プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning１✨

④田村信次×清水夏蓮パート「愛好会程度ってことでしょ？」

◇キャスト◆

清水（しみず）夏蓮（かれん）

田村（たむら）信次（しんじ）

校長先生

―――――――――――――――――――

　笹浦二高校長室前。

　顔が強張りながら部活動申請書を握るスーツ童顔教諭と、平然とした様子の女子高校二年生が立ち並び、二人揃って閉ざされた扉を眺めていた。

「く～！　緊張する～……」

「田村先生でも、緊張するんですね？」

「まぁこの学校のボス部屋だからね。どうしても緊張するよ……てか、清水は平気なの？」

　まるで慣れた様子の夏蓮が、信次には不思議でならなかった。もしかして普段から校長室を出入りするほどの優等生なのだろうかと。

「別に校長室に慣れてる訳じゃないけど、私（わたし）はあまり気にしないかな。教頭先生とかいると、やっぱ緊張するけど……」

「そうそう。教頭先生が恐いったら仕方ない。なんであの人は……あ」

　つい教頭先生の愚痴が始まりそうになり、慌てて大きな口を閉じる。こんな無垢な少女に、大人の醜（みにく）い姿などまだ見てほしくないと、深呼吸と共に頭を切り替える。

「よし!!　じゃあ入ろう!!」

「は、はい！」

　突如話を止めた担任を不審がったが、気合いがこもった信次とそのまま前に進む。

――ゴンゴン！

「はい、どうぞ～」

　室内からは間違いなく、校長先生の優しげな声が放たれた。この穏和な声こそが、信次にとっては緊張を解（ほぐ）してきれる唯一の声援とも称せる。

「失礼します!!」

「失礼します」

　信次が早速扉を開けると、夏蓮が気まずそうに先に入室。辺りを観察してみると、室内には校長先生ただ一人だけが窓際に立ち、どうやら教頭先生はいないようで胸を撫で下ろす。

「おぉ。二人で来たんだねぇ」

　すると校長先生から明るい笑顔で迎えられ、信次もにこやかに、きっと知らないであろう夏蓮に平手を捧げる。

「ご、御紹介遅れました。この子は清水夏蓮さんです!!　ボクの、自慢のクラスメイトです!!」

「もちろんわかるよ」

「さすが校長先生!!」

「え？　先生……？」

　ふと夏蓮は信次に疑念を抱いた瞳を向ける。もしや未だに知らないのだろうかと。

　一方で信次は校長先生の知見の広さを称（たた）えていたが、すぐに本題へと移行される。

「ところで、今日は二人でどうしたのかな？」

「はい!!　正にこれなんです!!」

　早速、部活動申請書を校長先生に手渡す。強く握っていたため、紙面にたくさんの皺（しわ）が浮き立っていた。

「ほう。もう三人集まったんだねぇ」

「はい!!　彼女が一生懸命集めてくれたんですよ。なぁ清水!!」

「まあ、そうだけど……」

　よくよく考えてみれば、記入してくれた柚月と咲に創設話を持ち込んだのは、誰でもない信次だったはずだ。

　そんなことも忘れてしまったような信次に、夏蓮は人差し指で頬を掻いていたときだった。

「……よし。では、申請を許可しよう」

「ほっ、本当ですか!?」

　すると校長先生からの承認に、まず信次が目を大きく開いて叫んだ。

「今日から、女子ソフトボール部を創設しよう。約束は守るよ」

「あ、ありがとうございます!!」

　案外あっさり決まった創部ではあるが、勢いある御辞儀を見せた信次にとっては嬉しかった。悩める生徒の願いを叶えられたのだからと、発起人（ほっきにん）の夏蓮自身よりも歓喜している。

「ホンッットにありがとうございます!!　清水もほら！　ありがとうございます!!」

　隣で固まる彼女にも感謝を示すよう促した。しかし夏蓮は相変わらず微動だにせず、険しいままに黙っていた。

「でも、本当にたいへんなのはこれからだよ？　田村先生」

「え……？」

　信次は頭を上げ、校長先生の微笑みを目に映す。変わらぬ優しさを顕（あらわ）にする皺（しわ）が何本も窺えたが、夕陽でレンズが瞳を隠していたことが、どこか怖くも見えてしまった。

