自由に憧れて

なつのみ

出会い

会社からの帰り道になんとなくいつもと違う道で帰っていた。

街灯は薄く橙色に点いていて、日はすでに落ちている。

いつもより早く仕事が終わって定時に帰宅できるなんていつぶりかと暇をつぶせることを探していた。

「たまには道草してもバチは当たらないだろう」

そんなことをつぶやきながら小さい頃、毎日のように通っていた公園が見えた。

「懐かしいな、何年ぶりだっけ」

公園の雰囲気と子供の頃の記憶がまだ残っている。

いつもこの時間帯なら公園周辺は住宅地で人通りが多いはずなのだが何故かこの時は誰もいない。

なんとなく寄ってみることにしよう。

敷地内に足を踏み入れると土を踏む感覚が懐かしさを倍増させた。

ブランコが二つに砂場と鉄棒、そこまで広くない空間でも子供の頃は大きく感じていた。

街灯がポツポツと点滅していて明るいというまではいかない。

古びた青いベンチに腰を下ろすと隣に猫が寝ていたことに気づく。

危うく踏みつけるところだった。

俺が隣に座ったことに気がついたようで猫がこちらを振り向いた。

「・・・ニャー」

目を瞑り口を大きく開けてそう鳴いた。

「なんだ?なんて言ったんだ?」

俺に話しかけてきたんだろうか?

ジト目でこちらを見続ける猫に伝わりもしない日本語で問いかける。

「ニャー」

さっきと同じ鳴き方だ。何か意味でもあるのか。

同じ日常の繰り返しだった毎日に飽き飽きしていたんだ。今日は腹が減るまでこいつに付き合ってみるかな。

「なんとかして会話ができたら嬉しいんだがな」

そういって暗がりに光る青い猫の鋭い視線を受けながら頭を撫でみる。

すると顎をあげて首を見せつけるようにしながらこちらをみる。

「なんだ、首輪か・・・飼い猫なのか」

暗くて文字はよく読めないがどこかの飼い猫だろう。

「家出でもしたのか。猫は自由でいいな」

なんとなく自分と比較してしまう。

もしかしたら放し飼いしている可能性もあるな。

そしてなんとなく空を見上げる。

暗い夜空が輝く星を際立たせている。

「こんなふうにゆっくりできる時間が毎日あるお前が羨ましいよ」

吸い込まれそうな空は妖しく月も照らしていた。

今日は満月か。

「あなた、自由になりたいの?」

「え?」

不意に話しかけられて視線を猫に戻す。

「あなたは猫のように自由な暮らしがしたいの?と聞いているの」

「ちょっとまって。いましゃべったのか?」

青い猫は呆れたような表情を見せてベンチを飛び降りた。

「返事を考えておいてね」

振り向かないまましっぽで俺に別れを告げたような仕草を見せた。

公園の奥の暗闇に颯爽と消えてゆく。

「なんだったんだ?幻聴か?」

いきなりの出来事で思考が追いついていない。

おかしなことに出くわしたが疲れているのかと考えを一蹴して家に帰ることにした。

今日は早く寝よう。


あの後すぐに家へ帰った。

俺の実家は引っ越して埼玉にあり両親はそちらで住んでいる。

俺はというと小さい頃お世話になった知り合いの家主のおばさんに格安な家賃で住まわせてもらっている。

連休には実家に戻る時もあるがここは駅に近くてすこし歩いていくとすぐそこには引っ越す前の一軒家が残っている。

現在は別の人間が住んでいるわけだが。

幼い頃に遊んだ記憶のある公園でのあの出来事は一体・・・。

あの時聞かれた「猫のように自由な暮らし」は憧れはある。

仕事に追われずにのんびりと人生を歩んでいく生活。

帰ってきて手を洗うために洗面所へ行き、ふと備え付けの鏡を見た。

「ん?なんだこれは」

鏡には不思議そうな表情をしながら覗き込む30代の男が映った。というか俺だ。

その俺の首には先ほど会った猫と同じような首輪が巻かれていた。

首輪は赤い生地に白い装飾の帯でYUKIと書かれていた。

佑樹は俺の名前だ。

しかしなんでこんなものがいつの間に俺の首に?

