夏の終わりのロンド
さいころまま
第1話 帝紀812年、夏の終わり
これはフェリタニア王国という新しき国が、アルディオンに誕生して間もない頃に、あったかもしれない物語。
のちの世に英雄として名を響かせる、女王と騎士の挿話のひとつ。
「…だから、嫌だっつってるだろう!?」
フェリタニア王都の中心、バーランド宮の会議室に、赤毛の青年――アル・イーズデイルの苛立った叫びが響く。
「…まぁ、どうしても嫌だと言うならば、無理強いはできぬが…」
明晰な彼にしては珍しいことに、軍師ナヴァールは言葉を濁してアルの反応をうかがった。
「しつっこいぞ旦那。俺は堅苦しいのは苦手だとさんざん言ってるじゃねえか」
「…とはいえ、どうしたものか…」
「―――アル、どうしてもダメですか?」
「…あのなあ、姫さん。頼まれたって、嫌なものは…」
眉をしかめる彼女の騎士に、ピアニィはそっと目を伏せる。
「…アルが苦手なのはわかります。あたしも、本当は堅苦しいのそんなに好きじゃなくて…でも、楽しくなるように頑張りますから」
「―――そうは、言ってもな…」
「じゃあ…あたしが頑張れるように、そばで見ていてもらえませんか」
「…………」
「…ダメ…ですか?」
小さく囁いて、ピアニィは上目遣いにアルを伺う。…しばらくの沈黙のあと、アルは大きな溜め息をついた。
「…わかったよ。ただし、居るだけだからな。他のことは一切しねえぞ」
それを聞いたピアニィの顔に、大輪の花がほころぶような笑顔が浮かぶ。
「良かった…!ありがとうございます、アル!」
…一連の流れを、完全に傍観者モードで見ていた
「…結局のところ、アルがピアニィ様に逆らおうなんて十年早いって話でやんすね~。あの上目遣いの『お願い』にかかったら、終わりでやんす」
獣人娘の分析に、ナヴァールは口角だけを上げて微笑んだ。
「……さて、それはどうだろうな」
「―――違うでやんすか?」
訝しげな声を上げるベネットに、ナヴァールは簡単に解説する。
「『お願い』そのものは、承諾を引き出すための手段に過ぎぬからな。承諾したあと、それを不快に思わないからこそ、アルは何度もこのやり方にしたがっているわけだ。最大の難関は、あの笑顔の方であろうな。あれで全てが許せるうちは、アルの勝ちはなかろう」
「………それはつまり、一生ないって話でやんすな」
げんなりと耳と尻尾を垂らすベネットに、ナヴァールは小さく喉の奥で笑う。
「さあそこまでは、私の口からは――」
それじゃあ早速衣装合わせに行きましょう、と嬉しそうにピアニィはアルの手を引く。
早くも後悔し始めた顔のアルを連れてピアニィが部屋を出ると――ベネットはところで、とナヴァールに向き直った。
「―――アルがあれだけ嫌がるって、一体何を頼んだんでやんす?」
「……先ほども説明したが…覚えておらんな? ベネット」
呆れたような声を出すナヴァールに、ベネットは爽やかにはっはっはと笑いながら豊かな胸を張った。
「あっしの記憶力に期待するほうが間違っているでやんすよ? というわけでもう一回説明プリーズ、でやんす」
ナヴァールは小さく溜息をつくと、ベネットに手近な椅子を勧め、自らもソファに腰掛ける。
「…事の発端は、アヴェルシア王家の慣習なのだが―――」
その昔、アヴェルシアと言う王国がこの地にあった頃、バーランドは王家の人々の避暑地として栄えていた。
暑い夏を、山間のバーランドで快適に過ごした王族達は、秋の訪れとともに王都フェリストルに帰る――その最後の日に、園遊会と言う思い出を残して。
バーランド宮の広い庭を開放し、街の人々を招いて行われるこの園遊会は、街にとってはひとつの祭りであった。
広い芝生の庭に遊び、着飾った王族を間近に見て、過ぎ行く夏を惜しんだことのある住民は多く―――それ故に、レイウォールの支配下におかれた時に廃れたこの慣習を密かに望むものは数知れない。
国の名前は改まったとは言え、アヴェルシア王家の血を引くピアニィの即位はその望みに拍車をかけた。
………そんな折。バーランド宮を掃除していたメイドの一人が、屋根裏部屋で古めかしい衣装箱を発見した。
