仕掛け絵本とソフトクリーム
リビングでさくらさんがくれた箱を開けてみた。
綺麗な包装紙の中には綺麗なお菓子が収まっていた。
葉っぱ型のお菓子が十枚。二枚ずつ形が違って面白い。お夕飯前だからと、一枚だけ葉っぱを掴み上げる。
薄緑色のフィルムを切ると、中からシナモンの香りが流れてきた。
おいしそう。
思うと同時に葉っぱに齧りつく、何層にも重なる生地がパリパリっとくずれ口一杯に甘い味がひろがる。
噛むほどに広がる甘酸っぱい味とサクサクと鳴る生地はなるほど、味覚、聴覚どちらも楽しめる。
他の葉っぱに目をやると、種類ごとにフィルムの色が違う。
まるで秋の訪れを表現するかのように葉っぱは緑から黄色へと変わり最後に赤になる。
秋にぴったりのお菓子だ。
ふっと目が止まる、葉っぱのフィルムに見覚えのあるロゴが印刷されていた。
金地に大きな樹のイラスト。はて、何処で見たんだろう。
最後の一口を口に放り込みさくさくと音をたてて咀嚼する。
さくさくさくさく。
あ、思い出した。これ婦人に貰ったメーカーのお菓子だ。
薄い記憶を思い出そうと記憶の引き出しをぱかぱか開ける。
音と色で結んだ記憶がよみがえる。
婦人と初めて会ったのは春の午後、暖かい日差しの中だった。
今より少しだけ小さい私は階段の下から婦人の庭を覗いていた。
赤にピンクに青、色んな色の花が風にゆらゆら揺れている。
庭に揺れる花は舞踏会で踊るお姫さまのようだった。
今思うと恥ずかしくなるような記憶も仕方ない。昔の事だと、首をふる。
当時のわたしはまだ記憶はなく、まごうことなく少女だったのだからと言い聞かせた。
それよりもご婦人だ。彼女はその時花に水をあげていた。
もっと中を見たいと覗き込んだわたしに気付かず、水が頭に降りかかったのだった。
声で気付いたご婦人は大慌てでわたしを庭に招きいれ、タオルと暖かいココアを用意してくれた。
頭が乾き、ココアが飲み終わると家まで送ってくれままに謝っていた。
暖かいとはいえまだ春は始まったばかり、水に濡れて風邪でも引いたらと心配だったのかな。
わたしが悪かったのにね。
ままも同じ意見だったらしく、こちらこそ娘がすみませんとぺこぺこしていた。
それがきっかけでたまにご婦人とお茶会をするようになった。
お茶会にはお茶とお菓子と絵本が用意されていて、二人で眺めた絵本は素晴らしいものだった。
「お茶会にはこれよね」といたずらっぽく持ってきてくれた絵本は[不思議の国のアリス]でわたしの大好きな一冊になった。
思えばこちらのわたしが本を好きになったきっかけがあのご婦人だった気がする。
絵本は仕掛けがついた物だった。
仕掛け絵本なんて知らなかったわたしは大興奮で、その日はなかなか寝付けなかったのを覚えている。
本当に優しい人だった。
思い出してみて実感した。子供のわたしが強く思う位だ本当に良い人だったんだろう。
その人のお孫さんが向かいにやってきた。
二人の姉妹。
婦人がなくなってまだ半年だ。あの二人はどんな気持ちであの屋敷に来たのだろうか。
いけない、私は私のことをしなくちゃ。これからどうなるのかも分からないんだから。
そう思うのに。この手で持てるのは本当に軽くて小さいものだけ。
さくらさんにもらったお菓子の箱を持ち上げる。小さな箱なのにとてもずっしりと重い気がした。
「ねえ桃子ちゃん、もしね」
彼女の声が聞こえる、優しい声だ。
私は面倒事は嫌いだ。自分の事で手一杯だから。
他人の面倒までみきれないと思ってる。
私の目には大きな樹が映ったままだ。
「お願い出来るかしら」
でも、どうしてだろう。面倒事は嫌いなはずなのに。
あの二人の力になりたい。
そう思う自分がいた。
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