③東條菫パート「き、共通点……?」
◇キャスト◆
―――――――――――――――――――
笹浦市に溶け込んだ、愉快な二階建て一軒家。
道路が見えない石の
「苺お姉ちゃん! いっくよ~!!」
「よしっ! じゃあ菫、わたしのここに投げてみな。ほら、椿も応援してあげて」
「ガンバれ~菫姉ちゃん!!」
ドッジボールやバレーボールにバドミントンなど、様々な球技で過ごしてきた東條家の
「すぅ~……ハッ!!」
――バシッ!!
乾いた音を鳴らしたグローブは微動だにせず、菫の直球が胸元に決まり、苺の表情が咲き笑う。
「ストラ~イク!! 菫ナイスボール! さすがボールスロー優勝娘ね」
「エヘヘ~! ちなみに、他の種目も一位だったよ!! シャトルランとか~持久走とか~、ちょうざ~……えっと~……あと幅跳びとかも!!」
体育でも大活躍な菫は長座対前屈こそ言えなかったが、運動神経に
「よしっ! じゃあ菫、もう一球ここに……」
「……おれもおれも~!! 投げさせて~‼」
言葉尻を被せた椿に突如、返球を奪われそうになり歯を食い縛る。
「ちょっと椿!! あたしが投げるんだから~!」
「菫姉ちゃんばっかズルいよ~!! おれも投げたい~!」
取り合いが始まってしまった
強く
「つまらないケンカはしない。わたしたち
「だって椿が~……」
「おれだって投げてみたいんだもん!!」
平行線が
「菫……悪いんだけど、椿に投げさせてあげて」
「えぇ~!? あたしも投げたいのに~!!」
「菫は椿のお姉ちゃんでしょ? だから
「……は~い」
納得など皆無なだが、苺の指示通りソフトボールを椿に受け渡した。すぐに少年の笑顔を受けたが、自分が投げたい気持ちが勝りそっぽを向いてしまう。
「よっしゃ~!! いくよ苺姉ちゃん!!」
「はいよ~椿。じゃあ、ここ!」
「必殺!! シャイニングソルジェントキャノン~!! エイッ!!」
「ちょっと椿! どこ投げてんの!」
姉の
「へへ~!! 見たか! おれのチョーファインプレー!!」
「……いや、大暴投だから」
「あたし取ってくる!」
「え、菫待って!」
今度こそ自分が投げてみせる。
待ちきれず駆け出し、庭から門へと急ぎ向かう。
「……っ! あそこだ!!」
「菫! 待ってってば!!」
苺の制止させる声も聞こえないまま、門のすぐ前で転がるボールが目に映った。早く投げたいの気持ちが加速ばかりに、さらにスピードを上げて門から跳び出したときだった。
――ブゥゥゥゥーーーー!!
『え……?』
あまりにも大きな轟音にはさすがの菫も振り向き、活発な足まで止められる。
『トラック……』
クラクション音だと気づいた頃には、大型トラックが目前まで迫っていた。ブレーキの摩擦音も鳴らされたが、停止する気配など全くないまま
『……』
心の呟きも、そして考えることも停止した七歳の少女。ただ
しかし……。
――トスッ……。
『へ……』
トラックより先に、背中には何かが当たった。
身体が
『――苺、お姉ちゃん……』
背後で姉の苺が右手を突き出し、宙を舞っていたのだ。ボールへ懸命にしがみつこうと飛び込んだ選手のようで、ファインプレー思わせる勇姿のワンショットだった。
トラックから地面へと衝突相手が換わった菫。もうじきアスファルトが全身に当たるところだったが、瞳だけは苺から離れていなかった。すると、恐く見えた姉の表情が突如弛み、ハの字な眉と小さな微笑みが表れる。
「――頼んだよ、菫……」
「苺お姉ちゃん!!」
「うわっ……いきなりどうしたの菫?」
「り、凛……」
叫んだ菫の目の前には、なぜか凛の驚いた小顔が現れた。
「あれ……どうして凛が、ここに?」
「寝ぼけないでよ。昨日泊めさせてくれたでしょ?」
「寝ぼけ……?」
不満気な表情に移った凛にも
