異世界転生加害者の会

夏葉夜

よくある異世界転生のプロローグ?


 「はぁ……」


 気だるそうな青年は今日何度目になるか分からないため息をついた。

 青年は大型トラックのハンドルにもたれながら、高層ビルが立ち並ぶ大通りを飛ばしている。

 目的地である交差点に目的の時間ピッタリに到着するために、無意味な事故を避けるために渋滞のない道路を選んでいたら、予想以上に時間がかかってしまった。


 「この次の交差点か」


 青年は仕事の内容を頭の中で反芻する。間違えたら大目玉だ。


 『15時28分56秒に○○市役所前交差点を渡る本堂星翔ホンドウキラトを轢き殺せ』


 簡素な内容である。

 だが、なんとか仕事は完遂できそうだと、車内のデジタル時計を見ながら安堵する。目的の交差点に近づいてきたところで青年は目標の少年を見つけると、速度を緩めずに歩道へと侵入する。


 目の前の信号は赤色だったが、関係ない。そういう仕事なのだ。

 必然的に、歩道を走って渡っている少年をひき殺すことになるだろうが、青年に良心の呵責は無かった。


 「こいつを吹っ飛ばしたら今日の俺の仕事は終わり。悪く思うなよ少年」


 トラックという巨大な鉄の塊に追突される直前に、少年はようやく事実に気づいて目を見開いた。

 だがもう遅い。青年は少年の絶望した顔をどこかゆったりと眺めながら、ようやくブレーキに足をかけ始める。少年以外を巻き込むのは、今回の仕事内容に反してる。

 誰かが悲鳴を上げた直後。


 ドゴッ!!


 およそ人から発せられる音とは思えない衝突音が響いた。

 これで仕事は終わり。


 大通りの交差点の反対側まで吹き飛ばされた死体を視界の端に捉えたところで、青年の世界は暗転した。



  ****



 高価そうな椅子がポツンと置かれた真っ暗な世界に、青年は伸びをしながら帰ってきた。


 「なぁ、京平! 頼んでた仕事はもう終わったか?」


 耳に突き刺さるような高い声で京平を呼んだのは、金髪のちっちゃな少女だった。

 サンダルをペッたペッたと鳴らしながら青年の腕に絡みついていた。

 京平と呼ばれた青年は、絡みつく金髪少女を引き剥がしながら怒鳴る。


 「キーキー喚いてんじゃねぇよアホ女神! どうせ全部見てたんだろ?」


 「むっ! そのアホ女神はヤメろと言ってる! それに、ボクももう立派な女神なの! 京平と違ってボクは忙しいからな! さっきまで新しい転生者の相手をしてたところなの!」


 「悪かったな。アホ女神」


 「ムキーッ!!」


 暴れる金髪ロリ女神を片手で抑えながら、京平は女神の椅子に座って一息つく。


 ここは金髪ロリ女神の仕事場【始まりの地】。


 彼女の仕事は、死んだ少年少女たちを異世界ファンタジーへと転生させることであった。

 俗に言う異世界転生物語の冒頭の部分である。

 ここでチート能力とか便利能力を彼らに与えて、適当なファンタジー世界に転生させて主人公として活躍してもらう。

 それが金髪ロリ女神の仕事であり、転生させた主人公たちが活躍することによって女神の格が上がる。

 それを手伝うのが京平の仕事であった。

 仕事道具は、ひき殺した少年少女を異世界へ転生させる強制転生装置。

 通称『トラック』である。


 今日の仕事を思い返して女神に尋ねた。

 

 「さっきひき殺した少年は、どこに転生させるんだ?」


 「むっ。話をコロコロと変える奴だな」


 金髪ロリ女神は、京平の質問に首をかしげてから、難しい顔をしながら京平の膝の上に座った。


 「おい」


 京平は呆れたように文句を言ったが、金髪ロリ女神はそれを無視して話し出す。


 「そうだなぁ。星翔きらとくんには第273異世界のホロウスカイに行ってもらおうかと考えているよ。あの少年は普通も普通。頭脳凡才、運動平均、人並み凡庸という言葉がぴったりな転生向きな少年だよ」