「なんででしょうね」

「うわっびっくりした」

洗面所の入口の扉から顔だけ覗かせている青い猫がいた。

「似合ってるよ。かわいい」

似合っていると言われてもなぁ・・・。ベルトじゃなくて継ぎ目が見当たらないから外せねぇし。

冷静になって夢じゃなかった先程の出来事とその猫を見つめる。

「なあ、ネコ。なんでお前は喋ってるんだ?」

とりあえず疑問を投げよう。

「私みたいな猫だっておしゃべりするわよ。そんなことは放っておいて、さっきの返事はどうなの?」

「さっきの返事って?」

「はぁ・・・」

猫は声と同時に項垂れていた。

やはり猫がしゃべっているのかと確信する。

「もう一度聞くわ。あなた、私みたいな猫のように自由な暮らしがしたいって思わない?」

「それにしてもどこから声が出てるんだ?どこかにカメラが・・・それとも疲れているだけとか」

「ちょっと!すこしは聞く耳持ちなさいよ!」

「おぉ・・・すまんな猫」

「よろしい。猫じゃなくて私にはヒカリっていうちゃんとした名前があるのよ。そちらで呼んでくれないかしら」

「なんだ、人間臭いやつだなぁ」

「あなたの名前は?」

「んぁ?なんで名乗る必要があるんだよ」

「それじゃあ人間って呼ぶわよ。あなたが私を猫と呼んだように」

「それは嫌だなぁ。佑樹だよ。大島 佑樹」

結構よくしゃべる猫だな。暇つぶしにはちょうど良いのだけれどすこし現実離れしているせいかやけに落ち着かない。

「その首輪には気がついたわよね。それは私が付けてあげたのよ。感謝して」

「はぁ?なにを勝手に着けておいて感謝してだよ。それに首輪をしてどうなるって言うんだ」

「私みたいな自由な暮らしがしたいって言ったじゃない。首輪は気分よ」

「あぁ言ったな。そうか気分か・・・」

気分で自由な猫の暮らしが体験できるとは思わないけど。

「そのための道具よ。佑樹に私たちの暮らしを体験させてあげようと思って」

猫はニコッと微笑んだ。


そうして猫は後ろを向いてしまった。

タタタと洗面所から姿を消した。

首に巻かれている首輪に違和感を覚えながらリビングへ行った。

「明日はお仕事があるのかしら?」

「無いよ。土曜日日曜日とお休みさ」

「好都合ね。どうせ暇を潰す予定でしょう?ゆっくり猫気分を満喫しましょうよ」

「そうか、そんなことができるならやってみたいな」

「それよりもまずはお食事が欲しいのですが」

食事だと・・・猫用ペットフードなんてないんだが・・・。

「あ、その缶にお魚の写真が貼ってあるけれど何が入っているのかしら?」

「あーだめだめ。ツナ巻は魚だけど猫にとっては塩分摂りすぎになるからね。魚焼いてやるよ」

「そう・・・。知らなかったわ」

「しかしなんか無性に魚が食いたいのはなんでだ」

ツナ缶を目にしたとき先程まであるようでなかった空腹感が押し寄せてきた。

「あらあら、嗜好が猫に近づいてるみたいですね」

クスクスと笑っている。

「何を言ってるんだ?まあいいか・・・。さっさと魚を焼こう」

俺はキッチンへと進みフライパンをセットしてスイッチを回す。

「うわゎっ!?」

なんだ・・・。毎日自炊していたからなにも驚くものじゃないのに・・・火が、怖い。

「そりゃあ猫だって獣ですよ。苦手なものだってあります」

猫が座布団の上で何かを口にしていた。

「ん?何食べてるんだ?」

「あ、ポテチというものがあったので食べさせてもらってます。おいしいです」

俺は火を怖がりながらも魚を焼き始めた。

「あーポテチも食べないほうがいいぞー恐ろしく塩分高いからな。太るよ?」

「なっ・・・なっ・・・」

猫がこちらを向きながらわなわなと震えている。

「よし、できた。」

ほかに味噌汁とか作っておくか。米は熱くて猫じゃ食べられなさそうだからパン持って行ってやるか。

「ここには乙女の体重を無慈悲に増量するものが多すぎます・・・。あ、ジャガリ○サラダ味・・・ってことはこれは平気ですね」

「なんか言ったか?」

「お、おいしい・・・」

