宝石の寵愛
空沢 来
第1話 出逢い
「おまえはオレのもの」
あたしの目の前で、その銀髪の男は、切れ長の双眸をスッと細める。
「せいぜい足掻いてみろ」
あまい彼のささやきが耳朶をねぶる。
背筋がゾッとし、ふるえる。
彼の顔は見たくないが、余裕の表情を浮かべてる気配がする。
悔しくて、あたしは唇を噛む。
こうなったのはすべてあのとき、正体が彼にばれてしまったからだ。
どんな望みも叶える宝石……スファナローリアの寵愛を受けて生まれたあたしの目標は目立たずに生きること。
だが、派手好きで知られる宝石帝国の皇帝、
時の最高権力者に見つかってしまった以上、もう元の生活に戻ることはできない。
スファナローリアの輝きが漏れないよう、細心の注意を払っていたのに。
その日、帝都に出かけていた。人混みや街並みに慣れていないので、辺りを見回していた。知らない男が親切にも道案内を買って出てくれた。極力関わり合いになりたくなかったので断った。だが、彼は巧みな話術でなかなか離れてくれない。
そこをお忍びで外出していた皇帝に助けられた。
「待たせたね」
と、さも知り合いであるかのように突如話しかけてきて、さっそうと肩を組んできた。
当時は皇帝のことも見知らぬ人間だったので、振り払おうとすると、小声で
「助けてやる」
と言われ。嫌だったが、大人しく話をあわせた。
「ありがとうございました」
しつこい男と無事別れ、連れていかれた路地裏で、あたしは助けてくれた人に感謝して去ろうとした。
しかし彼は私の手首を掴み、言った。
「何者だ? 俺を魅了するとは?」
あたしは彼を睨む。
「助けてくれるんじゃないの? 新手のナンパ?」
彼は薄笑いを浮かべる。
「はっ? おまえこそ」
「どういう意味?」
「何が、それほど惹きつけるのか……? 誘ってるのか俺を?」
「気持ちわるっ。頭お花畑……」
「あぁ。満開のようだ」
白々しく彼は調子を合わせてくる。あたしは空いた手で、彼の手を手首から離し、踵を返す。
そこへ、
「陛下!」
と、駆けつけてくる彼の護衛らしき武官と鉢合う。
武官が彼を呼ぶ声を聞き、あたしはさあっと血の気が引いた。
陛下と、呼ばれる男なんてそうそういない。
「
「はっ?」
「捕らえよ!!」
「いやっ」
あたしが覚えた護身術より、反応の早い武官の方が上手だった。
「よく捕らえた」
あたしは手首を掴まれ、彼の前に戻される。
彼は武官を褒め、ふわっとあたしを抱きあげる。
「ひゃああっ?!」
「行くぞ」
「その女も?」
と、武官は胡散臭そうだ。
「あぁ。なぜか目が離せない。その理由を調べる」
「得体が知れないのでは?」
「そうだ。だから調べる」
「あまり危険には首を突っ込まないでください」
「わかっている。何かあったらすぐ対処できるよう部屋の外にいてくれ」
「……はい」
連れて行かれた高級ホテルの一室で、彼はあたしをベッドに降ろすと、逃げられないように手首を頭上で縛り上げる。
「何をっ……」
「ん? 身体に訊く?」
彼の、新月の夜空色の目が怪しく光る。
「野蛮では?」
「なぜ?」
と問い返し、訊いていないのに、彼は説明を始める。
「いにしえより、巨大な力を持ち、人の望みを何でも叶える宝石がある。宝石帝国……この国は、建国の宝石ラフィアの寵愛を受けし初代皇帝によって建国された。同じように石の寵愛を受けて生まれてくる人間がごく稀にいる」
話しながら彼は、あたしのブラウスのボタンをゆっくりと外していく。
「その者は身体のどこかにキラキラ光るあざがあり、ラフィアの加護を受けしこの国の正統な皇帝は、同じく宝石に恵まれた人間を見分けることができる」
彼の語り口は淡々としている。キャミソールをめくり上げ、ブラを上にずらしても、女体に喘ぐ素振りを見せず。頬を赤く染めることもない。
「見つけた」
あたしは諦め、天井を見上げる。息を吐く。
胸の真ん中の蒼い、小さなあざ。打撲痕にも見えるそれは生まれつきで、キラキラと光を反射して煌めく宝石のように輝いている。
皇帝はそれを見つめると、あたしの服を元に戻し、手首の紐を解く。
ベッドの上に座り直し、あたしたちは向き合う。
「おまえに拒否権はない。今後、俺に仕えてもらう」
「いやだと言ったら?」
「家族を皆殺しにする」
「卑怯な奴」
「何とでも。……おまえは俺のもの」
そこで彼は挑発するようにあたしの耳に顔を近づける。
「せいぜい足掻いてみろ」
と、小声で。
「……俺の、じゃないっ」
と、あたしは反論する。
「なぜ? ここは俺の国。俺の民だ。宝石の寵愛を受けているならなおさら、な?」
皇帝は楽しそうに微笑する。
「俺は
「……
「紗梨亜。おまえに護衛はいないのか? 宝石の加護しか受けてない俺にだって城弦がいる。〈宝石の騎士〉も連れずに
「零音こそ。皇帝ならもっとお供の人間を連れてないと暗殺にあう」
すると、彼は不敵に笑う。
「そんな奴みな返り討ちだ」
彼はあたしの唇に人差し指をつける。
「紗梨亜も俺から逃げるなら、同じな?」
あたしは彼の指を掴み、唇を開け、話す。
「……もし本当に加護を受けているならその証を見せてほしい。あたしだけ見られるのは対等じゃない」
「身分が違う」
彼は、あたしの指の中からスルリと抜け、あたしの片頬をむぎゅぅ……と引っ張る。あたしはそれに構わず、続ける。
「本当に? 零音が皇帝である証拠を見せないと信じない」
「……いいだろう」
彼は上着を脱ぐ。そうして中に着ているシャツのボタンを3個開けて手を止める。そのまま鎖骨をあらわにする。
輝きは〈寵愛を受けし者〉に劣るが、それでもなおキラキラと発光する皮膚が見える。
加護を受けし者は皮膚があざのようには変色しない。肌色のままだ。
「……っ。本当だ」
「俺は正統な皇帝だが、この座はいつも狙われている。俺が皇帝であり続けることができるよう力を貸してほしい。それだけだ」
「……」
「ここで紗梨亜を手放し、今後俺と敵対する勢力に組されたら困る」
「あたしは、誰にもこの宝石を見せるつもりはない」
「護衛一人いない状況で、誰かに無理強いされたら? 今だって容易く俺の手に落ちているのに?」
「それは……っ」
「一体、何があった?」
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