わらえれば 04
4
「結っ局──負けてんじゃねえかよ」
「スミマセンっ……でした」
土下座である。
匠の言葉に僕は、全面的に非を認め、程よく焼けた砂浜に額を当ててライトな焼き土下座を体験していた。バクチ、だめ、絶対。
散々モノローグ使ってカッコつけた挙句の敗北。全力で謝罪する他ない。いやあ、軽いなあ、僕の人生最大(暫定)の勝負。
うん! 楽しくない! そしてリアルに笑えないっ!
「負け犬は放っておくとしまして、どうします先輩?」
友香が嬉しさを隠しきれていない思案顔(真面目な顔なのに、唇の端と目の奥が笑っていた)を作り匠にそんなことを訊ねている。
「まあ、やっぱそこは王様の判断だろうぜ」
と、僕の隣には、そんな無慈悲な役員の会話をよそに、王冠が描かれた割り箸を無言かつ高速でペン(?)回ししている幼馴染。
「りゅーくん」
「……なんだよ」
「大爆笑」
「ぐあ」
なんかもう死んじゃうかもしれない。恥ずかしくて人体発火して消し炭る(動詞)かもしれない、僕。もしくは、恥ずかしぬ。
「さあ、王様、命令を!」
「王様先輩、負け犬先輩の番号は二番です!」
「うおい!」
家臣二名が片膝をつき、さらっと不正を働きながら、王である朱音に罰の執行を促す。一応突っ込んでみるものの、効果なんて端から期待していない。
「んー」
ピタリ、と割り箸回しが止まり、眉根を寄せてシリアスな顔になった。
そして数瞬の間の後、
「じゃあ──飛び込む」
………………。
「「「は?」」」
砂浜に響く波の音ど疑問の声。流石に、僕だけではなく家臣一同一斉に疑問符だった。
そして、朱音は言う。
「わたし、も含めて全員で、海に、飛び込む」
「「「…………」」」」
家臣の脳内での状況認識まで二秒。
「なるほ「なにいっ?」どな」
なんて、人のセリフのスキマで全力でうろたえる副会長コンビをよそに、僕は思わず納得してしまった。
なんのことはない。
アイツが僕の幼馴染なら、僕だってアイツの幼馴染だ。
朱音の考えていること位はエスパーレベルではなくとも、まあ、なんだかんだ解かってしまう。
そう。
つまりはまあ、『あ、ちゃんと叫んでね。青春っぽく』などと命令を追加するコイツも、単純にただ遊びたかっただけ。そんな訳なのである。
5
そして、時間は冒頭へと繋がった。
結局、『あなたたちは全員──塩まみれで帰ることになるわ』なんて、会計の電話口での不吉な予言は、実に的を射ていたわけで。
舞台は砂浜にほど近い、少しだけ小高い岩場。その下はそれなりに深く、青く穏やかな海が口をひろげている。夏場なら、地元の子供らの度胸試しに使われる、そんな場所だ。
さて、舞台は完璧、お膳立ては上々。
そもそも最初に言ったとおり、王様の命令に対して、拒否権なんてない。
さあ。
そんな訳で。
「「「「せーの」」」」
「ひゃっほおおおおーい!(ヤケ)」
「うーみだぜー!(全力)」
「うーみでーすよー!(もっと全力)」
「いえーい(棒)」
「↑おいこら(僕)」
四人の声と大地をを蹴った音が空を走り、一瞬の静止と静寂、そして──。
6
──ボバン、と音を立てて無数の泡が僕の視界を遮った。
かと思えば次の瞬間にはその泡は音を立ててはじけながら、上へと脱出して。少し遅れて、春のまだ冷たい温度がジワリと僕を包む。
また次の一秒で、コポン、と僕の口から泡が漏れた。
まるでスライドショーのように、次々と移り変わるそんな風景の先。泡のカーテンが完全に開いたその向こう側。
……不覚にも、ああ、今、あいつらは何を思っているのだろうか、なんて妙な事を考えてしまうほど。
思わず笑ってしまうような光景が、そこには広がっていた。
──薄蒼い空間と、天井から差し込む光の柱。
無数のスポットライトに照らされた自然、命。
それは。
深く深い海の、ほんの入り口。
その世界は思ったよりもずっと、青く澄んでいた。
「ぶはあ!」
ほんの十数秒の後。僕は水面から射出したロケットのような勢いをそのままに、肺にめいっぱい潮の匂いの空気を吸い込んだ。
少しだけ遅れて、ざぼざぼざぼん! と、僕以外の三つの頭が順番に飛び出して。
そこで、思わず、目が合って。
「ふはっ……」
そうやって、最初に吹き出したのは、他でもない──僕だった。
「「「ふは、あはははははは!」」」
次いで、吸い込んだ空気を全部吐き出してしまうような勢いで皆が一斉に笑う。
副会長コンビはもちろん、あの朱音でさえ、少しだけ声を上げて笑っていた。
「めっちゃ綺麗! めちゃめちゃ綺麗でしたよ!」
「ああ、やばかったなアレは!」
バシャバシャと息荒く語り合う二人を横目に見る僕に、朱音が水をかき分けながら寄ってきて、言う。
「ねえ、りゅーくん」
「ん?」
「わたし、楽しかった」
「……よかったな、王様」
海面から手を出して、ぐしゃぐしゃと濡れた髪をなででやる。朱音は、少し困ったように目を細めて、
「りゅーくんは、楽しかった?」
「……ん」
そんなこと、聞かなくても解かるだろうに。
そんなの。
そんなの、当然。
「──楽しかったよ」
楽しけりゃもう、なんでもいいくらいに。
楽しかったに、決まってる。
「いよーし、悠、朱音、もう一戦だ!」
「次は私が女王様ですよ、先輩!」
ばしゃばしゃとこちらに寄ってくる二人。静かに隣で微笑んでいる朱音。そして僕。
誰が勝ったところで、おそらくもう王様の命令に変更は、ないだろう。
「行こう、りゅーくん」
朱音が僕に手を伸ばす。ほんの僅かの、僕の答えを待つ、期待に満ちた心地のいい沈黙。
「ん、行こうか」
僕はそう答えて、ふと、空を見上げる。
そして、その向こうの春の青空はなぜだか、
さっきまでよりほんの少しだけ、透き通って見えた。
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