第5話


 潮へ

 このページを読んでるってことは、おれはもうこの世にいないってことだね。日記なんて絶対読まれたくないものだろ。生きてるうちは絶対読まれないように気をつけてた。特に潮にだけは読まれたくなかった。


 ずっと隠してたけどおれは同級生にいじめられてて、負けないように日記に書いたんだ。って、もう全部のページを読んで知ってるかな?

 もしおれが負けたら、この日記を証拠に父さんたちに闘ってほしいって思ってた。それを糧に頑張ってたんだ。


 でも、今、体がボロボロになって弱ってて、死ぬかもしれないって時になって、そんなことどうでもいいって思えてきた。おれがもし死んだらみんなにおれのために闘ってほしくなんかない。ただ家族三人で、幸せに暮らしてほしいって思ってるよ。


 だからこの日記は父さんに燃やしてもらう予定。家族の楽しい思い出もたまに書いてるんだけど。でも、それ以上にキツイ内容だから。おれの憎しみが詰まってる。母さんや潮に読んでほしくないんだ。自分で燃やしに行く力はもう残ってない。

 父さんが燃やせなくて(父さんちょっと弱いから、あり得る話なんだよ。おれたちの正義感は母さん似なんだ)潮がこの日記を読んでしまったときのために今このメッセージを書いてる。


 ほんとはみんなの分書きたいけど、体力の限界。これも何日か分けて書いてるくらいだから。

 おれが死んで、何かの間違いでこの日記を読んでしまっても、復しゅうなんか考えないでくれ。潮の人生を生きてほしい。潮の正義感は、もっと正しいことのために使ってほしい。


 潮がいつも正しくいようとする姿を見て、おれもそうしようと思えたんだ。いじめてきたやつみんな殺しておれも死のう、なんて考えたこともあったけど、そんなことせずちゃんと逃げる事ができた。ちょっと遅くてボロボロになっちゃったけど。


 だから潮は、変なこと考えずに、今までみたいに人を幸せにすることだけを考えてくれ。

 どうか家族三人がいつまでも幸せなことを祈ってるよ。


 兄さんより





 橘が突然辞表を出し、学校から去った数日後ーー。

 父と母が和解を果たし、今度家族三人で食事に行くことになった、という内容の手紙が南園から届いた。幽霊を見た話は嘘だったと告白したために、連日教師にこってりとしぼられ、反省文を書く日々で、その上生徒会の仕事もあることから部室に行き直接礼を言う暇がない事を角張った文字で詫びていた。


 この手紙も副会長から亘理の手に届けられたほどだから、そうとう忙しいのだろう。かならず近い内に顔を出すと誓い、手紙は締め括られていた。


「良かった、良かった」

 亘理は手紙を封筒に入れ直し、せんべいを齧った。

 片面に砂糖が塗られており甘じょっぱいせんべいだ。亘理は砂糖が塗られた方を舌側にして食べるこだわりがあった。


「人助けもいいけど、そろそろとびきり怖い怪談もほしい気がするねぇ」

 今回は善人らしい行動をしていたものの、基本的に亘理は、自分が幽霊を見るために動いている。

「わ、私は遠慮したいですが……部長が望まれるなら……」

 対面に座る山岸がボソボソと言い、茶をすすった。

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