 「間接的にでも殺した少年をそこまでボロクソいうのか……」


 膝の上に座っている金髪ロリ女神の頬を揉みながらドン引きする京平に、彼女はちょっぴり得意げに反論する。


 「なにを言ってんのさ京平。普通ってのはすごいよ? 特別優れたところがない変わりに、なんでもまんべんなくこなせる。伸びしろしかないでしょ。異世界に行ったらどんな才覚を表すか楽しみだよ」


 そんなもんなのか、と京平は金髪ロリ女神の髪を手で梳かす。

 一通り金髪ロリ女神を揉みほぐしたところで、真っ暗な世界が縦に割けて光が差し込んだ。


 「うん。来たようだね。ねぇその椅子そろそろ返してもらうよ」


 金髪ロリ女神は、京平の膝の上から降りて、京平に椅子から離れるように急かした。直後、光の漏れる裂け目が一気に広がり、暗闇から一転し世界は真っ白に変化する。

 転生者(予定)が来る時の合図だ。

 さっき交差点でひき殺した少年が来たのだろう。京平はさっさと金髪ロリ女神の座る椅子の裏に隠れる。今日の仕事は終わったので帰っても良かったのだが、盗み聞きしていく気分だった。

 しばらくすると、固い靴の足音が金髪ロリ女神のもとへ近づいてきた。

 そして金髪ロリ女神が口を開く。


 「やぁ、初めまして。死んでみた気分はどうだい?」


 実際に殺したのは京平だが、京平を使って間接的にも殺害した人に対する口の聞き方では無かった。そんな彼女の言動に京平は少し吹き出した。物騒な内容にもかかわらず、さぞ笑顔で言っているのだろうと想像できたからだ。

 しかし金髪ロリ女神の傲慢な態度には大した反応もせず、少しの沈黙の後に、ため息混じりの少女の声が呟いた。


 「……やっぱり私、死んじゃったんですね」


 「あぁ、本堂星翔ホンドウキラト君。君は不幸にも交差点で大型トラックにはねられ死亡した」


 ここまでテンプレである。

 転生者に自分が死んだということを再確認してもらい、転生の儀式を始める。

 しかし、少し様子が変であった。


 「え?」


 「ん? どうしたんだい?」


 「私……新田優日にったゆうひなんですけど……」


 その言葉を聞いて、京平は驚き椅子の影から顔を出して金髪ロリ女神の前に立っている転生者を見た。


 「え? 女の子?」


 我ながら間抜けな声が出たもんだと、京平は思う。

 転生者はどこからどう見ても高校生くらいの少女であった。

 そもそもよく聞けば、最初の挨拶から全部、思い切り女の子の声ではないか。

 しかしどうして、ここに来ているのが本堂星翔ホンドウキラト少年では無いのだ?


 「(……なぁ、京平。どうして関係ない子がボクの仕事場【始まりの地】に来ちゃってるんだい?)」


 どうやら金髪ロリ女神もようやく気づいたらしい。マニュアル人間はダメになるぞ。だが金髪ロリ女神の質問はもっともだ。


 「(あれれ~? おっかしいぞ~。俺は確かに少年をひき殺したはずなんだけどなぁ)」


 京平は取り敢えず、数分前の記憶を遡りながら言葉を濁す。


 「(まさか、京平。間違った人間を転生させたとかじゃないよね?)」


 小声で睨みつけてくる金髪ロリ女神に、実は事故後の状況をハッキリ見ていない京平は目を逸らしながら作り笑いでなんとか切り抜けようと四苦八苦していると、困った顔の少女が申し訳なさそうに口を開く。


 「あの……、もしかしたら私が男の子を助けようとしたせいかも。トラックに轢かれそうだった男の子を突き飛ばしてから記憶ないし……」


 ということは、あれか。

 この女子高生は男の子を庇って転生しちゃったのか!?

