第39話

彼の言葉には、全ての障壁を払いのけた清々しさが溢れ返っていた。

運命だから何も問題ない。

なんて大げさで、穴だらけの詭弁だろう。

例え僕らの再会が運命であろうと、彼が僕の性別など気にしないであろうと、揺るがざる絶対的な問題がある。

僕は彼を愛していない。

少なくとも恋人としては微塵も愛情を持っていない。

それは恋人関係を成り立たせる上で根本的で極めて重大な問題だ。

しかし熟れた果実の毒々しいまでの甘さでとろけた彼の瞳は、その問題が見えていない。

いや、見ようとしていないだけなのかもしれない。

どちらにせよ、僕らが恋人であり続けるのは無理な話だ。

そのことをいかに彼の怒りに触れないよう伝えられるかテーブルに視線を落として考えあぐねていると、


「迷っているのか」


悶々と考える頭の中に彼の声が滑り込んできた。

顔を上げると、彼は微笑んでいた。

感情が読み取れないほど穏やかな笑みは無表情にも似ている。


「蒼汰は優しいから、俺のことを利用するのが申し訳ないって思っているんだろう? そんなこと気にしなくていいのに」


くすくすと、僕の全てを見透かしているという甘い優越感に浸った笑い声が彼の口からこぼれる。

あまりの勘違いっぷりに二の句が継げない。

すると、彼は僕の前に手を差し出した。


「俺は蒼汰に利用されても別にいいよ。蒼汰が俺を頼ってくれるなら喜んで何でもする。だから蒼汰が気にすることは何もない。……でも、蒼汰がどうしても心苦しくて俺と付き合っていくというなら、悲しいけど、すごく悲しいけど別れよう」

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