箱を開けてみれば、中には年代モノの立派な衣服の数々。園遊会に使われたものが、長年しまいこまれたままになっていたのだと知れた。
私腹を肥やすことについてことのほか優秀と言われた前執政官も、屋根裏部屋まで浚いはしなかったのだろう…あるいは発見しても、彼には着られないサイズゆえに放置したか。
ともあれ、この衣装の発見で、園遊会への期待が長老達にまで波及し始めたのである。
戦時下ゆえに盛大にはできないが、城を解放し、一日だけでも華やかな園遊会を甦らせて見ては…との意見は、ナヴァールが困惑するほど熱心に長老会議から寄せられた。
「―――ぶっちゃけた話、保守的な手合いの『王族たるものがドレスも着ず足をさらけ出してふらふらしているのはどうか』と言う壮大かつ婉曲な嫌味でもあるのだろうな。まあ、陛下は喜んで是非進めようとの仰せだったので、実行段階と相成ったわけだ」
長い話をフランクな言葉遣いで締めくくると、ナヴァールはくすり、と笑う。
「それで、アルにもできれば正装を――と頼んだわけだが。思い出したかね?」
「……何となく思い出してきたでやんす。王族が姫様ひとりしかいないから、女王騎士のアルにもなんかちゃんとした服を着せようって話でやんしたな」
「ああ、それからベネットもな」
ソファの上であぐらをかくベネットに、軍師はさらりと爆弾を落とす。言われたベネットの背筋がピンと伸び、なぜか足も正座の形になった。
「へ? あの、あっしも? き、聞いてないでやんすが!?」
「そうだろうな、今決めたから」
「今―――――っ!?」
涼しい顔のナヴァールに、あわあわとベネットが縋りつく。それをすげなく振り払って、軍師は淡々と言葉を重ねた。
「…陛下のお側に立つことになるのだ、その格好のままというわけにも行くまい。できればドレスが良いが――」
「ぜぜぜ絶っっ対ムリ―――――っ!?」
「まあ、そうであろうな。とりあえず、肌の隠れる服は着てもらうぞ?」
既に断定口調のナヴァールに逆らう愚を悟り、ベネットはしょんぼりと尻尾を垂らした。
「………せめて、《ドッジムーブ》は使える服でお願いするでやんす…」
「善処しよう」
政治家の答弁のごとくさらりと流されて、ベネットはすごすごとソファに戻る。
「…それにしても。普段あれだけ予算無い金無いって言って―――ゴハンも寂しいような事言ってるのに、よく園遊会なんてやる気になったでやんすね? 大丈夫なんでやんすか?」
ベネットの至極当然な疑問に、教え子がいい質問をしたような笑顔でナヴァールは答えた。
「此度の事は、民からの要望ということで、食事は皆が持ち寄ってくれるとのことだ。衣装については先程のとおり、見つかったものを直すので費用はほぼ無し。実質、国家として供出するのはバーランド宮の前庭と、陛下始め我々の公務にかかる時間くらい。―――――これだけの対費用効果で国が一つにまとまり、今後の政策が楽になると思えば、園遊会の意味もあろうというものだよ」
「………政治家の言い分でやんすねえ……」
若干渋い顔になるベネットに――それに、とナヴァールは言い添える。
「これで陛下のお心が明るくなる、と思えば、何の躊躇いがあろうか。――陛下も、ドレスで着飾るのをお嫌いになるほど在野にまみれてはおられぬのでな。堅苦しいのは苦手というが、それはまあ仕方があるまい」
「要するに、ピアニィ様が楽しくて国はまとまって、一石二鳥、ってことでやんすな。アルの正装も姫様は喜ぶでやんしょうし…」
そこまで口にして、ベネットはふと気づいた。
「―――ところで、ナヴァールは当日どういう格好をするでやんすか?」
対するナヴァールは、ふっと余裕のある笑みを返す。
「………良い事を教えておこうか、ベネット。私が着ているこの服は神官服といって、私のように神に仕える者が着る正装に当たるのだ」
「―――――つまり?」
「私は当日も、普段と同じこのまんま」
「………ずっる――――――――――!?」
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