「コエ」と「コタエ」02

   3


 「駄目ですよ、先輩」

 なんだか先回りされていた。

 「なぜっ……」

 がくっと、その場に膝をつく。遅れて、急激な脱力感に襲われる。順序が逆だろう、というほどの混乱だった。

 うまく出し抜いたと思った後輩が、生徒会室の扉を開けた瞬間目の前にいた。

 この絶望感たるや……あ、ありのまま今あったことを話すぜ! とか。な、何を言ってるのか解からないと思うが……と、まるで時間を超越されたような反応を返すしかない。

 「生徒会室の鍵だけが最強だと思わないで下さいね」

 チャラっと、鍵の束を取り出して、へへへーと笑う友香。

 「ああ、なるほど……テメエ、倉庫の鍵を使いやがったな?」

 「大正解です」

 我が校は、増築を繰り返したせいで少々複雑な構造になっている。そのため、旧校舎の5階にあたる屋上から、新校舎三階の生徒会室に向かうには一旦二階まで降りて、渡り廊下を渡らなければならない。

 僕を現在進行形で襲っている疲労感は、その階段ダッシュの所為でもある訳だが、さて──。

 「究極のショートカットか……ずるい。ずるすぎる」

 そこで登場するのが三階倉庫の鍵である。新校舎と旧校舎の間の倉庫の扉を双方から開けることが可能になるスグレモノ。

 なんだよそれだけか、などと馬鹿にすることなかれ。こいつは生徒間では密かに「ルーラ」や「ふくらはぎの救世主メシア」と呼ばれる技であり、もしその鍵を複製することが可能ならば、飛ぶように売れるだろうと噂される代物なのだ。

 「いいんですよ。正当防衛です」

 「くそ、それこそ職権濫用じゃねえか」

 あと、日本語超間違ってる。言語は意味用法を守って正しくお使いください。

 「事前に用意しといて正解でしたねー。職員室まで取りに行ってたら意味ないですし」

 「ということはあれか? 僕の行動は完全に予測されていたと?」

 「やだなー、予防策ですよ」

 「……さいですか」

 得意顔で笑う友香に半分呆れたようにそう返す。どっちみち読み負けしてるんだな、僕。

 「さて、とりあえずコレはしまっちゃいますか……って、あ」

 友香が倉庫の鍵をブレザーのポケットにしまいながら、妙な声を上げる。

 「どうした?」

 「えっと……先輩これあげます」

 ポケットから出した握りこぶしを、そのまま僕のほうへ向けた。

 「は? ナニコレ?」

 差し出されたのでほぼ反射的に、訳も解からず受け取ったのは小さな安っぽい鍵だった。ちなみに錠はなし。

 「『先輩たちが散々散らかした生徒会室』を整理していたら、南京錠と一緒に出てきたんですよ。でも安っぽくて使い物にならないので……」

 「いや、僕が散らかした訳じゃないんだけどな……」なんだかその部分に悪意を感じた「んで、なんで僕にそれを押し付ける?」

 完全に廃棄処分相当の物じゃないか。しかも鍵だけ。

 けれど、そんな僕の疑問に友香は、

 「え? 先輩って鍵集め趣味ですよね?」

 「心底意外そうな顔で何言ってる!? ていうか何その趣味、僕どんな誤解受けてんの!?」

 「だって、普段から屋上とか放送室とか生徒会室の鍵やらいつもジャラジャラ持ってるじゃないですか」

 「いやコレの管理は仕事だよ! お前だって持ってるよな?」

 「いえ、私は必要な時にとりに行きますから」

 「今期の会長はマメだなあ!」

 いちいち取りに行くのめんどくさいとか言って、まとめて持ってるのが恥ずかしいじゃないか。

 「まあ、趣味じゃないこと位知ってましたけどね」

 「ホントは怒るところなんだろうけど、妙な誤解されてないことに不覚にも安心したよ……」

 「でもまあ、持っててください。今更返されても廃棄に困るんで」

 「結局か。鬼か? 悪鬼か? ていうかお前やっぱり僕のことキラ……」

 言いかけて、止めた。これは今更蒸し返すことじゃないな。何せもうすぐ卒業なんだ。

 「きら?」

 「いや、なんでもない。解かった、僕の負けでいいよ」

 小首をかしげる友香に、降参を告げて鍵をポケットにしまう。

 それを見て、ふむふむ、と満足そうに頷く友香。廃棄処分の手間が省けてさぞ嬉しかろう。

 「さてさて、先輩。それじゃ私の勝ちということで、約束どおり仕事してください」

 「んな約束はしてない」

 「しました」

 「どこでだよ?」

 「前世で」

 「な、なんだってー」

 「……なんですか、その棒読みは。あと携帯取り出してどうする気ですか?」

 「いや、前世から付きまとわれてるなら、そろそろ通報してもいいころだな、と」

 ところで前世からのストーカーってどこに通報すればいいんだろうか?

 ……タイムパトロール?

 「そんなのタイムパトロールができてからしてください」

 おお、思考がシンクロした。……いや、そんなことは別にいいか。

 「しっかし、仕事って言われてもなー。こんな時期に仕事なんてないだろ。卒業式まであと三日だぞ?」

 そもそも僕はこの前引退している。仕事をする義理も無い。

 「それが一つあるんですよ。こればっかりは1・2年だけでやる訳にはいかないんですけど、他の忙しい三年生の皆さんを自由登校中に呼び出すのも気が引けたので……」

 「ほう、僕は暇だとでも?」

 若干の怒気をこめて僕は言う。

 「だって先輩、毎日学校にいるじゃないですか。呼び出さなくてもいいですし」

 「僕が毎日来てるのは、進学者講習とか答辞の打合せとチェックの為なんだよっ……」

 その他の、休みを謳歌おうかしている連中と一緒にしてもらっちゃ困る。正直奴らの百倍……じゅうば、いや五倍位は忙しいんだからな!」

 「知ってますよ?」

 あっけらかんと言う友香。その邪気のないキョトン顔がむかつく。

 「だったら寝かせてくれ……ささやかな休息なんだよ」

 「そうは行きません。だって、ほら──」

 友香はそこで言葉を区切って、棚の中の乱雑に積み上げられた荷物から、四角いクッキーの缶を取り出し、フタを開けた。

 「これは……」

 中を覗き込んでみて、僕は思わず言葉を失った。

 その中では──なんだか見覚えのある面子が、四角いフレームの中で様々な表情を浮かべて佇んでいた。

 「ほら、私達だけでやっていい作業じゃないですよね? だって──先輩たちの思い出の分別ですから」

 なんて、そんなことを言う友香のその表情は奇しくも、銀箱に詰まった何葉もの写真の、誰のどの笑顔よりも、眩しかった。

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