 それを聞いて金髪ロリ女神と京平は再び小声で会話する。


 「(関係ない人転生させちゃったよ俺!)」


 「(日頃からボクをアホ女神なんて言ってるくせに、大概京平もバカだよね!)」


 「(上司がアホだと、こっちまで苦労するんだよ)」


 「(ぐぬぬ~。なんにしても責任はどう考えても京平にあるよね!?)」


 「(くっ、せ、責任問題はこの際あとだ。どうするんだよ間違って転生しちゃった新田ちゃん。もう生き返らねぇぞ?)」


 口論しながら冷や汗を流す京平のセリフで、金髪ロリ女神も現実を思い出す。 


 「あわわ。どうしよう京平」


 もう目がグルグル回っちゃってる。


 「あの……どうかしましたか? ここがあの世であってますよね?」


 流石に気の弱そうな少女もしびれを切らしたのか、おっかなびっくり訊ねてくる。


 「(くっ、こうなってはこの手しかない……)」


 金髪ロリ女神は、プロの女神根性で表情を元に戻して少女に向き直り、言い放つ。


 「ここは天上界だよ。でも死んだことは悲しまないでくれ! 君の類稀なる才能のおかげで、人生をもう一度始められることになったんだ。どうだい? もう一度人生をやり直しては見ないかい?」


 京平は頭を抱える。

 異世界に転生することになるから元の世界には戻れないこととか、元の世界に未練は無いかどうかとか、転生させる前に聞いておくべきマニュアルが沢山あるのだが、全部すっ飛ばして結論だけ伝えやがった。


 「え? 本当に死ぬ前の世界に戻れるんですか?」


 少女の沈んだ顔が、パッと明るくなる。


 「あ、あーうん。生き返れるんだ!」


 引きつった笑顔を顔に貼り付ける金髪ロリ女神。

 元の世界にと言う部分は適当に流して大きく首を縦に振る。

 完全に詐欺師のそれである。


 「はい! 私、生き返りたいです!」


 人を疑わない良い子だったが、今回はそれが仇になったようだ。

 まさか、彼女は見知らぬ異世界に飛ばされるなんて思っていないのだろう。


 「よーし、決まりだね! よし、さっさと飛ばしちゃおう!」


 少女の同意を得られるや否や、金髪ロリ女神は勢いよく椅子から立ち上がり、何もない空間から杖を取り出した。

 真っ白な床を、杖の先でトンとつつくと、波紋のように魔法陣が白い空間を埋め尽くす。


 「す、すごい。魔法みたい……」


 少女はあっけに取られて、周囲を見渡し呟いた。

 魔法なんだけどな。というツッコミはしないことにした。

 目を輝かせる少女を見て、金髪ロリ女神は微笑み最後の文言を告げる。


 「では、よい転生ライフを」


 刹那、真っ白な空間が、更に光で白く塗りつぶされる。

 そして光が収まると、もとの暗い空間になっており、少女の姿はもうどこにもなかった。


 「ちゃんと転生できたのか?」


 椅子の裏から出てきて質問する。


 「もちろんだよ。ちょっとだけ見てみるかい? 彼女の適正にあった異世界に飛ばされているはずだ」


 金髪ロリ女神は握った杖で宙に円を描き、少女のいる場所を映し出す。


 そこは第694番異世界のシンシャオラン。

 栄えた帝都の端の町で、彼女は呆然としていた。

 しばらく、周囲を見渡して、ほっぺたをつねったり目を擦ったり、「夢なら覚めて」とうわ言のようにくり返したあと……。


 『なんなのよこれぇぇぇええええええ!?』


 少女の絶叫が町に響いた。





 「う、うわぁ」


 京平はあまりの女神の残酷さにドン引きしてしまった。

 無垢な少女がひとり、異世界への転生を果たした……何も与えられずに。


 「テヘペロッ」


 金髪ロリ女神はあざとく舌を出すが、京平の冷えた視線からは逃れられなかった。


 「ご愁傷様です不幸な転生者さん」


 しかしこればかりは京平にはどうしようもない。

 京平は心の中で手を合わせ、ほんのちょっとだけ、少女が逞しく生きてくれることを願った。


 

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