「あーそれもだめだよ。ジャガリ○はサラダ味って書いてあるけど味は変えればいくらでも種類があるんだけど元はスナック菓子だからね」

「スナック菓子、ですか?」

「あぁ。性質上油であげて塩分多めで脂肪分多いから人間でも食べ過ぎないほうがいいんだよ」

「なぜそんなものを買うんですか!」

作った料理を居間へ運ぶ。

「まあ俺は仕事の関係上動くことが多いからな。食べても太らない程度に運動してるんだ」

「私もこのお菓子をいっぱい食べたいです・・・」

「やめておいたほうがいいぞ?本当に猫にとっては害だからな」

「うぅ・・・」

「さて、いただきますか」

「え?私の魚黒いんですけど腐ってません?目も白くて・・・」

「まあ、焼いたからな。こっちのほうが美味しいと思うぞ」

猫は目の前の皿に乗っかったさんまを凝視している。

「いい匂いです」

お構いなしに俺は味噌汁を啜る。

「あちっ・・・舌が・・・舌がぁ・・・」

「おうおう猫舌だったなそういえば。冷めちゃうとアレだけどすこしお預けだなぁ」

「うぅ・・・」

猫が涙目になって俺を睨みつける。

「な、なんだよ」

「あなたもそのうち私と同じ自由な暮らしを教えてあげようと思ったのに!あなたの暮らしの方が断然羨ましいです!!我慢できません。やっぱりその羨ましい人間性すぐにもらってあげます!」

「おいおい、どうした大きな声上げて・・・」

鋭い眼光が俺に突き刺さる。

それと同時に首輪が光りだす。

「え、なんだこれ・・・俺を猫と同じ嗜好にする首輪だったんだろう?」

「違います。あなたを猫の仲間にする首輪です」

「え、そんなことできるはずないだろ。俺は人間だぞ!うっ・・・」

無性に体中がむず痒くなってきた。

「猫の自由な生活、教えてあげますよ。安心して身を任せてくださいね?」

全身に脇立つ痒さは俺の肌から毛が生えているせいのようだ。

目の前の猫のような青くさらさらとした綺麗で艶やかな毛に局所が覆われ始める。

体の変化を確認するために服を脱いだ。

見える範囲で確認すると、首、手首、肘、肩、胸、腰、お尻、下腹部、膝、足首、手足の甲に密集して毛が生えてきた。

「なんだこれ・・・」

「うふふ、次は骨格です」

そう猫が呟くと耳は頭の方へゆっくり登っていく感覚と髪の毛が異様に長くなっているのを感じた。

体の骨がゴキゴキと音を鳴らしながら俺に激痛を与える。

「あらかわいい」

猫の視線の先には俺の尾骨の上あたりから生えた細長いしっぽがあった。

「な・・・しっぽが生えた??」

痛みに耐えながら急いで洗面所へ向かい鏡を覗くとそこには俺の面影を残した少々つり目の男がいた。

髪の毛は耳が見えるくらい短かったのにいまは肩にかかるくらいの長さになっている。

「うっ・・・あ、声が・・・」

男にしては高めだった俺の声も身体の変化とともに少女のような可愛いものになってしまっていた。

胸のあたりがチクっとする。

その瞬間乳首が硬くなり、胸が大きくなってきた。

ゆっくりと、しかし確実に女性的な体に変わっていくのがわかる。

なんで胸が?それにお尻もなんか肉がついたような?

筋肉質だった腕や腹、足など全体的に二次性徴の途中のような女性的な丸みを帯びた体になってきた。

それを確認しているのも束の間、胸が膨らんで下を見下ろすのを阻害する。

顔は猫の髭のようなものが生えているあどけなさが残った女性のものになっていた。

力が抜けて床にへたりこんでしまう。

「はい、佑樹さん。終わりましたよ」

ぺたん座りになった俺の前に猫が来て声をかける。

その猫の首輪は先程の俺のように光っていた。

「変態は体力の消耗が激しいのでお休みになっていただいて構いませんよ?」

確かに頭がぼーっとする。

「あとで私が運びますので」

不敵な笑みをした猫を最後に俺の意識は飛んでいった。


「・・・ちゃん・・・キちゃん。ねえユキちゃん、起きてください」

「んぅ・・・?」

誰かに起こされるなんて久しぶりだ。

窓から溢れる日光に中々目を開けることができない。

昨日なんかしてたっけ?