「あの校長先生？　たいへんって、どういう意味ですか……？」

　国語教諭として察しの悪い質問だと自覚しつつも、席に座った校長先生から頷かれる。

「確かに現段階では、“部を創る”ことはできる。けど、“部として認める”ことは、まだ先の話なんだよ」

「え？　つまり、どういうことなんですか？」

　顔をしかめた信次はまだ意味が全く理解できていなかった。“創る”ことと“認める”ことはまた別物なのだろうかと。

「愛好会程度ってことでしょ？」

「――っ！　清水……？」

　突如話の輪に入ったのは、紛れもなく夏蓮だった。真剣な表情でいながら落ち着いた様子を保つ。

「つまり部は創れるけど、用具やグランド、部室だって無い状況ってことなんでしょ？」

「こ、こら清水……」

　学校のボスである校長先生に、平気にタメ口で会話する夏蓮。

　いくら慣れてる相手とはいえ失礼だと感じたが、すぐに怪しげに微笑む校長先生から言葉を紡（つむ）がれる。

「その通りだよ。まだ学校から部費を出すこととかも無理だねぇ」

「じゃあ、私（わたし）たちは次にどうすればいいの？」

「おい……おいってば清水……」

　校長先生が下の名前で呼んでいたことも意外だったが、二人の会話は止（とど）まるところを知らず、変に重い空気の中繰り広げられる。

「まずはやっぱ、正式に試合ができるようにならなきゃねぇ。ソフトボールだから最低でも九人……いや、ケガの恐れだってあるから、十人以上は集めなきゃだ」

「うん、それくらいはわかってる」

「もしもし～？　清水さ～ん……？」

「……でも、たいへんなのはまだあることぐらい、夏蓮にだってわかるよねぇ？」

「それは去年のこと、言ってるんでしょ？　でもあれは、完全に先生側が悪い話じゃん」

「清水、え……？」

　二人の論争に置いてけぼりにされる信次だが、ふと夏蓮の一言で口が止まる。

『去年の、こと……？　それって、何かあったってことなの……？』

　創部を邪魔するような出来事が、この笹浦二高の一年前にあったとしか理解できない。

　確かに一年前の出来事など、知らなければ聞かされてもいない。何か歴史的良き出来事であれば伝えられるはずだが、夏蓮と校長先生の様子からはどうもそう感じられない。

「確かに、僕（ぼく）ら教員の責任は大きいし、“あの子”のことだって、かわいそうだと思ってる。でもだからこそ、部として再び認めることは難しいんだ」

「大人の失敗なのに、それで生徒の夢を奪うって酷くない？　学校のトップなんだからしっかりしてよ？」

「生憎（あいにく）、独裁的な人間にはなりたくないからねぇ」

「もぉ～、変なところで頑固なんだから～。バカ……」

　困り笑いを見せる校長先生に呆れた様子の夏蓮。悪口にも聞こえる言葉を漏らした瞬間だ。

「清水!!　いいかげんにしなさいッ!!」

「わぁ!!　びっくりした……」

　初めて受けた信次の叱（しか）りに、夏蓮はか細い身を退（ひ）いてしまう。

「校長先生に対してその口の聞き方はなんだ!?　いくら清水でも、ボクは許せないよ!!」

「え？」

「親しき仲にも礼儀あり!!　清水と校長先生の仲がどれだけ近い物なのかはわからないけど、だからといってタメ口や悪口はいけな……」

「……じゃあもしかして、田村先生は知らないの？」

「ふぉへ……？」

　突如言葉尻を被せられ、呆気に取られ停止すると。

「あ～忘れてた忘れてた。田村先生にはまだ、言ってなかったねぇ」

　苦笑いの校長先生が頭を掻き、夏蓮から大きなため息を出される。

「もぉ～。大切なこと、すぐ忘れちゃうんだから……」

「……あの、清水さん……どういう意味ですか？」

　瞬（まばた）きを繰り返す信次は点になった瞳を夏蓮に向けると、今度は少女の悩ましい眉間の皺が映される。

「おじいちゃんなの……」

「はい……？」

