オカルト研究部部長の視えない苦悩

夕日 黛

第一章 隣の女

第1話


 我がオカルト研究部へようこそ。この時期に来たということは…入部志願者かな?違う?冷やかしはお断りだけれど。山岸くん、そっちのせんべいはぼくの好物だからお客様には他のをお出ししなさい。なに、湿気てる?じゃあいいや。


 それで何の御用かな。先に言っておくが、ぼくらにメリットがない話ならお断りするよ。

 ふむ。メリットならあると。幽霊が見えるようになった男がいる?なるほど。今日はその男の話をしにきたのかい?


 その男を救ってほしい…?






 部屋には、異様な空気が漂っていた。日中にも関わらず黒いカーテンがひかれ、四方に蝋燭の灯りが揺らめいている。元は教室であるはずだが、机や椅子が全て取り除かれて、黒板も黒い布で覆われている。


 壁際には気味の悪いオブジェがずらりと並び、悪趣味な洋館の一室にでも迷い込んだ気分だ。校内の異空間と呼ぶにふさわしい部屋に足を踏み入れた瞬間、遊馬優也あすまゆうやは眩暈を覚えた。


 中央にどんと置かれた黒いソファーに腰を下ろした男が、にこりともせず言った。


「やあ。来たか」

「帰らせてください」

「自分から来ておいて何を言っているのかな? 君は」

「……友人に義理があるから来ただけです。彼女は、いつもおれのことを考えて行動してくれるから。彼女がここに行けと言ったなら、無視することはできません」

「ふむ。とにかく、座りたまえ」


 男は、話を聞いているのかいないのか、よく分からない。遊馬はしぶしぶ、男と机を挟んで対面する形で赤い椅子に座った。


「その椅子、いいだろう。来客用に奮発したんだ。なんでも呪われた椅子で、座った者が十二人連続で死ーー」

「やっぱり、帰ります」


 がたりと立ち上がる。


「嘘だ。まあ、おちつけ。座りなさい」

「笑えない冗談はやめてください」

「冗談じゃない、嘘だ。笑わせようという気はなかった。ただの嘘だ」

「余計に質が悪い! いったいなんなんだ、あんた」


 思わず声を荒らげた時、目の前の机に突然せんべいがした。はっと見上げると、長身の女性がこちらを見つめていた。この女性がせんべいをのだ。気配がなさすぎて、分からなかった。


「どうぞ……」

「少し柔らかめのせんべいだ」


 消え入るような女の声に続き、男が補足するように言った。遊馬はなんだか毒気を抜かれ、ふらりと赤い椅子に座った。女は次いで茶を置き、ソファーに座る男の横に立った。

 美しいが、生気の感じられない女だった。


「にしても、威勢のいい少年だな。友人から聞いた話と随分違う」

「昔からそうなんです。あいつは。妙なフィルターがかかってんのか、おれのことを心優しい少年だって周りに話すんです。実際会って、何度驚かれたかしれませんよ。こんな不良つかまえて何言ってんだか」


 遊馬は金色に染めた頭をかいた。


「彼女は心配していた。君のことを」

「……いつもです。おれみたいな狂った奴、放っておいた方が自分のためなのに」


 男の眉がぴくりと動いた。


「やはり君は自分が狂っていると思っているのか」

「そうです。幽霊を見るんですから。オカルト研究部の方に言うのはなんですけど、そんなの狂ってますよ。もう、あいつからおれのことは何もかも聞いたでしょう。おれが、幻覚を見ること、それを狂っていると思うこと」

「聞いたが、理解できないな。幽霊が見えるのに存在を信じないなんて」

「幽霊なんていません。おれの頭が作り出した幻覚です」


 おれは狂っているんです。

 遊馬は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「君が狂っているかどうかについてはあまり興味がそそられないが、君の見る幽霊に会ってみたいな」

「おれの妄想だから見えないですよ。今だって見えないでしょう」

「ぼくは普段は霊感ゼロだ。だから、幽霊がいてもわからない」

「えっ。そうなんですか。あなたはーー」


 女に目を向ける。


「もちろんゼロです……」

 女はわずかに微笑んだ。なぜか二人とも誇らしげである。


「となると、あいつがここに相談しに来た意味がない気がしてきましたね。他の人も見えるってわかったら、おれが自分のこと狂ってると思うのを、止められると思ったんだろうけど」