目をこすりながら体を起こす。


(挿絵は説明欄のURLから)


「っ!?」

「あぁ、起きましたね?ただいまお洋服お持ちします」

「ちょ、ちょっと待って。誰だお前」

声が高い?あ、昨日女にされて・・・。

「え?私はひかりですよ?なにか」

「なにかじゃねぇよ。ヒカリは猫だよ!」

俺がこんなに驚いているのは目の前に見知らぬ男がいるからだ。

さわやか系とでも言うべきか表情は涼しげで物腰良さそうな人柄に見える。

ヒカリを名乗るそいつの首には陽の光で昨日かすれて読めなかった文字が薄く見える。

[HIKARI]

「お前がヒカリだとしてなんで人間の男になってるんだよ」

「あぁ、それはですねーこの首輪はあなたの人間性とわたしの猫の属性を入れ替えてくれるものなんです。昨日も言ったでしょう?猫のように自由な暮らしがしたいと願ったから首輪が現れたの。あとはわたしの気分次第でいくらでも調節できるのよ。あなたがメスなのは元のわたしがメスだったからで逆も然り」

「つまり俺は昨日のヒカルと立場を入れ替えられたと?」

「そういうことよ。でもいいじゃない?二日仕事が休みでそのあとはわたしに自由な暮らしを返してくれればそのあとはまたいつもどおりよ。いい話じゃない?楽しみなさいな」

「まあ、そういうんなら楽しそうだし非日常的な生活も体験しようかな」

「そうこなくっちゃ!」

ヒカリは温和な笑顔で僕に微笑んだ。

俺はブサイクでこそなかったがヒカルはイケメンになったな。

ちょっとつり目なところとか猫っぽいところはあるけど一緒にいて嫌な気分ではない。

そういう俺はというと昨日猫女になったのを見たあと変化はあるのだろうか?

