背番号“11”に希望の光が全てかき消され、今日までの六年間過ごしてきた、暗く重い孤独の夜を再度迎えることとなった。
『ゴメン、みんな……。やっぱり
確かに梓は、大きな壁を撃ち破ることに成功した。外の景色も見えるほど、力強い勇ましさを秘めて。だが彼女の足元には、壁の
両脚が震え
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます