③東條菫パート「き、共通点……?」

◇キャスト◆

東條とうじょうすみれ

東條とうじょう椿つばき

東條とうじょういちご

菱川ひしかわりん

東條とうじょうさくら

東條とうじょう百合ゆり

東條とうじょう蓮華れんげ

東條とうじょう陽太ひなた

東條とうじょう養波やなみ

―――――――――――――――――――

 笹浦市に溶け込んだ、愉快な二階建て一軒家。

 道路が見えない石の垣根かきねで包まれた庭では、その日も姉と弟妹ていまいら三人が遊んでいた。


「苺お姉ちゃん! いっくよ~!!」

「よしっ! じゃあ菫、わたしのここに投げてみな。ほら、椿も応援してあげて」

「ガンバれ~菫姉ちゃん!!」


 和気わきほこる高らかな空気におおわれ、今年から小学生になった菫は、今年二歳の椿に応援を受けながら、捕手のようにしゃがんで構えた小学五年生の苺にソフトボールを突き出す。


ドッジボールやバレーボールにバドミントンなど、様々な球技で過ごしてきた東條家の姉弟妹していまいの三人。本日はソフトボールを扱ったキャッチボールのようだ。このボールは、菫が下校途中で偶然拾ってきた物らしく、縫い目の間に“S☆G”と書かれていた。


「すぅ~……ハッ!!」


――バシッ!!


 乾いた音を鳴らしたグローブは微動だにせず、菫の直球が胸元に決まり、苺の表情が咲き笑う。


「ストラ~イク!! 菫ナイスボール! さすがボールスロー優勝娘ね」

「エヘヘ~! ちなみに、他の種目も一位だったよ!! シャトルランとか~持久走とか~、ちょうざ~……えっと~……あと幅跳びとかも!!」


 体育でも大活躍な菫は長座対前屈こそ言えなかったが、運動神経にけた元気いっぱい少女。こうして外で遊ぶことが幼少時からの過ごし方で、身体を動かさないでいるのは辛い。


「よしっ! じゃあ菫、もう一球ここに……」

「……おれもおれも~!! 投げさせて~‼」


 言葉尻を被せた椿に突如、返球を奪われそうになり歯を食い縛る。


「ちょっと椿!! あたしが投げるんだから~!」

「菫姉ちゃんばっかズルいよ~!! おれも投げたい~!」


 取り合いが始まってしまった弟妹ていまいの仁義なきバトルは、姉の苺も苦笑いせずにはいられない。

 強くにらむ菫は力ずくでボールを死守し椿を突き放そうとしたが、ふと苺が仕方なさそうに立ち上がり、バチバチの二人を向かす。


「つまらないケンカはしない。わたしたち姉妹弟していまいの約束でしょ?」

「だって椿が~……」

「おれだって投げてみたいんだもん!!」


 平行線が未来みらい永劫えいごうに続きそうな幼い弟妹には、苺はいつもこめかみを押さえがちだ。


「菫……悪いんだけど、椿に投げさせてあげて」

「えぇ~!? あたしも投げたいのに~!!」

「菫は椿のお姉ちゃんでしょ? だからゆずってあげて」

「……は~い」


 納得など皆無なだが、苺の指示通りソフトボールを椿に受け渡した。すぐに少年の笑顔を受けたが、自分が投げたい気持ちが勝りそっぽを向いてしまう。


「よっしゃ~!! いくよ苺姉ちゃん!!」

「はいよ~椿。じゃあ、ここ!」

「必殺!! シャイニングソルジェントキャノン~!! エイッ!!」

「ちょっと椿! どこ投げてんの!」


 姉のあせった叫びで菫の瞳は二人に戻る。椿が投じたボールは苺の頭上を越え、垣根まで通り過ぎ道路へと消えてしまう。


「へへ~!! 見たか! おれのチョーファインプレー!!」

「……いや、大暴投だから」

「あたし取ってくる!」

「え、菫待って!」


 今度こそ自分が投げてみせる。

 待ちきれず駆け出し、庭から門へと急ぎ向かう。


「……っ! あそこだ!!」

「菫! 待ってってば!!」


 苺の制止させる声も聞こえないまま、門のすぐ前で転がるボールが目に映った。早く投げたいの気持ちが加速ばかりに、さらにスピードを上げて門から跳び出したときだった。



――ブゥゥゥゥーーーー!!



『え……?』



 あまりにも大きな轟音にはさすがの菫も振り向き、活発な足まで止められる。


『トラック……』


 クラクション音だと気づいた頃には、大型トラックが目前まで迫っていた。ブレーキの摩擦音も鳴らされたが、停止する気配など全くないまますべる。


『……』


 心の呟きも、そして考えることも停止した七歳の少女。ただ漠然ばくぜんと立ちすくみ、見上げる大型トラックとの衝突を棒立ちで待ちのぞんでしまう。


 しかし……。



――トスッ……。



『へ……』



 トラックより先に、背中には何かが当たった。

 身体が前傾姿勢ぜんけいしせいのまま進むほど強く押された。が、痛みが走らない、暖かくて柔らかな感触を覚える。不思議ながら振り向けば、すぐ後ろでもう一人の少女の必死が目に留まる。



『――苺、お姉ちゃん……』



 背後で姉の苺が右手を突き出し、宙を舞っていたのだ。ボールへ懸命にしがみつこうと飛び込んだ選手のようで、ファインプレー思わせる勇姿のワンショットだった。


 トラックから地面へと衝突相手が換わった菫。もうじきアスファルトが全身に当たるところだったが、瞳だけは苺から離れていなかった。すると、恐く見えた姉の表情が突如弛み、ハの字な眉と小さな微笑みが表れる。



「――頼んだよ、菫……」



「苺お姉ちゃん!!」

「うわっ……いきなりどうしたの菫?」

「り、凛……」


 叫んだ菫の目の前には、なぜか凛の驚いた小顔が現れた。


「あれ……どうして凛が、ここに?」

「寝ぼけないでよ。昨日泊めさせてくれたでしょ?」

「寝ぼけ……?」


 不満気な表情に移った凛にもあおられ、改めて見回し始める。

 いつもと変わらぬ和室。

 平和そうに眠る子どもたち。

 そして窓ガラスに反射された自身の姿を見て、布団から起きる。



『――そっか。また、“あの日”の夢か……』



 今年女子高校一年生を迎えられた菫には、よく再生される夢の一つだった。


 大好きな姉といっしょに遊ぶ、幼き日の思い出。


 楽しい夢には違いなかった。笑顔で無邪気なまま、実の姉とキャッチボールをしたのだから。懐かしいばかりで、あの日に戻りたい想いまで生ませるワンシーンだ。


 しかし、目覚めたばかりの心はやはり後味が悪く、今度は苦き横顔がうっすら反射された。


 全てがスローモーションに進んだ、“あの日”の一瞬。


 時間にすれば一秒あるかないかの過去のはずなのに、今でも脳裏にしっかり残っている。まるで昨日のように、もはやつい先程起こった出来事かのように。



――きっとそれはあの言葉が、妹に送った姉の、他ならぬ遺言ゆいごんだったからだろう。



 叶うなら、どうかあの日に戻りたい。

 一度でいいから戻って、もう一度あの日の出来事を修正したい。が、過去を変えられないことは、十五歳まで成長した自分には痛いほど理解している。タイムマシンやファンタジーの世界でもなければ、実現できる訳がない願い事だ。


