第二章 男子トイレの噂話
第1話
季節は春。柔らかな陽光が町に降り注ぐ。春の慈愛とも言えるそれはオカルト研究部の部室にも例外なく射していたのだがーー分厚いカーテンに遮られ、中にいる二人には届いていなかった。
部長の
「しかし、トランプは二人用のゲームが少ないよね」
手札から同じ数字のカード二枚をテーブルに捨てながら、亘理が言った。
何を隠そう、二人でババ抜きをしている最中である。誰がジョーカーを持っているのかわからないというスリルがないババ抜きは、味のないガムをひたすら噛み続けているような感じだ。
「やはり、大勢でする遊び、という印象がありますね……」
山岸は言って、亘理の手札からカードを一枚引いた。
スピードに飽きて、戦争、ぶたのしっぽ、七並べを経て、ババ抜きにたどり着いたが、やはり二人で楽しめるトランプゲームには限りがあると思い知らされた。
「せめてあと一人部員がいたらなあ。三人いると大体のトランプゲームができるようになるし」
と、亘理が願望を漏らした時ーー
「助けてくれぇ!」
男が部室の扉から転がり込んできた。
「おお、山岸くん、噂をすればなんとやらだ! 君、大富豪のルールは知ってる?」
「ぶ、部長、トランプしにきた雰囲気ではなさそうです……」
「言われてみれば。ついトランプのことばかり考えていたよ。大丈夫かい?」
男は汗だくになっている。
「み、水を……」
山岸は慌ててコップに水を入れて差し出した。男は喉を鳴らして飲んだ。
呼吸が整ってきた頃、ようやく次の言葉を発した。
「ありがとう。ああ……恐ろしかった」
「一体何があったんだい?」
「追われていたんだ、ゆゆゆ幽霊に」
「なんだって!」
亘理の目が輝いた。
男の名は
自己紹介を終えた所で赤い椅子に座り、亘理と山岸と向かい合う形で、南園は幽霊について話し出した。
南園が異変を感じたのは、二階の男子トイレだった。オカルト研究部と同じ階だが、廊下の端と端にあるため距離はそこそこ離れている。
たった今昼休みに、用を足そうとした時、トイレの個室から誰かのすすり泣く声が聞こえたという。
「ぼくも何度も使ってるけどなあ……」
普段は霊感ゼロの亘理が羨ましげに言った。
「トイレで一人で泣いているなんて、放っておけなくてね」
正義感が強そうな見た目通りだった。
今時珍しい角刈りで、太い眉毛はピンと逆八の字に張っている。爛々と燃える目と眉毛の距離がかなり近く、目力があった。
罪人がこの目に見つめられたら、思わず罪を告白しそうな程だ。
泣き声が聞こえる個室のドアをノックした。しかし、返事がない。何度ノックしてもすすり泣く声だけ。
南園は溢れる正義感から、トイレの扉をよじのぼったという。そして上から覗き込んだ。
「この高校の制服を着た少年が座っていた」
少年は俯いており、顔は見えなかった。
まず、第一に疑問に思ったのは、少年の体に大量のトイレットペーパーが巻き付いていたことだった。
そして第二に、彼はびしょ濡れだった。
そして最後に、彼に足がないことに気付いた。
気付いたと同時に走り出していた。
生存本能が俺を突き動かしたのだ、と南園の弁に熱が入る。
「後ろを振り返らずに走ったけど、泣き声がずっと背中から聞こえていた」
そして、オカルト研究部に辿り着いた。
「この部室には入ってこれなかったんだね」
まあ入ってきていてもぼくらには見えないけど、と亘理は付け足す。
「ああ、みたいだ……。君なら祓ってくれると思ってここに来たんだけど」
「トイレの地縛霊だとすると、あまり遠くまで離れられない可能性があるね」
亘理は顎に手を当てる。
「それは……気の毒だな」
南園がつぶやいた。
「ずっとあの、トイレの中にいるのだとしたら……」
とても孤独じゃないか。
逆八の字の眉が、八の字になっていた。
たった今追いかけられた幽霊に対し、心痛しているようだった。
「その幽霊について調べる必要があるな。ぼくは正体を見破らないと視れないし、祓うこともできないから」
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