帰宅途中にはご注意を
なつのみ
暇つぶし
仕事が終わって終電近い電車に乗る。
座席はだいたいが埋まっていて座ろうか悩んだ。
辺りを見回すと立っている乗客がほとんどなので吊革につかまってスマホを取り出した。
自分の降りる予定の駅は30分以上かかるので仕事終わりで足が辛くなるのはわかっていた。
○○駅でほとんどの乗客が降りるのでいつもその時が来るまで吊革で我慢し、そのあとから座席に座る。
「ぐがぁ・・・すぴー・・・」
右の方から大きないびきが聞こえる。
視線をスマホから移すと中年の禿げずらのおっさんが大股を広げて寝ていた。
「(はぁ・・・これじゃあツイッターでよくTLに流れてくる電車で寝てたらすごい体勢になってネタにされるあれじゃないか)」
そのいびきが始まったのは今だろうか?
隣に座っていた制服姿の男子と濃いめの化粧をした女性が怪訝な目でしぶしぶと席を立ち、その席から離れた。
「(おぉ・・・おっさんは壁側で二人どいたからイヤホンしていびきの音を遮断すれば座れそうだ)」
おっさんの近くで立っていた人もだんだんと反対側の車両に身を移すか車両を変えていった。
この車両の乗客はだいたい20人かそこらか。
それでも座席はおっさんの隣しか空いておらずおっさんの向い側の座席の三人はイヤホンを装着しながらスマホを眺めている男子高生二人、静かに寝ているサラリーマンの男性だった。
サラリーマンの男性は余程疲れているのか首が急角度で曲がりうつむきながら寝ている。
これは眠りが深いからおっさんのいびきじゃ起きなさそうだ。
かくいう自分はといえばイヤホンを身に着けて予定通りおっさんの隣に移動した。
乗客の一人と目が合った。
「あの人の隣に座るんですか」
「イヤホンしてるんで平気ですよ」
「私もできれば座りたいんですけどね・・・」
「いずれ座れますよ」
「うふふ、気長に待ちます」
軽く会釈をされて見送られた。
結構温和そうな女性だったな。
最近は女性との会話は業務連絡や朝食のために通うカフェのパートのおばさんくらいなもんだ。
顔も結構タイプだし。
まあそんな話はともかくおっさんの隣に腰を下ろす。
イヤホンから流れるPOPはおっさんのいびきが聞こえないくらいの音量に調節しなんとなく目の前の夜景を眺める。
ピ…ピ…ピーーー
おっと、いきなりスマホのバッテリーが切れてしまった・・・災難すぎる
「ごがぁぁぁぁぁすぴーーーーー」
うわわっ近くで聞くと本当にうるさいなこのおっさん。
しかもさっきよりいびきがひどくなってないか?
中年で若干太っているせいか空気の出入りが厳しいんだろう。
イヤホンでいびきを遮断できなくなってしまってここに居続けるのは少々辛い。
先ほど話した女性にすこし格好つけてしまっていまさら「スマホのバッテリーがきれてしまって・・・」とか恥ずかしすぎる。
仕方ない。
おっさんには悪いけどどうせやるんだから自分の彼女になってもらおう。
とりあえずおっさんのいびきを何とかしよう。
やり方は俺の想像力と気持ち次第。
やってみようと思ってなかったけど暇だしなんとなく。
だって人の人生狂わせちゃうから気が引けるんだよね。
「ふうっ・・・」
呼吸を落ち着かせて右側にいるおっさんの耳へ向かって息を吹き込む。
それと同時におっさんはビクビクっと痙攣しているが周りは気づいていない。
(おっさんの意識)
「お邪魔します」
「ん?なんだお前は!どこだここは!」
おっさんはこの何もない白い空間に得体の知れない自分と意味不明なこの状況に気が気でない。
それもそのはず、ここは普通に過ごしていたらこれるような場所ではない。
自分だってこの意識世界にこれるようになったのは最近だ。
「とりあえずあそこにいるあなたのいびきうるさいんですよね」
白い空間に第三者目線から見た自分とおっさんの座席の画像が映し出された。
「いったい何が起こっているんだ?私はここにいるのにあそこにもいる。さっきまで電車にいたはずだが」
「その電車であなたが車内に迷惑になっていたので僕が矯正しにここに参上したということです」
どうせ記憶は無くなるんだしあんまり長く話しててもつまらない。
次に行動に移るとしよう。
「いびきかくのは空気の通り道が悪いせいだと聞いたことがあるから通りの良い体に置き換えて差し上げますね」
次の行動がやりにくくならないようになるべく好青年を演じながら手を映像のおっさんの方へ向ける。
「ここに映っている私の腹が痩せているぞ!」
「どうです?僕って優しいでしょう?ここは意識の世界ですがこの変化は現実なものなんですよ。それに努力もせずに痩せるような夢の体験はいかがですか?」
中年太りしたおっさんの腹は自分の力によって動きやすい体系にしてあげた。
これはおっさんにとっては夢のような出来事だが現実にはすでに影響が出ている。
そして腹をひっこめるだけではつまらないので付加要素もつけてあげよう。
