アイスクリームと三つのイルカ
遅れて合流したままにも怒られて、明日のおやつは抜きになった。
お達しを神妙に受け止め、明後日のお菓子に希望をたくす事にする。
お昼は水族館内の食堂で取る事にし、それぞれ好きな物を注文した。
ぱぱはイワシの天ぷら定食、ままはサバの味噌煮込み定食。
わたしはお子様ランチ。蛍はままと半分こして頂くことにしている。
運ばれてきたお子様ランチはオムライスに海老フライとゼリーのおまけ付き。
さて、言い忘れていたが、ここの水族館が人気なのには理由がある。
水族館の展示もすばらしいが改装前からの絶大な人気の理由はこれ。
ご飯の美味しさだ。
目の前のオムライスの卵はとふんわりとろとろの半熟。
掬い上げるスプーンに乗るのはトマトをくたくたに成るまで煮込んだソースとぷりっぷりのむき海老。
トマトの酸味とバターで焼かれた卵は奇跡的にマッチして、舌の上でエビがこりこりと跳ねる。
なんて美味しいんだ。
ここのメニューはアミューズメントスペースにあるまじきご飯の美味しさも相まって、熱烈なファンが多い。
価格はそこそこするが、見栄えの良さもあってかなりの集客を誇っている。
このデザートのゼリーなど芸術品と言っていい。
薄くグラデーションになった水色のゼリーの中には三匹、オレンジ色の魚が泳いでいる。
その隣を泡を表現するかのように丸い寒天が入っていた。
ああ幸せ。
感動に打ち震えるわたしにままが声をかける。
「ねえ桃子、お向さんにお土産渡したいから選んでくれない?」
「良いよ」
「そう言えばお菓子頂いたな。」
「美味しかったわよね。あのメーカーのお菓子ここいらで買えるかしら」
頂いたお菓子の品評を始めた二人をしり目にお土産の事を考える。
さくらさんと深月くんにか・・・・・・。
引っ越しの挨拶も、この前マカロンも凄く美味しかった。
あのお菓子に釣り合うお土産か。
さくらさんはアクセサリーが良いかな? 女の子だしあれ位の年の子なら興味あると思う。
じゃあ深月くんは?
小さい男の子って剣とか銃のおもちゃが好きなイメージあるけど、深月くんって大人ぽいしなあ。
最後の一口を含みもごもごと口を動かした。美味しかった。
見て良し食べて良しのここはまさに人間の竜宮城、お魚天国と言えるだろう。
ごちそう様と手を合わせ、席をたつ。
席に座って食事する人たちは皆美味しそうにご飯を頬張っていた。
幸せそうな人達を横目に会計を済ませ、隣の店舗へと移動する。
お魚のイラストのアーチの先はお土産ショップなのだ。
イルカにクラゲにカメにサメ、色んな海の動物がグッズになって売られている。
さて、まずはさくらさんかな。
アクセサリーの売り場に目を付け、ざっと目を通す。
ピアスにブレスレット、ネックレスにバレッタ。
ふっとバレッタのコーナーで目が止まった。
これ良いな。
手にとって眺めてみる。
角度を変えて見ると、モチーフは青く透き通り、ぴかっと光った。イルカのバレッタ。
うん。これが良いんじゃないかな。プレゼントとしても悪くない値段だ。
あまり高すぎても相手は気を使ってしまうしね。
さくらさんのお土産を決め、かごを持っていたままに渡した。
ままはバレッタを見てあら可愛いと言ってこちらを見る。
「桃子もお揃いにしたら」
「わたしは良いよ」
「どうして? 可愛いのに」
残念そうに顔を曇らせるままの言う通り確かに可愛い。
けれど、わたしの髪は短い。肩にも届かないわたしの髪ではバレッタは不要だろう。
そう伝えると、残念そうにはしたものの、引き下がってくれた。
これで今度は小物作りにも興味を示すかも。
小さな不安を胸にしまい、次のミッションに取り組む。
深月くんのお土産だ。
男の子の好きな物。
うーんっと考えたが、良い物が浮かばず店内を回ってみる。
お菓子にコップにパズルに・・・・・・。
どれも可愛いがぴんとこない。
どうしようかなあと思う私の耳に女性の声が聞こえた。
「イルカ可愛いー」
二十代のカップルだろうか。
仲睦まじく腕を組み、イルカのストラップを見ていた。
ストラップか。
確か深月くん携帯持ってたよな。ストラップ案外良いんじゃないか?
棚を見る。
沢山のストラップにキーホルダー。どれなら彼のお眼鏡にかなうか。
「これ何て良いんじゃないか」
頭上からぱぱの声が掛かり、目の前にひょいっとマスコットがぶら下げられた。
ぽこんと丸いイルカはぶらぶらとわたしの前で揺れている。
確かに可愛い。
パッケージを受け取ると、チェーンとは別にストラップにも変えられるのが分かった。
ふむ、悪くないね。
わたしが好感触の反応を見せるとぱぱが勝ち誇った表情になっていた。
一体何と戦っているのだろうか。
まあ良いか。わたしもこれが気に入ったので、自分の分も手を伸ばした。
「え!?」
という声に驚いて上を見上げる。
「桃子もそれ買うの?」
駄目だっただろうか?
家族で出かけた時ぱぱは小さい物ならお土産として買ってくれる。
いつもそうなものだから、今日も買ってくれるかなと思ったのだけれど。
都合が良すぎたか。
仕方ないと諦め、マスコットを棚に戻す。
ぱぱに行こうと声を掛けると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「桃子はそれが気に入ったの?」
渋い顔のぱぱに頷くと、苦悶の表情を浮かべた。
そんなに厳しいなら、要らないよと伝えたらぱぱは違うんだと首を振った。
棚に近寄りマスコットを二つ取り上げる。
深月くんのも合わせると三つ。
わたしと深月くんと、後ひとつは?
視線で問いかけるとぱぱは咳払いし声高に宣言した。
「三人でお揃いにしよう」
近くまで来ていたままが凄い顔をしていた。
ぱぱ、まま怒ってるよ。
「大人なんだから、恥ずかしいん事しないでよね」
そう言って怒るままにぱぱは謝っていたけれど、私は知っている。
ぱぱがイルカをみっつ購入していたの事を。いつまで隠せるのだろうか。
そんな事を思いながらお土産を選びきり、結果三点を購入した。
さくらさんにバレッタ。
深月くんにキーホルダー式ストラップ。
後は二人に水族館限定販売の絵本。
これ位で丁度頂き物との釣り合いも取れるかな。
それと蛍のお土産はクリオネのぬいぐるみになった。
相当気に行ったらしく一瞬目を離した隙に人形に齧りついていて、ままに大目玉くらったていた。
日は傾き、空は茜色に変わり始める。
カラスが鳴いてもう帰る時間だと教えてくれた。
「さて、今日はもうお終いだ」
ぱぱの一言で帰る事が確定する。
「また来ようね」
とぱぱに言ったら、もちろんと言って手を繋いでくれた。
帰り際振りかった水族館は夕焼けで赤く染まり朱塗りのお城のように見えた。
深い緑の亀に乗り、わたし達は家路についた。
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