「ふむ。まあ簡単な話だよ。幽霊が見えるようになればいいんだ」

 ぼくがね、と男はにっこり笑った。



 変わり者の男の名は、亘理亘わたりとおる。性格も変わっていれば名前も変わっている。三年で、オカルト研究部の部長らしい。


 長身の女性は、山岸海やまぎしうみという、二年生の部員だ。遊馬とは同学年になる。山と海があって壮大な名だろう、となぜか亘理が自慢げだった。

 自己紹介を終えて、亘理が言った。


「君のことはどうでもいいが、とにかく幽霊を見たいんだ。力を貸してほしい」

「正直ですね」

「君は自分のことを狂人だと言っているが、そのことで何も支障はなさそうじゃないか。会話もできているし、友人もいる。無理をして意識を変える必要はないだろう」


 ふと、亘理が切れ長の目を細める。何かを思い出しているような目つきだ。


「昨日来た彼女は、そうは思ってなかったようだが」

「……沙希は幼馴染なんです。おれの一つ上だから、昔から世話を焼いてくれました」

「いつから幽霊が見えるようになった?」

「二ヵ月前です」


 チャイムが鳴った。もう放課後だが、学生の性で身体は反応する。同時に、ここが学校ということを思い出した。すっかり異空間に飲み込まれていた。

 まだ日は落ちていないはずだが、カーテンで閉め切られた部屋にいると、時間の感覚が分からなくなる。


「バイクで事故って、それからおかしくなったと思います」

「ほう、分かった。事故で生死をさ迷ったんだろう。臨死体験をした者は霊感が強くなることがある」

「いや……頭を強く打ったから、事故前後の記憶は吹っ飛んじまってますけど、命に別状はありませんでした」


 うーん、と亘理が唸った。


「おれは昔っから幽霊は信じないんです。事故でへんなところを打ったんでしょう。それで幻覚が見えるようになったんだと思ってます」

「腑に落ちないな。どうして、そう決めつけるんだ? 目に見えないから、幽霊はいないと言うのなら、分かる。だが、目に見えるものを信じない理由はなんだ?」

「ヒカガクテキだからです」


 金髪の不良が大真面目な顔をして言った。非科学的という単語が、カタカナで聞こえた気がした。


「君は頑固だね」

「おれのシンジョーですから。簡単にシンジョーを曲げるのは、男の風上にも置けません」

「頑固っていうか、ツッパっているのかな……」

「ありがとうございます」

「うん、褒めてるよ。それで重大な話に入るけど、今も見えてるのかい?」

「はい。というかいつも俺の隣にいます」


 びくぅっ、と効果音が聞こえそうなくらい、山岸が飛び退いた。遊馬は首を傾げる。


「どんな幽霊なの? 性別は? 年齢は? 見た目は? 会話とかできる?」


 亘理が机に掌を当てて身を乗り出す。


「えっと……」


 遊馬は顔を背けた。

 興奮した亘理の顔が鼻先まで近づいたせいではないーーいや、それもあったがーー正確には、いるのだ。自身の隣にいる、を。


「性別は、女です。髪が長くて、白いワンピースを着てる。年齢は……なんとなく若い感じがする。顔のあたりがよく見えないんです。黒い血で濡れてて。会話はしたことありません、しようとも……」


 黒い血、のあたりでまた山岸が震えた。元から悪い顔色が更に悪くなっている。


「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫。山岸くんは怖い話が苦手なだけだから」


 亘理が答える。じゃあなぜオカルト研究部に、という疑問を口に出す前に、追加の質問が飛んでくる。


「君に対して危害を加えることはある?」

「いっさい。隣にいるだけです。おれの妄想だから、当然だけど」

「敵意はないのかな」

 亘理も落ち着いてきたらしく、ソファに座り直した。

「たぶん。でも最近はもう慣れたけど、やっぱりふとした瞬間ちょっと怖……ゾクっとします」

「たとえば?」

「俺がバイクに乗ろうとした時とかに、じぃっと見てくるんですよね。それが怖……不気味で」

「なるほど。君のバイク事故が何か関わっている可能性がありそうだね。ーー明日の土曜日は空いてるかい?」

「彼女とデートです」


 突然の話題転換に、思わず正直に答えてしまう。まだこの亘理という男を信頼していないのに。


「うん、じゃあ彼女も連れて来ていいよ」

「え?」

「明日、君が事故に遭った現場に行って調査するから。LINE交換しよう。QRコード出して」

「はあ」

「QRコードの出し方知らない? 教えてあげようか。ふるふるはもう使えないからね」

 亘理はなぜか得意げで、若干早口になっている。

「知ってますけど。調査って」

「必要なんです……」


 突然山岸が口を開いた。また存在感が消えていたので、今度は遊馬が飛び退く番だった。


「部長が視るために、必要なんです」

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