「ん?こんな獣娘みたいな体じゃあ外に出歩けないじゃないか」

「あぁ、そのことでしたらご心配なく。四足歩行の態勢になってさえいれば首輪の力で周りからはふつうの猫に見えますよ」

「へぇすごいんだなこの首輪。ヒカリが作ったのか?」

布団から出て四つん這いになると首輪が光った。効果が現れたみたいだ。

人間よりも猫よりの構造のこの体は自然に四つん這いになれる。

人面猫というわけではないが四つん這いになると周りの視覚を欺くだけでなく体は猫本来の動きができそうなしなやかな形になった。

「いえ、これは思いの結晶みたいなものでユキちゃんの想像が呼び込んだものだと思いますよ。私は普通の猫でしたし」

「あーそのゆきちゃんってのやめてほしいんだけど・・・女の子っぽいから」

「あれ?そうか、猫になりたいと思ってもメスになりたいとは思ってないから心は変わらないのですね」

「ん?」

「私はその・・・スナック菓子が食べたいとおもって人間になったので・・・恥ずかしいです」

顔を赤く染めて両手で隠している。

その仕草は大の大人がやってるところを見ているとこっちが恥ずかしくなる。

「ヒカリの憧れの力で人間になれたんだな。まあ二日間だけ貸してやるよ」

「ありがとうございます。実は私、佑樹さんの存在を借りている立場なのでいま社会では佑樹さんなんです」

「そうか、なら俺はヒカルってことか」

「はい。なので街を徘徊してみてはどうですか?新しい視点で見る街も面白いともいますよ?」

「おぉさんきゅー」

「それでなんですが私にもその、外出の許可を・・・」

もじもじとうつむきながらこちらをチラチラと視線を送っている。

「あーいいよいいよ。ヒカルも人間の姿で街を探索したいんだろ?」

パァっと表情が緩みにっこりと嬉しそうな表情を見せた。

「それでは早速」

「ちょっと待って」

「はい?」

「四つん這いから二足歩行に変えたら姿がもどっちゃう感じ?」

「あぁ、人間には見えないですけど猫ちゃんはびっくりするでしょうね。非常時以外は立たない方が無難かと」

「おーけーさんきゅー。じゃあ俺も外に出歩きたくなったからまたあとで落ち合おうぜ」

「はい。くれぐれも車に惹かれないようにしてくださいね」

「なるほど、気をつけなきゃな」


昼過ぎ

俺はいつのまにか昼になっていたので朝を抜いて昼ごはんのめざしを食べて街へ出かけることにした。

どうやら四つん這いになったら他人の視覚情報を完全に欺くわけではなく体格が猫の大きさになっていたらしい。

実際に今の俺の目線は地を這いずっているくらい低いし体勢は人間にはできないほど綺麗な四足歩行である。

お店のガラスドアに反射して写った自分の姿はまるでヒカリのような青い毛の猫でとても野良猫のようには見えない。

なんとなく昨日ヒカリと出会った公園まで歩いてきてみたが自然にどの部分の体を使えばベンチに乗れるかわかった。

「よいしょっと」

むぎゅっ・・・

「ふにゃぁっ!?」

「わわっ」

先客がいたようで俺はベンチに寝ていた猫の上に乗りかかってしまった。

「いったいわねぇ・・・せっかく気持ちよく寝ていたのに」

「うわーごめんごめん。わからなくってさー」

俺はベンチの端に移動した。

白いもふもふ。俺の身体よりもだいぶでかい体格で匂いからオスだとわかった。

「あなた、私のこと知らないのかしら?ここら辺では有名なのよ?」

でかい図体でオス臭い白猫はおネェ口調で話しかけてきた。

気づかなかったけど普通に猫との会話が成立していて少し嬉しさがこみ上げてきた。

「あーちょっと諸事情であんまりこの辺知らないんだよ(猫になったばっかりだとは言えないからな)」

「ふーん?諸事情で済ますってことは訳ありかしら?隣町くらいだったらおネェのボスネコの噂を知っているはずだと思うんだけどねぇ」

「おネェのボスネコ・・・ねぇ」

自分でおネェって名乗るもんなのか?

好きでオネェやってるわけじゃないのよねとか言ってるし俺と同じワケありみたいな?

「ん?その首輪は・・・。そうだあんた、私に乗りかかっておいて何もしないで帰るわけじゃないだろうね?」

少し考える仕草をしたあと思いついたようにそう聞いてきた。

「えーどうすればいいんだよ?」

「うーん・・・。そうだ、私こう見えてもレディなんだ。ちょいと届かない部分の毛づくろいをしてよ」

毛づくろい?どうやるんだろう・・・。

考えていたら毛づくろいのイメージが頭に浮かんできた。

猫として不足した知識は少し考えれば出てくるみたいなので何かと便利だ。

嗜好は昨日、首輪の一件で猫化していることがわかっているために猫に必要な情報はなんとなく記憶というか本能を探るように考えれば猫として自然に振る舞えると思っていた。

「どの辺舐めりゃいいんだろ」

猫が届かない身体の部分ってどこだ?すごく靭やかな身体だから届かないといっても背中とか首あたりだろうか。

俺は自分の体長の二倍はあるかと思われる白猫の懐に顔を埋める体制になっていた。

というかどこがケツだかもふもふしすぎてわからない。

「なぁ白猫さん、どの辺やればいいんだよ・・・っておい!何しやがるっ」

「あなたさっきっからメス臭いのよ。まさか私を誘惑してるつもり?」

白猫は重たそうな体を持ち上げ他と同時に俺の首裏を咥えて持ち上げた。

「そんなわけねぇだろ!俺は男だ!」

「え?嘘よ、あなたからはメスの匂いしかしないわ」

どさっと公園の端っこにある結構な高さの茂みに隠れた場所に下ろされて初めて俺は襲われそうになっていることを予感した。

「そうか、ヒカリの体はメスだったから俺もメスだった・・・。いや、でも俺は本当は男なんだ!しかも人間の!」

白猫はその言葉に意外にも驚いた様子ではなかった。

「へぇ、やっぱりね。私のほかにも猫になった人間がいたんだ?それなら話が早いわね。でもその前に」

にやりと顔を歪めて白猫は言う。

「子作りしましょ?」

俺は全身の毛が逆立つような感覚に陥った。

いますぐここを離れなければ。

こいつから逃げなくては!

