きみの終末がほしいです

きみの終末がほしいです

「振られちゃった」

今にも零れ落ちそうな涙を必死で堪えて彼は言う。その表情がどうにも痛々しくて私は彼を抱きしめたくなった。けれど私たちはそんなことできる関係にはない。彼に向かって伸びようとする左手を自分の右手で押さえつけ、わたしはそう、と一言言い放った。

「もう少し言うことあるんじゃないの?」

頑張ったねとかそういうの、なんて言う彼。

「そんな言葉、欲しいなんて思ってないくせに」

「よく分かったね。さすが幼なじみだ」

そう、私と彼の関係は幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもない。幼い頃から一緒にいて仲のいい、友達というより家族に近い、そんな間柄。それ故に恋愛対象に入らない、悲しい間柄。

「十何年も一緒にいるんだから、さすがに分かるわよ」

「俺も、お前のことなら何でも分かるよ」

ぐいっと涙を拭って笑う彼。……分かってないくせに。分かってたら好きな人ができたなんて言ってこないでしょう? どうしたら付き合えるかなんて相談してこないでしょう?

「嘘つき」

目を伏せ私は彼に聞こえないように呟く。分からないくせに分かったようなことを言う彼のその口が大嫌い。いっそ塞いでしまいたい。

「それで、さ。あの子を彼氏から奪うにはどうしたらいいと思う?」

グサリ、彼の言葉が私の心に突き刺さる。本当に彼は何も分かっていない。無神経に傷つけられた痛みに耐えるべく、私は唇をぐっと噛み締める。

「あ、あの子彼氏いたんだ」

傷ついていることを悟られないよう、作り笑顔を貼り付けた顔を彼に向ける。

「ああ。俺も知らなかったんだけどさ。それで、どうしよう?」

「そうね……。彼氏さんと友達になれば?」

「友達になって、どうするんだよ」

私の答えを聞いた彼は急に怖い顔になった。それもそうか。彼にとって彼氏さんは好きな人の好きな人――いなくなって欲しい存在だものね。

「彼氏さんのことをよく知るの。敵を知らなければ攻略も何もないでしょう?」

「なるほどね」

彼はうなずくとにたりと笑う。……彼、私の考えていることよりももっと恐ろしいことを考えている気がする。

「まあ、ゆっくり頑張りなさいよ」

本当は上手くいって欲しくないけれど。そんな思いを押し込め、私はそう彼に言う。

「ありがとな」

彼は私に背を向けると手を振り、遠ざかっていった。


一人残された私は、彼の姿が見えなくなるとその場に座り込んだ。どうして私はあの子じゃないんだろう。どうして私は彼の幼なじみなんだろう。どうして彼はあの子を諦めてくれないんだろう。いくつものどうしてが頭の中をグルグル回る。もういっそ、あの子を消してしまおうか。彼の親友も部活の仲間も、彼の親しい人をみんな消してしまおうか。そうして彼がひとりぼっちになれば、きっと私に縋りついてくるでしょう。そんな叶うはずもない願いに思いを寄せながら、私は一滴(ひとしずく)、涙を流した。

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