「ん?あぁ・・・顔周りの贅肉も減っていってるな!お前なかなかいいやつじゃないか!」
「まあいびきが再発してうるさくならないようにするには痩せるだけじゃダメなんですけどね」
「あ、あぁ・・・また太ってしまってはいけないな。気を付けよう」
映像のおっさんの変化に意識世界のおっさんはまだ気づいていないようだ。
確かに意識世界では自分のこの力は投影されない。
しかし気づいてもらわないとつまらない。
「何か体にまつわる悩み事はありますか?いまだったら僕が解消して差し上げますよ」
「そうだな、最近はもう気になっていなかったが髪の毛が欲しいな。若いころのような髪でまた町を家族で出かけたいものだな!はっはっは」
「お安いご用です」
現実のおっさんは先ほどの大股を開いて寝ている中年のような姿ではなくぶかぶかになったスーツに埋もれている。
体勢はうつむいていてここからでは顔は見えず、だんだんと髪の毛が長くなるせいでもはや誰だかわからなくなってしまった。
「すいません。やりすぎて肩ぐらいまで長くしてしまいました。」
「いいよいいよ。ここまで長くしてくれればあとは切ればいいだけだからな!それよりも迷惑をかけてしまって済まなかったな!」
「いいえ、喜んでもらえて光栄です。僕は先に現実に戻りますがあなたは僕が合図をするまで戻れません。」
「おう、わかった。」
やっぱり好青年を演じておいて正解だった。
何も疑われることなく終わらせられた。
でも会社でもここでもぺこぺこ頭を下げ続けるのも従っているだけなのもストレスがたまって仕方がない。
とりあえずはこのおっさんを使って発散させてもらおう。
下準備はほとんど終わっているから後は仕上げだけだ。
(現実世界)
おっさんの意識の中なんか気持ち悪くて入りたくないな。
それにあの甘ったるいセリフも歯が浮きそうになって仕方がない。
となりの元おっさんの意識は自分が合図を送るまで戻ってこれない。
しかもさっきまで爆睡していたんだ。
自分から起きることはまずない。
そしてこれからすることは彼女の体を自分の体に預けるように傾かせる。
恐らく意識世界から自分の事を見ているだろうが自分の体がまさか女にされてるなんて思わないだろうな。
腹をひっこめて顔周りの贅肉を落としたように見せたのは正解だった。
スーツのおかげで体に女性的な丸みが出来上がっているのはよくわからないだろうし贅肉は大部分を胸と尻、加えて太ももあたりに移動しただけだ。
髪の毛を長くしすぎたなんて嘘。
初めからその予定ですでに女性の体のこの顔をかぶせるため。
意識世界から見てる感じだと自分のこの行動の意味を分かっていないだろうな。
車内の乗客はすでに3~4人しかいない・・・か。
「おにいさん」
「!?」
目の前の男子高校生に話しかけられた。
もしかしていまの一部始終を見られたか?
「いまの見てました。それ、セクハラですよね?訴えないであげるんでお金ください。5万円でいいですよ」
まじか、これはしくったな。
いまの女性を俺の体に傾けたところを見られたのか?
それともおっさんを女性にしたところを見られてるのかもしれないしとりあえず対策は取っておくか。
「5万で済むならいいよ。だから話すのはなしにしてくれ。これは僕の連絡先だ。いまは持ってないから後日渡す。」
「逃げませんか?」
「訴えられるかもしれないのに嘘なんかつかないよ。だから信じてくれ」
「ラッキー後で健太に話してやろ」
健太というのはさっき隣にいたもう一人の男子高校生か。
まあ5万も渡すつもりはない。
後でたっぷりと遊んでやるよ。
「僕、この駅で降りるんで。それではお金お待ちしてますね」
話しかけてきたときからずっとにやにやしていたが後で矯正して二度とそんな顔できないようにしてやろう。
よし、いまはおっさんを優先しよう。
「ふぅっ・・・」
女性の体に息を吹きかえる。
これが意識を戻す合図だ。
「んぅ・・・ん?声が・・・あーあー」
きれいな美声だ。
自分でやったのに言うのもあれだけどいい出来。
「どうしてこんなに声が高いんだ?まさか君か?」
彼女は僕の方を見る。
目が合うが僕は澄ました顔で立ち上がる。
釣られて彼女も立ち上がる。
「おっとと・・・スーツがだぼだぼで、髪の毛が恐ろしく長くて、声が高くなっている。これは君の仕業だな?」
かわいい。
めっちゃ好みのタイプ。
元おっさんとは思えない。
ネクタイが緩まっていて身長は変えてないけど元から低かったのか僕が見下ろしている。
必然的に上目使いになって僕に疑いの目を向けている。
「なにか言ったらどうだ。君の言葉次第じゃ私は訴えてしまうぞ。」
考え方もかわいい。
この現実世界に彼女の戸籍はない。
おっさんの姿でうろついている女性の方がいろいろと職務質問されそうだ。
「黙ってないでなにかいっっ!!!」
「叫ばないで、僕についてきて。」
彼女の柔らかい唇に指を添える。
「だったら説明しろっ」
「わかってる。ちょっと落ち着こう?」