ヒカリの話を受け入れたとき、貞操の危機というのは考えていなかった。

猫という獣になって自由な二日間を満喫する。新しいストレスの解消法、人生で味わうことのない刺激的な経験。

そんなゆるい考えばかりで家から出ていた。

「いっ・・・嫌だ!」

俺は無意識かそれとも人間本能的か、慣れない四足歩行を捨てて自分の本来の走り方でその場を逃げ出した。

首輪が一瞬光り身体の骨格が人間的になり体が大きく・・・ならない!?

二足歩行にした途端ただの猫ではなく人型に猫の特徴を添えていった姿に変わったのだが体長が戻らない。

普通の猫が仁王立ちしたぐらいの大きさで走っている。

「待ってよ、自称人間さん」

俺の頭上を飛び越えて白猫は俺の前に立ちはだかった。

それから素早い動きで俺の身体を抑えて仰向けに押し倒された。

「猫の姿の方が敏捷性が高いのに人型に戻ったのが甘いわね。まあ猫のままでも私のほうが早いでしょうけど」

俺を押さえつけていた肉球の手は人に近いゴツゴツした手に変わりしっぽや耳などの猫の特徴を残して白猫は人間の男の姿に変わった。

「お前も人間なのか?あっ・・・」

もふもふした毛のせいで隠れていたのか俺がつけている首輪と同じようなのをつけている。

「そうよ。でも元女なの」

なるほど、話が見えてきた。

「しかしだったら俺を襲うのは変じゃないか?」

元女であるなら俺を襲うなんてしないと思った。

「いまはオス猫だもの。私も最初は人間として威厳を持ちながら猫として生きていこうと思っていたけれどだんだん、日が経つたびに獣の本能が私の理性を削っていって・・・。いまはもう諦めているのよ。どうせ私の体は帰ってこない、裏切られたのよ。すぐに返してくれる約束だったのに」

「裏切られた・・・?どういうことだ?俺は元に戻れないのか?」

それが本当だとするとまずい。いや、ヒカルに限って裏切るなんて・・・。

[このポテチというお菓子、コンソメとかしおとか色々な味があるんですよ!もう人間やめたくないですぅ]

とか言い出しかねないから信じがたいな。

「別に両方に戻る意志が残っていれば可能だけれど私、同じ境遇の仲間と出会えて嬉しいのよ?簡単に返すと思う?」

白猫は人型になって体は筋肉質に、顔は30代くらいのチョイ悪オヤジみたいな感じだが結構イケメンだ。

表情は色欲に飲まれ綺麗な歯並びを覗かせよだれを垂らし息は切れていた。

正直俺は感じていた。

男であるはずの俺がメス猫になり、イケメンのチョイ悪風のオス猫に犯されそうになっている。

嫌悪感とか惨めさとかシチュエーションが作用しているのか、否、ただ単にメス猫としての本能が感じていた。

「あぁん・・・」

股間のあたりがきゅんとした。

自分の喉から発した声は少女そのもので人間の男だった自分はどこにも見当たらない。

犯されたい。

自分がそう考えるはずもないのにそんな気持ちが湧き上がっていた。

いつの間にか息が苦しくなっていた。

まだなにもされていないはずなのに湧き上がってくる熱気。

「なんだ、感じてるんじゃない。あなたが人間に戻りたいと思えなくなるくらいいい思い出にしてあげるから力を抜いて?すべてを私に委ねなさいな」

そう言われ俺は股を広げた。

人間の姿になっている現状でバックで挿入することはないようだ。

熱い、熱い。お腹のそこがオスを欲しているのがわかる。

嫌でもわかる。

伝わってきた。

「んんっ」

いきなり急接近され唇を奪われた。

息苦しく口を開けていたせいであっけなく舌を侵入させられた。

暴れまわるやつの舌。

追い出そうと必死に舌を押し出そうとするも絡み合ってもはや受け入れているようなキスになってしまっている。

そんなことも気にせず俺はやつの体を引き寄せた。

股間に肉棒が当たる。

熱い。

脈打つ太くたくましいそれは今にも吹き出しそうなものだった。

「ねぇ、入れていい?いいわよね?NOなんて言わせないわ。あなたに決定権はないの。」

「はぁ・・・はぁ・・・」

長く永遠かと思われたキスが止んでもやつは余裕の表情を見せた。

この人は猫になってどれほどの時間を過ごしたのだろう。

それよりもどれだけの猫を相手にしたのか。

ネス猫になった俺はふしだらな笑みを浮かべているだろう。

「猫になってからずっとこの姿になっていなかったからやりづらいわね・・・でも人間の男の人はこうやって感じるんだね。いまは猫だけどこっちもいいな。そうそう、これから挿入するんだけど初めての猫の快感は計り知れないと思うから先に忠告しておくわ。苦しかったら私の名前を呼んで。リオ、それが人間だった頃の私の名前」