 しかし、どうも少女の心が認めようとしてくれなかった。


 東條家の元長女である苺の最期を迎えさせてしまった者として、現在姉となった菫は凛の目の前でしばらくうつむきを止められず座っていた。


「……菫、早く起きて。妙なことが起きてるの」

「へ? 妙なこと……?」


 話を切り替えるように促した凛の言葉に、首を傾げながら立ち上がる。珍しく焦りの眉まで目に映り、早速寝室から退出してみる。

 すると確かに、普段見慣れない世界がリビングに拡がっていた。


「つ、椿!? どうしたの!?」

「あ、姉ちゃんおはよー!! それに凛姉ちゃんも!!」


 小学五年生の椿がキッチンから窺えた刹那、菫は驚きを声にまで表してしまった。いつも起こしても二度寝ばかり繰り返す少年が、いつの間にか起きて朝食を作っていたからだ。

 家事全般を任されている菫には異様な光景すぎる。


「突然どうしたの? みんなのご飯はあたしが作るからいいってば」

「大丈夫大丈夫! おれに任せて!」

「じゃあ、せめて手伝うよ。何すればいい?」


「おれ一人で大丈夫だって!! だから姉ちゃんは凛姉ちゃんとゆっくりしててよ」

「いや、気持ちは嬉しいんだけど……」


 ただひたすらに心配だった。いっしょにご飯を作った覚えもなければ、見たことも聞いたこともない。ワンパク少年が家事など、どうも受け入れられず表情を曇らせていた。


「おぉ椿! 男が家事なんて立派じゃないか。父さん嬉しいぞ~」

「じゃあ菫、それに椿も、あとはよろしくね。お母さんたち、御仕事行ってくるわ」


「父ちゃん母ちゃん行ってらっしゃ~い!!」

「い、行ってらっしゃい……」


 菫とは違って父母は椿の変化を微笑みで受け入れ、早速玄関から姿を消した。いつも朝食を作る姉としては、弟の突発的行動を止めてほしかったことか本音だが。


『椿のやつ……一体どうしたんだろ?』


 再び椿のキッチン姿を視界に入れる。やはり手慣れていないためか、行ったり来たりのバタバタとしたせわしさが随所ずいしょに見受けられ、今にも代わってやりたいくらいだ。

 しかし、きっと反対されてしまうのがオチだろう。離れたところからただじっと観察し、不安の重力ばかりが増していく。


「……とりあえず、わたし蓮華れんげのオムツ換えてくるね」

「凛、ありがと。よろし……」

「……それもおれがやるよ!!」

「え!? 椿が!?」


 焦り気味の椿から言葉尻を被され、更に心配の念に満たされる。


「……でも、忙しそうだよ? それに、蓮華のオムツ換えなんて考えられないって、いつも言ってたじゃんか?」

「今日から大丈夫!! だから姉ちゃんたちはゆっくりしててって!!」

「は、はぁ……」


 目が合わないほど動き回られ、素直な返事と感謝が言えなかった。まだ一歳満たない蓮華の世話をよくする凛も小首を傾げ、二人の女子高校生にも共通した想いが生まれる。


「グッモ~お姉ちゃん……」

「さ、桜……おはよ」

「凛お姉ちゃんおっはよ~!!」

「百合……おはよ」


 眠たげな小学二年生の桜と、早速元気いっぱいな幼稚園年中娘の百合が現れると。


「……てかなんで、椿が作ってんの? お姉ちゃんじゃないの?」

「さぁ~。あたしにもさっぱり……」

「凛お姉ちゃん!! お着替え手伝って~!!」

「うん、わかった。じゃあ百合の幼稚園制服持ってく……」

「……それもおれがやるよ!!」


 今度は凛の言葉尻までも被せた椿。理由は誰にも理解できぬままだが、ふと台所から怪しいにおいを鼻で感じ取る。


「つ、椿……げてない?」

「え……わぁ~!! 真っ黒クロスケ!!」


 黒煙にも気づきすぐに火を停めたが、中のしゃけはすでに還らぬすみ

 またフライパンに油をき忘れ、固まった目玉焼きががせなかった。

 炊飯器のスイッチは押されていたが、白米なのに餅米もちごめ設定。

 “てんやわんや”という言葉の説明映像ばかり流れる。


「椿、無理してるよね……」

「アハハハァ~……はぁ~……」


 共に椿を観察している凛が冷たげに呟き、我慢していたため息を吐いてしまう。昨日の晩には何も聞いていないため、小学五年生の男心おとこごころが全くわからない。すぐめてもらい、今までの生活システムに戻したい思いすら募る。



『だけどめないだろうなぁ~。一度やるって決めた椿は、言うこと聞いてくれないし……』


 頑固な一面も備える少年は何とか事無きをて、本日の朝ごはん――てんやわんや定食を完成させたのだった。



 ◇支えられて……。◆



 凛と隣り合いながら笹浦二高へ歩む菫。本来なら蓮華を背負って近所の御宅へ、また凛が百合の手を引き幼稚園へと連れていくところだ。しかし、全て椿が引き受けたため慣れない登校路となっていた。


「椿、ホントに大丈夫なのかなぁ?」

「昨晩、椿に何か話したの?」

「いや、椿には何も……」


 突然変異した少年が頭から離れない。爽やかな青空を迎えたはずが、どうも心の曇りが晴れず俯く。


「そっか……じゃあさ、菫のお父さんとお母さんには、何か話したってこと?」

「えっ……ま、まぁ話したけど……」


 凛の洞察力にはいつも驚かされる。自分よりずっと背の低い彼女にまばたきを繰り返すと、同学年ながら妹のような少女がほのかに笑う。



「それって、苺お姉さんのことでしょ?」



「えッ!! なんでわかったの!?」

 昨晩、寝室から聞かれていたのだろうか。

 亡くなった苺の存在については、親友の凛にも話したことがある。御線香までいてくれたほどだ。

 しかし菫は立ち止まるほど身が固まり、親友のか弱い背を凝視ぎょうししてしまうが。


「何となく、だよ。今の椿を刺激する話っていえば、苺お姉さんのことくらいしかないと思うし……」

「苺お姉ちゃんの話が……じ、じゃあなんで、苺お姉ちゃんの話が、椿を刺激することになるの?」


 凛が抱く予想など全く思い付かないまま、固唾を飲み込む。椿も、姉の苺がいたことをもちろん覚えており、共に遊んだ記憶だって残っているはずだ。


「フフッ、そっか。菫はまだ気づいてないんだね」

「へ……気づいてないって?」


 疑問符ばかりが浮かぶ受け答えには、菫の頭はオーバーヒートを迎えようとしていた。姉として、弟の何を気づいてやれていないのだろうかと。

 その刹那せつな、真実を握る凛が再び微笑びしょうを放つ。



「――あの日亡くなった苺お姉さんと、今生きている椿にある、二人だけの共通点だよ」



「き、共通点……?」

 何とも不透明な答えだった。

 菫は未だにわからず眉間のしわだけが鮮明で、姉弟していらの共通点を思い当たらず頭を抱える。


「二人の共通点……異性なのに、二人だけの共通点……」

「それに気づけば、今の椿の気持ち、わかるんじゃない?」

「ん~……っ! 凛待ってよ!」


 早く答えを知りたいため尋ね続けたが、やはり凛からははっきりとした答えを教えてもらえなかった。ヒントのような言葉ばかりで、より頭の質量が増していく。



『苺お姉ちゃんと椿……二人だけの共通点ってなに? 全然思い当たらないんだけど……』



 しっかり者の姉と、やんちゃな弟らの共通点。

 似通うはずもない二人の性格に思考を邪魔され、浮かない表情で笹二へと距離を縮めていった。

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