生徒会しーずんす! 

雨木あめ

第一編

「コエ」と「コタエ」01

  

     8


 声を聞いた。

 確かに、声を聞いたんだ。


     1


 「す──好きです、付き合ってください!」

 薄暗くなり始めた空の下。静けさが屋上で揺らめいた。

 さわさわと僕の傍を少しだけ冷たい風が吹き抜けていく。

 僕は、そのいわゆる告白というものをした女の子の顔を見た。


     2


 「ふうん。やるもんだね、あいつ」

 そんな感想を漏らしつつ、僕はもう一度その子の顔を見た。


 ……とは言っても、物陰からこっそりとだが。

 告白されているのは僕ではなく隣のクラスの奴。去年一年間同じクラスだったとか、それくらいしか思い出せない。

 しかしまあ、貯水ポンプの置いてある高台に寝転がっている僕視点で、僅か3メートル下で繰り広げられている青春の欠片も、最初の馬鹿みたいに大きかった愛の告白以外は一向に聞き取れない。その上、陰になって二人の表情すら読み取ることは難しかった。

 しばらくして、僕より後に来た二人は僕より先にバラバラに帰っていった。

 それを見送った後、ふう、とため息をついて、仰向けにごろりと寝転がる。

 視界には薄焼けと、我が翔講館高校の名物ともいえるトライアングルを三つ重ねたような、特徴的な形をした時計台。なんだろうか、こんな僕でさえ幻想的な何かを感じる風景だ。

 どこか日常の外側を連想させる夕焼け。

 だけれどまったく、いくら青春のためとは言え、僕のそんなお気に入りの癒しスポットを荒らすのはどうだろう。

 そもそも屋上は立ち入り禁止のはずだ。普段は施錠されているのだが、全く、誰だろうな鍵を開けっ放しにしたのは?

 ケシカランナー、と僕は横に無造作においてあった鍵の束を、体の下にしいていたジャージのポケットに仕舞い込む。……ところで僕、入り口の鍵閉めたっけ?

 僕だって会長権限で屋上の鍵を得るまでにはかなりの時間をかけたんだ。今は会長を引退した身だが、この鍵は……まあなんというか昔とった杵柄ってやつだ(おそらく誤用)。

 というか、ちょっと叩くと外れるという噂の、ずいぶん古い錠なので、鍵なんてあってないようなものかもしれないが、鍵を持っていながら使わないで入るのと、ただ持っていないで入るのにはだいぶ違う。通行証みたいなものか?

 つまり彼女らは実に青春ぽく、進入許可の出てないところに入り込んで愛を叫んだわけだ。囚われの姫と王子か、ジュリエットさんちの庭に忍び込んだロミオさんとかと同じように。特に身分違いとかじゃないのだろうけれど。

 「しかし、今時屋上で告白とか古風な奴もいるもんだね……」

 それは、ぽつりとつぶやいた独り言。の、はずだったのだけれど。

 「今時、屋上で昼寝も珍しいですけどね」

 なんて、突然聞こえた──誰かの丁寧な言葉で、空しく風に流されるだけの独り言だったはずの僕の言葉が修飾された。

 と、まあ。そんな風に演出したところで特に驚くわけでもなく。誰かもなにもすでに声の主は解かっているのだが。

 「……もう夕方だよ、友香」

 なんて、スタンダードな返答を棒読みで伝達しつつ、寝転がったまま顔だけを其方に向けた。

 梯子の手前のその場所に一人の女子生徒が、いわゆる女の子座りのポーズで座っていた。肩口で切りそろえられた髪が風に揺れている。

 見慣れた顔立ち聞き慣れた声のその後輩は、残念ながら元副会長で僕の引退後は現生徒会長という我が校の生徒間の最高権力者なのであった。以上、説明終わり。

 「そうですね。なら夕寝です」

 風邪引きますよ? と声の主は笑って見せる。

 「夕寝って。そりゃもう仮眠とかのレベルじゃないだろうよ」

 「ですね。ほら、早く起きてください。本当に風邪ひきますよ?」

 「大丈夫、僕バカだから」

 バカは風邪なんかひかない、らしいぞ。

 「私よりずっと成績いいくせに何言ってるんです。というか、先輩がバカなら私はなんなんですか……」

 「馬鹿」

 「ああ、漢字のほうがレベル上なんですね……」

 「正解。てか、よく漢字表記なの解かったな?」

 「いえ、なんといいますか、ルビがついているように見えたので……。発音が『ばか』じゃなくで『ヴァーカ』で、めっちゃ巻き舌でしたし」

 なかなかの無駄な洞察力だ。流石は僕の後継者、なんてことは口に出しては言わないけれど。多分褒め言葉じゃないしな、それ。

 「本気にするな冗談だよ、冗談。……半分な」

 「いったい何処まで冗談ですか!?」

 「僕がバカだ、ってところまで」

 「私が馬鹿なのは本当だと!?」

 「事実だろうよ。毎度こんな所まで来るあたり生粋だ」

 ボソッ、と口の中だけで言葉にしながら、僕はふっ、と最近サボり気味の腹筋さんに頑張ってもらって、勢いよく上半身を起こした。

 「あれ、今日は素直に起きるんですか? 珍しいですね」

 視線の高さがようやく一致した友香が、不思議そうな顔で小首を傾げる。

 「僕だって学習するんだよ」

 二年間の経験から、ここで抵抗しても無駄なのは解かっている。というか過去数回抵抗を試みたときに酷い目にあっているから懲りている、といった方が正しいか。一回ここから落とされたからなあ……。

 「まあ、聞き分けがいいことは素晴らしいですが……何か企んでませんか、先輩?」

 「別に。三月でもいくらか寒いしな」

 寒いし。素直に生徒会室にこもってハロゲンヒーターとソファーでぬくぬくするつもりですが、何か。

 「ほらやっぱり。会長だからって職権濫用止めましょうよ」

 「元会長だ、今の会長はお前だろ……って、あれ。今僕、言葉に出してたか?」

 「はい、がっつり」

  …………と、双方しばしの沈黙。

 わきわきと僕の思考の進行を示すように手が勝手に動く。友香はそれをしばらく眺めた後、何かに気付いたように、はっ、と顔をあげて、

 「……なら、そういうことだから!」

 その瞬間。一瞬の隙を縫って僕は瞬時に立ち上がり、下に敷いていたジャージをつかんで、あっ、と声を上げる友香の隣をすり抜けて──ジャンプ。

 ほんの一瞬だけ、空を飛んだ。

 ポケットから、通行証たちの悲鳴が響く。

 「先輩!」

 僕の思考に同時にたどり着いていたにも関わらず止められなかった後輩の、どこまでも遅い静止の叫び。

 「寝直してくるから、ヨロシク」

 彼女の言葉が独り言にならないように、そう一方的に呟いて、僕は返事も聞かず屋上を駆け足で後にしたのだった。

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