「リオ・・・んぐぅっ!?」

ズン、と股間に逸物を挿入された。

「いっ・・・痛い・・・あぐぅっ!?」

「始めはゆっくりやるけど入れてからは私も余裕なくなると思うから手加減できないと思う。さぁ、私を抱きしめて!」

俺はリオの背中に腕を回して胸を押し当てた。

リオは腰を動かし俺はなされるがままだ。

「いっうっ・・・」

痛い。でも何度も繰り返すうちにだんだん痛みに慣れて気持ちよくなってきていた。

体内を犯されるという本来味わうはずのない体験をしている。

公園で真昼間から猫同士が18禁をしている。

世間の目から見れば見境なしな獣の下賎な行いもいまの俺からするともはやどうでも良くなっていた。

「あんっあんっ!」

目から涙が溢れる。

痛い、痛い痛い痛い。

でも・・・。

もはや自分に嘘をついても意味がなくなった。

「はぁん・・・もっとぉ・・・激しく・・・ああぁんっ!」

いつの間にか、いや、すでに心はリオを欲しいてたまらなかった。

猫の本能が俺にすべてをさらけ出すよう促される。

もう痛くなかった。

痛みさえ快感になっていた。

お腹の中から何かがこみ上げてくる?

頭の中が快感を伝える情報でパンクしそうだ。

それが苦しくて、でも終わって欲しくなかった。

自分から腰を振り始めていることに気づく。

快感を求めて、メス猫となって。

「イクっ!リオっ!もうだめっ!」

「いいわ、そのままイっちゃいなさい!」

高ぶっていた気持ちよさが、吹き飛びそうだった意識が、超えてはいけない境目を超えて俺は抑制することをやめた。

「あぁぁぁぁぁぁんっ!」

頭が真っ白になって体がビクンビクンと痙攣した。

あまりの気持ちよさに意識は果ててしまう。


「あぁおかえりなさいご主人様!」

「あ、あぁ。ご主人様はやめてくれよ。」

「冗談ですよ佑樹さん。実はなんですが私気づいちゃったんです!このポテチというお菓子、コンソメとかしおとか色々な味があるんですよ!もう人間やめたくないですぅ」

あぁ、言うと思ってた。

ぼーっとした思考の中でそう応えた。

「どうでした?猫の世界は。車に轢かれなくてよかったですねー私なんてしょっちゅうけたたましいブザーの音を鳴らされますよ」

「車には轢かれなかったけど」

「けど・・・?」

「俺、もうひとりの元人間に会ったんだ」

「え、いるんですか?私たち以外に」

「あぁ、そいつに色々話聞かされてさ、ちょっと人間に戻ろうか悩んでるんだ」

「もう一日あるわけですし悩んでもらっていいですよ。私はどちらでも構いませんから」

「うそうそー猫の生活は十分楽しんだからもう戻ろうぜ?ヒカリのことだからどうせもうほとんど菓子食ったんだろ?」

「え、そうですけどまだカー○とか○ぱえび○んとか食べたいです・・・」

「じゃあ食え!満足するまで食っちまえ!」


そうして俺らは立場を戻して俺は人間に、ヒカルはネコの姿に戻った。

「またいつか会ったときは人間にしてくださいね!」とヒカルは鼻息を荒くし家を出ていった。

すると契約の証みたいなものだった首輪は跡形もなく消え失せた。

猫の女の子だった感覚が残っているせいかすこし違和感を感じながらも出かける。

日曜日、天気は雨で公園は人影がなかった。

「さすがに雨じゃいないか・・・」

ベンチに近づいていくと白い物体があることに気づく。

「おっ」

ピクッと俺の声に反応したかのように白い物体は動いた。

「こんな天気でここにいたら風邪をひくぞ」

もふもふであるはずのリオの毛は濡れてゴワゴワしていた。

「あなたがくるのが遅いせいよ」

ふてぶてしく白猫はつぶやいて俺の胸に飛びついてくる。

勢いで傘を落としてしまったが拾ってリオを雨から避けるようにさしなおす。

「今日から俺の家族になってくれよ」

「人間に拾われたりなんかしたら下僕どもに申し訳が立たないわ」

