第9話
カラーン、カラーン……と教会の鐘が鳴り響く。
さびしそうな顔、悲しそうな顔、心がどこかに飛んでいってしまったかのような顔。様々な暗い表情を浮かべた人々が、ぞろぞろと墓地から帰っていく。
墓地に残されたのは、二人だけだ。レクスと、スフェラ。二人とも黒い服に身を包み、その場に立ち尽くしている。
レクスは、呆然としたまま前を見つめている。そこには、真新しい墓標がひとつ。
つい最近掘り、そしてまた埋めた事を示すように、周りの土は柔らかい。当たり前だ。埋めたのは本当につい先ほどだ。
病気がちだった妻がとうとう天に召されてしまったのは、ほんの数日前の事。最期までレクスと、スフェラの身を案じていた。
「あなた、スフェラの事をお願いね……」
そう、弱々しくつぶやいた妻の声が、今でも耳の奥で響いている。
お願いされたところで、どうすれば良いんだ。
レクスの手は、妻のように柔らかくない。硬く乾いた手で頭を撫でて、スフェラは喜んでくれるのだろうか。
レクスの声は、妻のように澄んでいない。低い声で物語を読み聞かせて、スフェラは満足してくれるのだろうか。
レクスの体からは、妻のような良い匂いはしない。汗とほこりの臭いが染み付いた腕で抱き締めて、スフェラは嫌がったりしないだろうか。
考えても考えても、一向にわからない。自分に娘を育てる事ができるのか。自分に、妻の代わりができるのか。
……できるわけがない。なぜ死んでしまったのかと、心の中で何度も何度も妻に問う。
だが、答が返ってくるわけがない。妻は、もうこの世にいないのだから。そう考えてしまうと、余計に悲しくなる。涙が目からあふれ出し、こらえようとしても止まらない。
目頭を押さえるレクスの腕が、突然ぐいと引っ張られた。涙をぬぐって見てみれば、スフェラがレクスの腕をしっかりとつかんでいる。
「……スフェラ?」
名を呼ぶと、スフェラは……まだ十歳にもならぬこの娘は、手に母の形見の指輪をギュッと握り、自分自身も涙をこらえながら、真っ直ぐな目でレクスを見上げている。
「パパ……さびしくなんかないよ。私がいるから。私が、ママの分までがんばるから。パパがさびしくないように、がんばるから……」
「……!」
ぬぐったはずの涙が、再びあふれ出た。だが、今度はその涙をぬぐう事無く、レクスはスフェラを抱き締めた。
そうだ、一人じゃない。レクスにはまだ、スフェラがいる。スフェラの存在が、レクスを支えてくれる。例え自信が無くても、スフェラが笑ってくれれば、きっとレクスはどんな苦労も乗り越えられる。
妻の分まで、スフェラを愛する。レクスは、固く心に誓った。
スフェラの事を、守り抜く。絶対に幸せにしてやる、と。
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