いつもと変わらぬ和室。
平和そうに眠る子どもたち。
そして窓ガラスに反射された自身の姿を見て、布団から起きる。
『――そっか。また、“あの日”の夢か……』
今年女子高校一年生を迎えられた菫には、よく再生される夢の一つだった。
大好きな姉といっしょに遊ぶ、幼き日の思い出。
楽しい夢には違いなかった。笑顔で無邪気なまま、実の姉とキャッチボールをしたのだから。懐かしいばかりで、あの日に戻りたい想いまで生ませるワンシーンだ。
しかし、目覚めたばかりの心はやはり後味が悪く、今度は苦き横顔がうっすら反射された。
全てがスローモーションに進んだ、“あの日”の一瞬。
時間にすれば一秒あるかないかの過去のはずなのに、今でも脳裏にしっかり残っている。まるで昨日のように、もはやつい先程起こった出来事かのように。
――きっとそれはあの言葉が、妹に送った姉の、他ならぬ
叶うなら、どうかあの日に戻りたい。
一度でいいから戻って、もう一度あの日の出来事を修正したい。が、過去を変えられないことは、十五歳まで成長した自分には痛いほど理解している。タイムマシンやファンタジーの世界でもなければ、実現できる訳がない願い事だ。
しかし、どうも少女の心が認めようとしてくれなかった。
東條家の元長女である苺の最期を迎えさせてしまった者として、現在姉となった菫は凛の目の前でしばらく
「……菫、早く起きて。妙なことが起きてるの」
「へ? 妙なこと……?」
話を切り替えるように促した凛の言葉に、首を傾げながら立ち上がる。珍しく焦りの眉まで目に映り、早速寝室から退出してみる。
すると確かに、普段見慣れない世界がリビングに拡がっていた。
「つ、椿!? どうしたの!?」
「あ、姉ちゃんおはよー!! それに凛姉ちゃんも!!」
小学五年生の椿がキッチンから窺えた刹那、菫は驚きを声にまで表してしまった。いつも起こしても二度寝ばかり繰り返す少年が、いつの間にか起きて朝食を作っていたからだ。
家事全般を任されている菫には異様な光景すぎる。
「突然どうしたの? みんなのご飯はあたしが作るからいいってば」
「大丈夫大丈夫! おれに任せて!」
「じゃあ、せめて手伝うよ。何すればいい?」
「おれ一人で大丈夫だって!! だから姉ちゃんは凛姉ちゃんとゆっくりしててよ」
「いや、気持ちは嬉しいんだけど……」
ただひたすらに心配だった。いっしょにご飯を作った覚えもなければ、見たことも聞いたこともない。ワンパク少年が家事など、どうも受け入れられず表情を曇らせていた。
「おぉ椿! 男が家事なんて立派じゃないか。父さん嬉しいぞ~」
「じゃあ菫、それに椿も、あとはよろしくね。お母さんたち、御仕事行ってくるわ」
「父ちゃん母ちゃん行ってらっしゃ~い!!」
「い、行ってらっしゃい……」
菫とは違って父母は椿の変化を微笑みで受け入れ、早速玄関から姿を消した。いつも朝食を作る姉としては、弟の突発的行動を止めてほしかったことか本音だが。
『椿のやつ……一体どうしたんだろ?』
再び椿のキッチン姿を視界に入れる。やはり手慣れていないためか、行ったり来たりのバタバタとした
しかし、きっと反対されてしまうのがオチだろう。離れたところからただじっと観察し、不安の重力ばかりが増していく。
「……とりあえず、わたし
「凛、ありがと。よろし……」
「……それもおれがやるよ!!」
「え!? 椿が!?」
焦り気味の椿から言葉尻を被され、更に心配の念に満たされる。
「……でも、忙しそうだよ? それに、蓮華のオムツ換えなんて考えられないって、いつも言ってたじゃんか?」
「今日から大丈夫!! だから姉ちゃんたちはゆっくりしててって!!」
「は、はぁ……」