「ははっ下僕なんか嘘だろ?メスを犯しまくってこの辺はリオを怖がって猫が寄り付かないんだろう?」

「そうよ、よくわかったわね。ご褒美にこれをあげるわ」

リオは雨で濡れてむき出しになった首輪を俺に向けながらそう言った。

「首輪っ!?」

俺の首に再び首輪が現れた。

「今度は交換じゃなくて分け合いましょう?人間と猫を」

「あーあ、一難去ってまた一難だ」


緑の地面で目が覚めて体を起こす。

俺はいつのまにか暗くなっていた公園で目を覚まし茂みを抜けた。

それに気がついたリオがベンチから近づいてくる。

「どうも目が覚めたようね。結構長い時間眠っていたのよ?」

「いま、何時だ?」

「時間の概念なんてもう無くなったわ。せいぜい少し前に日が落ちたとでも言えばいいかしら?」

もふもふとした無愛想な白猫はベンチに来るように首で合図した。

「よいしょっと」

「その掛け声癖なの?猫ならこの高さ登るの苦じゃないと思うけど?」

「あぁ、癖かも」

「まあいいわ、私の話を少しだけ聞いてくれればいいのよ。あなたをいきなり犯してしまった侘びもできないけれど付き合ってくれるかしら?」

「あぁ、いいよ」

「あなたならそう言ってくれると思っていたわ」

「暇だからな」

リオはクスッと人間っぽく笑った。

「私がオス猫と出会ったのはこのベンチ、私が彼氏に振られてフラフラとここに行き着いて白い太った猫が話しかけてきたの。『どうしたお嬢ちゃん、悩みでもあるのかい?』って」

あ、俺もそういえばこのベンチだっけ。

「始めは男の体になって戸惑っちゃって、しかも雄猫なのよ?すぐに戻りたいって言ったんだけど『猫の世界を味わってみたくはないか?』って聞かれちゃって好奇心がつい、猫の提案を許してしまったの」

「イケメンだったしいいんじゃないですか?」

「うふふ、実は私、入れ替わりの当初はその猫と同じように太っていたのよ?猫の世界で死にそうになりながら生き伸びていたらいつの間にか痩せちゃっていたの。本当に苦しかったわ。」

一瞬暗い顔をしたが空を見上げた。

嫌なことを言わせてしまったな。

「そうだ、裏切られたとは?」

「・・・裏切られたのよ、すぐに戻すはずだったのにあの人ったら出来もしない車の運転で事故してそのまま帰ってこなかったのよ。『人間の生活を楽しんでみたい』ってドライブのことだったなんてわかるはずもないでしょう?」

「なるほど、返すにも交換する人間性がないから元に戻れなかったということか」

「だからあなたが元人間だと知ったときは本気で自分の物にしようと思ったわ。話をわかってくれる相手を探していたの。ずっと一人ぼっちだった。まあ一人ぼっちになった理由はオスの本能抑えられなくてそこらへんのメスに怖がられて勝手にこの公園が陣地になっちゃっただけなんだけどね」

うふふと不敵に笑ったがこれは怖かった。

「できればあなたをいままた犯して仔猫に引きずり込むのもいいんだけれど同じ人間から改めて考えたらあなたの人生を奪うなんてできないの。せめてものお詫びよ。でもやっぱりさみしいという思いは変わらないから時々会いに来てほしいな。人間の姿のあなたにも会ってみたいし」

リオはふふっと静かに微笑んだ。

「考えてみるよ。明日また会いに来る」

「猫として来てくれたら私の下僕達に命令して手厚く歓迎してあげるわよ」

「あはは、それじゃあ貴重な体験ありがとうございました」

「はいはい、また明日。ここまで話しておいて人間の格好で来たら覚悟しておきなさいよ」

リオは楽しそうだ。

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自由に憧れて なつのみ @Natsunoming

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