甘い声で彼女の目を見つめながら制す。
おっさんの記憶が邪魔して女性としての気持ちが整っていないのか。
「この体は僕がいじりました。」
「それは知っている。はやく声を戻してくれ」
「それは嫌です。二度といびきができないような体にしました。」
「それは私も済まないと思っている。服はあれだろう、脂肪を落としたから緩いだけだろう?」
「は?」
まさか気づいていないのか。
ムギュッ・・・
「きゃぁっ・・・へ?」
「胸ですよ。胸をもみました。」
この車内に人はいなくなっている。
絶好のチャンス。
「むっ胸って・・・私は男だ。胸などあるはずが・・・」
ムギュッ
「ひゃぁっ・・・やめ・・・てぇ・・・」
「胸じゃないならなんでしょう?」
僕は甘い声と優しいまなざしで女性に目覚めていないひとりの人間に問いただす。
「なんで?私はてっきりいびきが出ない体にしただけかと・・・」
「その通り。こんなに美しい女性はいびきをしないかもしれません。」
「それは別に男のままでは構わないだろうが」
「より確実に、ですよ」
初めから僕の者にしようと決めていた。
いびきをしない体にするからなんてただの口裏合わせにしか過ぎない。
僕は電車から彼女を引っ張り出す。
「やっやめろ!女性の体だというなら優しくしないか!」
「しゃべり方がちょっと気に食わないな」
「私はいま体は女だとしてもこころは生まれた時から男だ!お前も知っているだろう!しゃべり方が合わなくて当然だ。」
「そういうことじゃないっての、ふぅっ・・・」
「きゃぅっ」
彼女の耳にまた息を吹きかける。
「僕は温和な人が好みなんだ。横暴な女性とかただのおっさんと同レベルでしか見れないよ。」
「あなたの好みなんか聞いてませんよ。・・・あら?もっと声を荒げようとしているのに勝手に・・・」
「気持ちはどう?記憶はいじってないけど君が望めば女性にしてあげるよ」
「女の気持ちになるだと?バカなことを言うな、私は男だ。」
「ふぅっ・・・」
「ひゃぅぅ・・・くすぐったいです・・・」
「あはは、かわいい。こんなにかわいい子が男なわけがない。」
「やめてください、その耳に息をかけるやつ。あたしが私でなくなってしまいそうなんです。」
彼女の顔が赤く染まっている。
仕草もいまの一息で女性のものに変えてしまった。
「もうおっさんには戻れないよ。そして僕しか君を女性にできない。これはつまり?」
「嫌でも男に戻してもらいます」
「あはは、ちなみに自分が女だと自覚すればするほどおっさんの時の記憶が薄くなって気持ちも女性にになっちゃうようにしたから」
ムニュッ
「むっ胸はっ刺激が強すぎますっっ」
「女の子初心者だから下は触らないでおいてあげる。」
「うっ訴えますよ!女性をいじめるのは立派な犯罪です!」
「あらあらー自分の事を女性って認めちゃうんだー。ちなみに監視カメラ移ってると思うけど僕らただのカップルがスーツ姿でいちゃいちゃしてるようにしか見えないよー」
「そ・・・そんな・・・」
彼女はこの世の終わりのような顔をする。
そのあと、優しく可愛がったり時には強引にしたりできるだけ女性だと自覚させるような行為をしてあげた。
どれほどの短時間にどれほどの言葉を交わしただろう。
どこともわからない駅のホームは僕と彼女の二人だけだった。
はたから見ればどこかのカップルだろう。
僕は握っていた彼女の小さな手を引いた。
彼女は驚いた顔をして僕に近づいてくる。
抱き寄せてキスをする。
かわいい。
元男とかどうでもいい。
僕が作った、僕の好みを全部費やした。
本当はこんなつもりでおっさんに近づいたわけじゃないけど会社で疲れたこの体に少しくらい憩いのためのスキンシップをしてもいいじゃないか。
考えを正当化させてもなお僕の気持ちは抑えられない。
「ぷはっ」
「はぁ・・・はぁ・・・」
「あたし、本当に女性にさせられてしまったんですね。なぜでしょうか、キスをされる気持ちがこんなに心地がいいだなんて」
「結構速いね、女性の気持ちになるにはもうちょっと時間がかかる予定だったんだけど」
「おかしいです。あたし、男だったのに、あなたとキスをして、まだあなたを欲しています。」
「キスだけでいいの?僕は大歓迎だよ」
中年のおっさんをこんなかわいい女の子にして変なやつだと思わないでよ。
この人はもう僕から離れられない理想の女性として生まれ変わってるんだ。
この後初めから女性として生きてきたっていう風に記憶すりかえたりもできるけどそれは気分しだいってことで!
どうせさっきキープしておいた男子高校生も僕のものにしちゃうし僕を訴えたり逮捕しようとしてきた警察官でも現実から離した世界じゃ法律なんか関係ない僕の独壇場。
次はどんな方法で女の子にしてあげようか?
帰宅途中にはご注意を なつのみ @Natsunoming
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