目が合わないほど動き回られ、素直な返事と感謝が言えなかった。まだ一歳満たない蓮華の世話をよくする凛も小首を傾げ、二人の女子高校生にも共通した想いが生まれる。
「グッモ~お姉ちゃん……」
「さ、桜……おはよ」
「凛お姉ちゃんおっはよ~!!」
「百合……おはよ」
眠たげな小学二年生の桜と、早速元気いっぱいな幼稚園年中娘の百合が現れると。
「……てかなんで、椿が作ってんの? お姉ちゃんじゃないの?」
「さぁ~。あたしにもさっぱり……」
「凛お姉ちゃん!! お着替え手伝って~!!」
「うん、わかった。じゃあ百合の幼稚園制服持ってく……」
「……それもおれがやるよ!!」
今度は凛の言葉尻までも被せた椿。理由は誰にも理解できぬままだが、ふと台所から怪しい
「つ、椿……
「え……わぁ~!! 真っ黒クロスケ!!」
黒煙にも気づきすぐに火を停めたが、中の
またフライパンに油を
炊飯器のスイッチは押されていたが、白米なのに
“てんやわんや”という言葉の説明映像ばかり流れる。
「椿、無理してるよね……」
「アハハハァ~……はぁ~……」
共に椿を観察している凛が冷たげに呟き、我慢していたため息を吐いてしまう。昨日の晩には何も聞いていないため、小学五年生の
『だけど
頑固な一面も備える少年は何とか事無きを
◇支えられて……。◆
凛と隣り合いながら笹浦二高へ歩む菫。本来なら蓮華を背負って近所の御宅へ、また凛が百合の手を引き幼稚園へと連れていくところだ。しかし、全て椿が引き受けたため慣れない登校路となっていた。
「椿、ホントに大丈夫なのかなぁ?」
「昨晩、椿に何か話したの?」
「いや、椿には何も……」
突然変異した少年が頭から離れない。爽やかな青空を迎えたはずが、どうも心の曇りが晴れず俯く。
「そっか……じゃあさ、菫のお父さんとお母さんには、何か話したってこと?」
「えっ……ま、まぁ話したけど……」
凛の洞察力にはいつも驚かされる。自分よりずっと背の低い彼女に
「それって、苺お姉さんのことでしょ?」
「えッ!! なんでわかったの!?」
昨晩、寝室から聞かれていたのだろうか。
亡くなった苺の存在については、親友の凛にも話したことがある。御線香まで
しかし菫は立ち止まるほど身が固まり、親友のか弱い背を
「何となく、だよ。今の椿を刺激する話っていえば、苺お姉さんのことくらいしかないと思うし……」
「苺お姉ちゃんの話が……じ、じゃあなんで、苺お姉ちゃんの話が、椿を刺激することになるの?」
凛が抱く予想など全く思い付かないまま、固唾を飲み込む。椿も、姉の苺がいたことをもちろん覚えており、共に遊んだ記憶だって残っているはずだ。
「フフッ、そっか。菫はまだ気づいてないんだね」
「へ……気づいてないって?」
疑問符ばかりが浮かぶ受け答えには、菫の頭はオーバーヒートを迎えようとしていた。姉として、弟の何を気づいてやれていないのだろうかと。
その
「――あの日亡くなった苺お姉さんと、今生きている椿にある、二人だけの共通点だよ」
「き、共通点……?」
何とも不透明な答えだった。
菫は未だにわからず眉間の
「二人の共通点……異性なのに、二人だけの共通点……」
「それに気づけば、今の椿の気持ち、わかるんじゃない?」
「ん~……っ! 凛待ってよ!」
早く答えを知りたいため尋ね続けたが、やはり凛からははっきりとした答えを教えてもらえなかった。ヒントのような言葉ばかりで、より頭の質量が増していく。
『苺お姉ちゃんと椿……二人だけの共通点ってなに? 全然思い当たらないんだけど……』
しっかり者の姉と、やんちゃな弟らの共通点。
似通うはずもない二人の性格に思考を邪魔され、浮かない表情で笹二へと距離を縮めていった。
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