　瞬（まばた）きすら止まり、容量の悪い頭がパンクしかけた。聞き間違いかもしれないと再び夏蓮に問おうとしたが、校長先生からクスクス笑いを起こされて視点が移る。

「――ごめんねぇ田村先生。僕（ぼく）は清水秀。夏蓮は、僕（ぼく）の孫なんだよ」

「……へぇ～……え……え゛えぇぇ～～～～え!?」

　間違いなく隣の職員室まで轟かせた。その音量は正に、笹浦市の上空を飛ぶ、茨城空港から飛びだった飛行機の音にも負けていなかっただろう。

　◇望まれない創部◆

　校長室を退出し、二人いっしょに廊下を歩く。

「いや～しっかしビックリしたよ。清水と校長先生が、まさかそんな関係だったとは」

「ゴメンなさい、先生。てっきり私（わたし）はもう知ってると思ってたからさぁ……ホントに忘れん棒のおじいちゃんなんだから～」

　信次の隣で実の祖父に呆れ気味な夏蓮はため息を溢していたが、すると急に立ち止まり、暗い表情ながら俯く。

「ん？　どうした清水？」

「あのさ、先生……」　

　信次も踵を返して尋ねると、もどかしい小さな口許が微動する。

「先生はソフトボール部、創れると思う……？」

　正直今は未来への希望よりも、現状に置かれたことに対する不安の方が増していた。

　校長室を去る際に、祖父の秀からは最後にこう言われてしまったのも、不安を間違いなく膨らませるれる原因でもあった。

“「――これでもまだ、部活をやりたいと思うかい？」”

　挑発染みた一言だった。相手が身内なだけあって、余計に腹立たしい問いでもある。

『――それでも私（わたし）はもう一度、みんなとソフトボールをやりたい！　六年前のように。あのときのように……』

　柚月や咲、そして梓たちと共に努力の汗を流した、六年前の小学生ソフトボールクラブ。

　決してレクリエーションの雰囲気ではない、毎試合が興奮と感動に満たされた日々を、夏蓮はもう一度送りたかった。

　叶うはずもない夢であることは、三人の現状を知るためよくわかっている。しかし、それでも願う思いの方が、少女の胸には強く拡がっていた。

　無理に近似した願い事。

　だが、無理だと決まった訳ではない。

　僅かな可能性すらも信じようと、ギュッと両手を固めると。

「大丈夫さ。絶対に、できるよ」

「先生……」

　膝を折った信次の励ましで、夏蓮は少しだけ笑えた。理由も聞いていないにも関わらず、拳の力みも次第に弱まっていく。

「さあ、次は部員集めだね!!　パッと九人、何なら十人以上集めちゃお!!」

　背中を見せた信次。

　決してアスリートのような広い背格好ではないが、自然と着いていきたくなる、実物以上の大きさを感じる。

「フフフ……」

「あれ？　ボク、何か変なこと言った？」

「ううん、違うの。なんか先生といると、不安な気持ちがバカバカしく思えちゃうんだ。だからありがと、先生」

　無理だと感じていたからこそ、信次の非現実的な応援が嬉しかった。

　きっと理論よりも、背中を押してくる簡単な言葉だけが欲しかったのだろう。ただひたすらに、心からの暖かい応援が。

「それは何よりだ。ボクも創部の役目任（まか）されちゃったから、いっしょに頑張ろうね」

「はい！」

　笹浦二高の廊下で大きな返事をした夏蓮は嬉しいままに昇降口に向かい、信次からも昨日以上の笑顔で見送られた。

　きっと大丈夫だと、弱気な夏蓮には珍しい自信と共に。

　自宅への帰路を辿る夏蓮と、無事に見送りを終えて職員室に戻る信次。

　笹浦市の夕陽に照らされる二人の表情は自然と明るげに映し出されていた。目的地は同じだが、それぞれの歩む道を見つめながら、一歩一歩強く踏みしめていく。

　しかし、希望に満たされた二人には今の創部で頭がいっぱいいっぱいだったため、一年前に起きた事件――笹浦二高女子ソフトボール部の話が一切されないまま終わってしまった。